表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/28

第十章 やわらかな追放

祭壇の件以来、ひまりへの視線は二つに分かれた。

 王都を救う祝福の巫女として歓迎する者と、正体不明の異界人として恐れる者。

 後者の声は日に日に大きくなった。宮廷の会議では、ひまりを王城外へ移すべきだという意見まで出始める。

「人の噂って、世界を越えても速いんですね……」

 ひまりが肩を落とすと、セレナは書類を束ねながら言った。

「速いだけでなく、都合よく形を変えますわ。特に誰かが後ろで風を送れば」

「ヴァルドですか」

「十中八九」

 だが証拠はない。

 レオンは公然とひまりを庇ったが、それがかえって「王子が異界の娘に心を奪われた」という尾ひれを呼び、状況は微妙さを増した。

 そしてある朝、正式な決定が下る。

 ひまりはしばらくの間、王都南方の辺境村へ“慰問”の名目で滞在することになった。

 慰問。なんて便利な言葉だろう。

「実質、追い出しですよね」

 荷造りをしながらぼやくと、ココが荷袋の上で尻尾をぱたぱた振った。

『遠足』

「遠足にしては政治が重い」

 ノックのあとに入ってきたレオンは、いつも以上に機嫌が悪そうだった。

「村は水源が枯れ始めている。おまえなら助けられる可能性がある」

「行くのはいいんです。助けになれるなら」

「……すまない」

 王子の口から謝罪が出て、ひまりは目を瞬いた。

「殿下が謝ることじゃ」

「私が力不足だからだ」

 低く押し殺した声に、ひまりは胸が痛くなった。彼がどれだけ踏ん張ってくれたか、ひまりにも分かる。王子であることは自由ではないのだ。

「私、行きます。たぶん、王都の外も見た方がいいと思ってたので」

 そう言うと、レオンは少しだけ目を伏せた。

「護衛はつける。何かあればすぐ連絡しろ」

「殿下が迎えに来てくれますか」

 冗談半分で言ったつもりだった。

 だがレオンは真顔のまま答える。

「必要なら行く」

 真っ直ぐすぎる。

 ひまりは慌てて視線をそらし、荷袋の紐を結んだ。

 辺境村リュンは、小さくて静かな村だった。

 王都ほど衰弱が進んでいるわけではないが、水路の流れが弱く、畑の土も乾いている。村人たちはひまりを歓迎してくれたものの、どこか遠慮も混じっていた。王都から来た巫女に何を期待すればいいか、分からないのだろう。

 ひまりはまず村を歩いた。

 井戸、畑、祠、家々の並び、風の向き。王都で感じた“大きな息苦しさ”ではなく、ここには“小さなちぐはぐさ”が点々とある。

「水がまっすぐすぎる」

 ひまりが呟くと、村長の老女が首を傾げた。

「まっすぐじゃ、だめなのかい?」

「だめじゃないんですけど、急ぎすぎてる感じがするんです」

 自分でも変な説明だと思う。

 けれど実際、水路は短く掘り直されたせいで流れが速すぎ、畑へ沁みる前に下流へ抜けてしまっていた。祠の周囲も伐り開かれすぎて、木陰がなくなっている。

 ひまりは村人たちと一緒に泥だらけになりながら、水路を少し曲げ直し、小さな溜まりを作り、祠の周りに木の柵ではなく低い石を置いた。子どもたちと花を植え、井戸のそばには座れる丸太を置く。

「そんなことで変わるのかね」

 村長は半信半疑だったが、夕方には畑の土がしっとりと落ち着き、夜には虫の音が増えた。

『ここ、いい』

『落ち着く』

 精霊たちも嬉しそうだ。

 村人たちは少しずつ笑顔を見せ始めた。

 ひまりはその輪の中にいながら、ふと寂しさを覚える。王都を離れて数日。レオンからは必要な連絡しか来ない。当たり前なのに、それが少し物足りない。

 なんだか、もう手遅れな気がした。

幕間 レオンの夜

ひまりが辺境村へ向かった夜、レオンは自室で一度も書類に集中できなかった。

 報告書には目を通した。返事もした。祭壇の監視体制も増やした。それでも、気づけば視線は窓の外へ向く。王都の南、その先にある村の方角を無意味に確かめてしまう。

 己でも驚くほど分かりやすかった。

 いないだけで、城が静かすぎる。

 あの娘は城に来た初日から騒がしかった。浴室を水浸しにし、暖炉を暴れさせ、庭を蘇らせ、会議で役人を困らせ、祭りを作り替えた。厄介の塊のような存在だ。だが同時に、気づけば人々の表情を変えていた。

 中庭の侍女はよく笑うようになり、庭師は古い図面を引っ張り出し、セレナでさえ以前より話しやすくなった。

 そして自分も。

 レオンは机の引き出しから、小さな木の鳥を取り出した。ひまりが無自覚に削り出した、火精霊に似たあの像だ。手のひらへ載せると不思議に温かい。

「……私も必要だ、か」

 湖畔で口をついて出た言葉を思い出し、彼は低く息をついた。

 あれは王子としての本音ではある。だがそれだけではない。王都のためという大義名分の陰に隠してきた、もっと個人的で厄介な感情がある。

 戻って来たら、言うべきか。

 いや、言っていい立場なのか。

 考えるほど厄介だが、答えは意外なほど単純だった。

 言わなければ、たぶん後悔する。

 その夜、レオンは初めて、王都の地図ではなく、一人の少女の顔を思い浮かべながら眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ