第八章 王城地下の祭壇
王都へ戻った翌日、ひまりはレオンに呼ばれ、王城の地下へ案内された。
石の廊下はひんやりとして、地上の華やかさが嘘みたいに静かだ。護衛の足音だけが反響し、精霊たちも珍しく声を潜めている。
『ここ、いや』
『寝てるのに起きてる』
『泣いてる』
ココたちの反応に、ひまりの背筋が冷えた。
やがて辿り着いたのは、古びた扉の向こうにある円形の広間だった。床一面に複雑な紋様が刻まれ、中央には白い石の台座がある。台座を囲むように、細い水路の跡と、今は消えている魔石灯の列が伸びていた。
「ここは……」
「王城地下の旧祭壇だ」
レオンが答える。
「王家でも一部しか知らない。かつて王都の守護に使われていたとされるが、百年以上前に停止した」
「停止?」
「使い方を失ったのですわ」
セレナが台座の縁に刻まれた文字を撫でた。
「現代魔術では解析しきれません。強引に動かそうとすれば暴走する可能性もあるので、封印されていたのです」
ひまりは一歩、また一歩と祭壇へ近づく。空気が重い。けれど嫌悪だけではなく、どこか懐かしいような気配もある。
台座へ手を伸ばした途端、精霊たちが一斉に叫んだ。
『だめ、でも必要』
『まだ早い』
『でも聞いて』
ひまりが躊躇った瞬間、石の表面に淡い光が走った。
ぶわりと風が巻き、足もとの紋様が一瞬だけ青白く灯る。ひまりの脳裏に、またあの古い景色が流れ込んだ。
広場を歩く人々。
祭壇のまわりを巡る水。
鈴のような音。
そして、祭壇の中心に立つ巫女が、都市全体へ何かを“返して”いる姿。
「ひまり!」
レオンに肩を掴まれ、ひまりははっと我に返った。
光はすぐ消えたが、室内にいた全員が息をのんでいる。
「今、祭壇が反応した……?」
セレナがかすれた声で言う。
「わたし、少しだけ見えました。これ、たぶん何かを集める場所じゃなくて、返す場所です」
「返す?」
「人の祈りとか、土地の声とか、そういうのを、混ぜて戻す感じ」
自分でもふわっとした説明だと思う。だが、そうとしか言えない。
レオンが台座とひまりを見比べた。
「つまり、おまえだけがこれに触れられる可能性がある」
「嬉しくない特別待遇ですね」
「同感だ」
セレナはいつになく真剣だった。
「この祭壇は危険です。ですが同時に、王都全体の衰弱と関係している可能性が高い。ひまりさん、今後しばらくここへの出入りは、わたくしと殿下の同伴があるときだけにしてください」
「それ、保護じゃなくて完全監視……」
「今さらですわ」
返す言葉がない。
だが地下を出る途中、ひまりは確かに聞いた。
どこか遠くから、途切れ途切れの声が呼んでいた。
『まだ、終わっていない』
王都の奥底で、何かが待っている。
幕間 祭壇の前で見た夢
地下祭壇を見た夜、ひまりは奇妙な夢を見た。
王都がまだ幼かった頃の夢だ。
今より狭い街路、背の低い建物、けれど水は澄み、橋の下には歌があった。人々は急いで歩かない。祭壇へ何かを捧げるというより、自分たちの一日を街へ返しているように見える。
白い衣の少女が一人、石の縁へ座っていた。
年はひまりより少し上だろうか。彼女はひまりへ気づくと、静かに笑う。
『聞くのではなく、返すの』
「返す?」
『もらったものを、そのまま抱え込まないで』
少女は石床へ手を触れた。すると広場の音が変わる。鐘、足音、水、風。全部がぶつからずに、それぞれの場所へ戻っていく。
『街も、人も同じ』
その言葉だけがやけにはっきり残った。
目を覚ましたとき、ひまりの手のひらはまだ少し熱かった。夢だったのか、祭壇に残る記憶に触れたのか分からない。
ただ、そこに映っていた世界は、精霊に支配された都市ではなく、人と自然が互いに返し合いながら生きている場所だった。
朝、ひまりがその話をセレナへすると、彼女は目を輝かせる。
「それ、古代祭祀論の根幹ですわ」
「夢なのに?」
「夢だからです。理論は時々、現実より夢の方で早く姿を見せるものですもの」
ひまりにはよく分からなかったが、少なくとも祭壇がただの装置ではないことだけは、もう疑いようがなかった。




