挑戦者たちのプレリュード
「……着いたわね、ここが『私立ノーブル学園』。相変わらず、鼻持ちならないほど立派なスタジオだわ」
月影ゆりが眼鏡のブリッジを押し上げながら、ため息混じりに呟いた。 ぴかりが丘学院アイドル部の面々の前にそびえ立つのは、ガラス張りの巨大なダンスホールを備えた私立ノーブル学園の施設。地方の公立校であるぴかりが丘とは、設備も予算も月とスッポンだ。
星空みゆきは、あまりの豪華さに口を開けて見上げていた。「わぁ……! ここで踊るの? ライブハウスみたい!」
「浮かれてるんじゃないわよ、みゆき。ここは戦場なの」 なぎさが、険しい表情でジャージの襟を正した。彼女にとって、ここはかつての因縁が渦巻く場所でもある。ベローネ学院時代、常にその背中を追い、そして一度も超えられなかった「天才」がこの先にいるのだ。
「あら、いらっしゃい。ぴかりが丘の皆さん」
スタジオの奥から、涼やかな声が響いた。 現れたのは、ノーブル学園のジャージを完璧に着こなした少女。誰もが振り返るような抜群のスタイルと、自信に満ち溢れた微笑。 彼女こそが、ノーブル学園アイドル部を率いるカリスマセンター、青乃美希。
「お久しぶりね、なぎさちゃん。元気してた? あなたがわざわざ公立校に行ったって聞いた時は、アイドルを引退したのかと思っちゃったわ」
「……お久しぶりです、美希さん。私はまだ、辞めるつもりはありません」 なぎさの声には、隠しきれない緊張が混じっていた。
美希の視線が、なぎさの隣にいるみゆきへと移動する。 「へぇ……。あなたが、噂の『新しいパートナー』? なぎさちゃんの高速リズムについていけるなんて、どんなエリートかと思ったけれど……なんだか、とっても『普通』の子ね」
その言葉に、みゆきはぐっと拳を握りしめた。 「……普通じゃないです! 私、なぎささんのパスを、世界で一番高く跳んで見せるって決めたんです!」
美希は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにクスクスと楽しそうに笑った。 「いいわね、その意気込み。でも、ステージは気合だけで勝てるほど甘くないわよ。……特に、私の前ではね」
リハーサルが始まる。 ノーブル学園のパフォーマンスは、まさに「完璧」の一言だった。一糸乱れぬ群舞。そして何より、美希の放つ強烈なソロパートは、観客(評価役の講師たち)の視線を一人占めにする。
「……これが、『大王様』のステージ」 みゆきは圧倒されていた。美希は、自分だけでなく、周りのメンバーのポテンシャルを120パーセント引き出す「魔法のリード」を持っていた。個の力でねじ伏せるなぎさとは対極にある、完成されたチームの姿。
対するぴかりが丘は、序盤から苦戦を強いられた。 みゆきは緊張のあまり、ターンのタイミングを間違え、なぎさとのコンビネーションも空回りする。ゆりは冷静に立ち回っているが、チーム全体の熱量がノーブルに飲み込まれそうになっていた。
「……みゆき、前を見なさい!」 なぎさが、鋭い声でみゆきを叩き起こす。 「あんたの仕事は何!? 迷ってる暇があるなら、誰よりも高く跳んで、私のリズムを形にしなさい!」
その声で、みゆきの瞳に火が灯った。 そうだ。私は、綺麗に踊るためにここに来たんじゃない。 なぎささんが投げてくれる、あの最高のパスを、誰よりも高い場所で「決めポーズ」に変えるために来たんだ。
音楽がサビに差し掛かる。 なぎさが、床を激しく叩くようなステップで、みゆきに合図を送る。 「……今よ、跳べ!」
みゆきは、ステージの端から全力で助走をつけた。 ノーブルのメンバーが「あんな距離、届くはずがない」と目を疑う中、みゆきは重力を無視したような跳躍を見せる。 空中で、なぎさの指差した「光の先」を、みゆきの指先が捉えた。
パチン、と空気が弾けるような音がした。 着地したみゆきの背後で、ノーブル学園の静寂が広がる。
美希の瞳から、余裕の笑みが消えた。 「……今の、何? 偶然にしては、出来過ぎているわね」
美希は、ゆっくりとなぎさとみゆきを見据えた。その瞳には、今や「挑戦者」を迎え撃つ、真剣な捕食者の色が宿っていた。
「面白いわ。なぎさちゃん、あなた……面白いオモチャを見つけたのね。でも、本当の絶望は、ここからよ」
ぴかりが丘とノーブル。 「変人コンビ」と「大王様」。 静かなスタジオに、再び激しいビートが鳴り響き始めた。




