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共鳴の反撃、あるいは慣性の突破

ドームに響き渡るノイズのような大歓声は、もはや一つの生き物のようだった。夏木りんが宇佐美いちかの「左のねじれ」をその喉で見事に捕らえ、美墨なぎさへと繋いだあの一音。それは、不落の城だと思われていた白鳥学園の防壁に、目に見えるほどの巨大な亀裂を入れた。


「……信じられない。あの宇佐美さんの旋律を、あんな真っ向から受け止めるなんて」


白鳥学園のセンター、紅城トワが忌々しげに呟く。彼女の鋭い「直感」は、先ほどからぴかりが丘学院の動きを完璧に予測しているはずだった。しかし、予測を超えた執念という不確定要素が、彼女の完璧な防衛ラインをわずかに狂わせ始めていた。


ステージ中央でマイクを握りしめるなぎさは、指先の震えを自らの意志で押さえ込んだ。脳内では、りんが供給してくれた「生きた音」をどう処理し、どう跳ね返すかの演算が超高速で繰り返されている。


(……宇佐美いちかは化け物よ。一回止めたくらいじゃ、あいつのプライドは折れない。でも、私たちの耳はもう、あいつの『高さ』に慣れ始めてる……!)


なぎさが放った次のリードは、これまで以上に冷徹で、かつ攻撃的なハイトーンだった。それに呼応するように、星空みゆきがステージの床を爆発的な脚力で蹴り上げる。


いちかは、自分の歌声を真っ向から攻略しに来る「烏」たちの瞳に、得体の知れない苛立ちと、それ以上の高揚を感じていた。彼女が一人で築き上げてきた、誰も届かないはずの頂。そこに、不格好な翼を羽ばたかせた少女たちが、泥にまみれながら手をかけようとしている。


「——春野、紅城。もっと高く。彼女たちの視界から、光を奪いなさい」


いちかの冷徹な指示。春野はるかと紅城トワ、そして白鳥学園の面々が、まるで巨大な城壁のようにステージ前方に立ち塞がる。彼女たちの放つ厚みのある和音は、ぴかりが丘の視界を物理的に遮断し、音の逃げ場を塞ぐ「高層の壁」となって立ちふさがった。


だが、なぎさは笑った。 (壁が高い? 当たり前じゃない。ここは『頂のステージ』なんだから!)


なぎさが放ったのは、あえてその「壁」に真っ向から激突させるような、超重量級の低音ラップだった。それは相手を抜くためではなく、壁そのものを揺らし、一瞬の「隙間」を作るための衝撃波。


その衝撃で白鳥学園の防衛がわずかに左右に割れた瞬間、その「針の穴」を通すような正確さで、月影ゆりが静かな、けれど通る声を差し込んだ。


「——なぎさ、今よ。空は空いているわ」


ゆりのアシストを得たなぎさは、自分自身が跳躍するかのような勢いで、みゆきへと最高速度のパスを送り出す。みゆきは、白鳥学園のメンバーが手を伸ばしても届かない、照明の熱が皮膚を焼くほどの高みへとその身を投げ出した。


ドォォォォォン!!


みゆきの一撃が、白鳥学園のステージサイドに突き刺さる。 支持率メーターが激しく明滅し、ついに両校の差が一点を争う「臨界点」へと達した。


「……あいつら、宇佐美の音に怯えていないどころか、それを利用して加速していやがる」


客席の最前列で、青葉学園の及川こと、夢原のぞみが苦々しく笑った。彼女は、かつて自分がなぎさに叩き込んだ「リードの真髄」が、この極限のステージでさらに進化しているのを見て取っていた。


なぎさは、単に音を繋いでいるのではない。彼女は、白鳥学園という巨大な「定規」を使って、自分たちの限界を計測し、それを毎秒ごとに更新し続けているのだ。


いちかの瞳に、初めて「焦燥」に似た火が灯る。 「……認めよう。お前たちは、私の世界を壊しに来る、ただのノイズではない」


いちかがマイクを口元に引き寄せ、肺のすべてを使い切るような深呼吸をした。 「——ならば、絶望さえも塗りつぶす『真の歌』を見せてやる」


王者の咆哮。 ドームの空気が、いちかの一音によって再び真空へと引き絞られる。 第3トラックの終わりが見えてきたその時、ステージは「努力」や「根性」といった言葉では説明のつかない、魂の削り合いへと突入していった。


なぎさは、限界を超えて軋む喉を誇らしげに震わせ、不敵な笑みを浮かべた。 「望むところよ、宇佐美いちか。あんたが太陽なら、私たちはその光さえも食い尽くす、真っ黒な烏なんだから!」


次の一音。それがどちらの未来を照らすのか。 ドームは、言葉を失った観客たちの熱気で、ただ白く燃え上がっていた。

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