攻略のビート
「……なぎさちゃん。そんな必死な顔しちゃって、余裕がないわね」
青乃美希の涼やかな声が、重低音の響くスタジオに溶ける。ノーブル学園のパフォーマンスは、中盤に入っても一切の乱れがない。美希は歌いながらも、常にぴかりが丘のフォーメーションを観察し、その「穴」を的確に突き続けていた。
対するぴかりが丘は、星空みゆきとなぎさの超速コンビネーションで食らいついているものの、じりじりと点数(審査員評価)を離されていた。なぎさのパスは速く、鋭い。けれど、それを美希は見抜いていた。
「なぎさちゃんのパスは完璧。でも、完璧すぎて『次がどこに来るか』が見え見えなのよ」
音楽が転調する瞬間、美希が動いた。彼女は自身のソロパートをこなしながら、指先一つでメンバーに指示を送る。ノーブル学園の壁が、みゆきの跳躍を阻むように動いた。
「っ……!? 跳べない!」 みゆきが息を呑む。なぎさのリズムに合わせて踏み切ろうとした瞬間、目の前にノーブルのメンバーが立ち塞がり、視界と進路を完全に塞がれたのだ。
「残念。あなたの跳躍力はすごいけれど、助走を潰せばただの小柄な女の子よね」 美希の瞳が冷たく光る。彼女はなぎさが「みゆきの身体能力」に頼り切っていることを見抜き、そこを徹底的に封じに来たのだ。
焦りがなぎさのステップを狂わせる。 (……クソッ、読まれてる。美希さんには、私の考えていることが全部筒抜けなんだ……!) ベローネ学院時代から続く、絶対的な「格」の差。なぎさの脳裏に、かつての敗北の記憶がよぎる。
しかし、その沈黙を切り裂いたのは、月影ゆりの冷徹な声だった。 「……何、情けない顔してるのよ、女王様。敵が賢いなら、こっちはもっと『馬鹿』になればいいじゃない」
「なっ……何よ、それ!」 「そのままの意味よ。美希さんは、あなたの『理論的な完璧さ』を読んでいる。なら、理屈じゃない動きを混ぜればいい。……ほら、そこにちょうどいい『単細胞』がいるでしょ」
ゆりの視線の先には、封じられてもなお、何度も何度もステップを踏み直し、隙を伺っているみゆきの姿があった。彼女は戦略なんて考えていない。ただ「なぎさの音が鳴る場所」へ行くことだけを信じている。
なぎさはハッとした。 (そうだ……。私は美希さんに勝とうとして、自分だけでリズムを組み立てようとしていた。でも、私の隣にいるのは……)
なぎさは大きく息を吐き、リズムをあえて「崩した」。 これまでの精密なテンポを捨て、予測不能な、荒々しいビートを刻み始める。それは、美希の計算にはない、野生の鼓動だった。
「なぎさちゃん……!? 狂ったの?」 美希が目を見開く。
「いいえ! これが、今の私のリズムよ! みゆき、合わせなさい!」
なぎさが放ったのは、最高速かつ、ステージの「真裏」を通るような無茶なリード。普通なら誰も反応できない。だが、星空みゆきだけは違った。
「……きたっ!!」
みゆきは視界を遮る壁をあざ笑うかのように、斜め後ろへと大きくステップバックし、そこから最短距離で頂点へと駆け上がった。なぎさの「崩したリズム」に、みゆきの「本能」が共鳴する。
空中で重なった二人のシルエット。 ノーブル学園の完璧な包囲網を、わずか数センチの隙間から突き抜けるような、閃光のパフォーマンス。
「決まったぁぁぁ!!」 海藤みなみが拳を突き上げる。
着地したみゆきは、膝を突きながらも、最高に「ウルトラハッピー」な笑顔でなぎさを見た。 「なぎささん……! 今の、すっごくゾクゾクした!」
「……生意気よ。でも、次はもっとうまくやりなさい」 なぎさはそっぽを向いたが、その頬は高揚で赤らんでいた。
美希は、自身の前髪を指で弄りながら、二人をじっと見つめていた。 「……ふーん。なぎさちゃん、あなた、本当に変わったわね。独りで踊るのをやめて、その子に『翼』を預けたわけだ」
美希の微笑みから、余裕が消え、剥き出しの闘争心が溢れ出す。 「いいわ。それなら私も、本気でお相手してあげる。……今の、ただのラッキーじゃないってことを証明してみせなさいよ」
音楽はクライマックスへ。 「大王様」の逆襲が、今ここから始まろうとしていた。




