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第九章 宰相補佐ヴァルド

地下祭壇の件があってから数日、王城の空気は妙に張りつめていた。

 ひまりが通ると侍女たちは丁寧に頭を下げるが、遠くで囁き合う声も増えた。“祝福の巫女”“異界の娘”“王子のお気に入り”。最後の一つは誤解だと全力で言いたいが、否定しきれない空気があるのがつらい。

 そんなある日、ひまりは初めて宰相補佐ヴァルドと顔を合わせた。

 年齢は四十代半ばほど。灰色の髪をきっちり撫でつけ、笑っているのに目だけが笑わない男だった。

「お会いできて光栄です、巫女殿」

「ど、どうも」

「祭りの成功も、中庭の回復も聞き及んでおります。まこと、得難い奇跡ですな」

 口調は丁寧だ。けれど、何かの値踏みをされている感じがする。

 応接間にはレオンとセレナも同席していた。ヴァルドは書類を机へ広げる。

「王都外縁の農地で収穫量低下が進んでおります。水路の不調、森林衰弱、魔道具の不具合。いずれも看過できない」

「それで」

 レオンの声は冷たい。

 ヴァルドはにこやかに続けた。

「巫女殿のお力を、より体系的に活用すべきかと」

 活用。

 その一言に、ひまりは小さく身を固くした。

「私は、できることなら手伝いたいですけど……」

「ええ、もちろん。ですから、城内に留めて偶発的な奇跡を待つのでなく、必要箇所へ順番に派遣するのです。人手も資材も、統制が必要でしょう」

 言っていることは合理的に聞こえる。

 だが、ひまりは妙に息苦しくなった。祭りや森で感じたのは、“命じて動かす”とは少し違うものだったからだ。

 セレナが慎重に口を挟む。

「ひまりさんの力は未解明です。無理に運用に組み込めば、かえって反発を招く可能性が」

「未解明だからこそ、管理が必要なのです」

 ヴァルドは柔らかく笑ったまま、少しも引かない。

「象徴は、正しい位置に置かれてこそ国益になります」

 その言い方に、ひまりはぞくりとした。

 人としてではなく、駒として話されている気がする。

 レオンは机に肘をつき、きっぱりと言った。

「ひまりは道具ではない」

 室内の空気が一瞬で冷える。

 ヴァルドは軽く眉を上げたが、すぐに笑みに戻った。

「もちろんです、殿下。ですが、国を支える責任は私どもにもございます」

「責任を語るなら、まず王都地下の祭壇に手を出すな」

 低い声だった。

 ひまりははっとする。ヴァルドはほんの一瞬だけ表情を固くした。

「祭壇は封印中です」

「そうであるなら結構」

 会話はそこで打ち切られたが、応接間を出たあとも嫌な気配が残った。

「殿下、今の……」

「ヴァルドは古い祭壇の再利用を以前から主張している。効率よく王都全体へ魔力を供給できると考えている」

「でも危ないんですよね」

「危ない。しかも、人と精霊の関係をただの動力へ置き換える危険もある」

 レオンの横顔は険しい。

 セレナも難しい顔で頷いた。

「古い共鳴技法は、場と人と自然の間に“余白”が必要です。命令だけで動く仕組みにしてしまえば、別物になりますわ」

 ひまりはその言葉を胸の中で反芻した。

 余白。

 自分が感じていたものに近い気がする。風が通る場所、立ち止まる場所、誰かが誰かを思う時間。そういうものが削られていくと、街はたぶん息をしにくくなる。

 その日の夜、ひまりは部屋で小さな木片を削っていた。祭りの飾りの残りだ。何となく触っていると、木の中から丸い形が出てくる気がして、少しずつ削っていたら、小鳥のような小さな像になった。

『ピィだ!』

 火の精霊が喜んで飛びつく。

 その瞬間、木片はふわりと温かくなり、羽根の先に小さな火が灯った。

「えっ」

 ひまりが目を丸くしていると、ノックがしてレオンが入ってきた。彼は机の上の小さな木像を見て、珍しく明確に驚いた顔になる。

「今度は何を作った」

「私にも分かりません……」

 手の中の木像は、まるで最初からそこにいたみたいに収まっていた。

 削って作ったというより、木の中に眠っていた形を起こしたような感覚。

 ひまりはぽつりと言う。

「もしかして、これも“戻す”のかもしれません」

 レオンは木像を見つめ、静かに呟いた。

「おまえは、本当にこの国の忘れものばかり見つけるな」


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