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鉄の門、あるいは黄金の鷲

ジャパン・ドーム・フェス県予選決勝、当日。


ぴかりが丘学院のメンバーを乗せたワゴン車が会場に到着した瞬間、車内の空気は一変した。窓の外にそびえ立つのは、準決勝までのサブアリーナとは比較にならないほど巨大なメインアリーナ。通称「鉄の門」と呼ばれるそのドームは、今日、たった二つのユニットのためだけに開放される。


「……大きいね、なぎささん」


星空みゆきが、窓に額を押し付けて呟く。その横顔には、いつもの天真爛漫な明るさよりも、未知の戦場に対する畏怖が色濃く滲んでいた。美墨なぎさは無言で、自分の膝の上で強く握りしめたマイクケースを見つめていた。美希から託された「呪い」と「誇り」。それが、今も掌の中で熱く脈打っている。


搬入口から会場に入ると、そこにはすでに「白鳥学園」の応援団が詰めかけていた。圧倒的な動員数。会場の半分を埋め尽くす白と紫のサイリウムの準備が進む光景は、ここが白鳥学園のホームであることを残酷なまでに突きつけていた。


「——お前たち、足元を見るな。前だけ見て歩け」


なおコーチの低い声が響く。彼女の後ろを、日向咲、秋元こまち、黄瀬やよい、九条ひかり、そしてなぎさとみゆきが、一列になって進む。その姿は、巨大な城に乗り込む野良犬の群れのようでもあった。


リハーサルのためにステージへと向かう通路で、彼女たちはついに「それ」と遭遇した。


「道を空けろ」


短く、けれど拒絶を許さない声。 そこにいたのは、宇佐美いちかだった。白鳥学園のジャージを完璧に着こなし、一切の無駄を排した佇まいで歩いてくる。彼女の背後には、不気味なほど無機質な笑みを浮かべる紅城トワや、鋭い眼光を放つメンバーたちが、まるで近衛兵のように控えていた。


いちかは、ぴかりが丘の面々の前を通り過ぎようとして、ふと足を止めた。その視線が、なぎさを射抜く。


「……美墨なぎさ。青乃が最後に、お前に何を授けたかは知らないが。……土壌に種を蒔く時期は、もう過ぎた。あとは刈り取られるのを待つだけだ」


「……っ」


なぎさが一歩踏み出そうとした時、それを制したのは、隣にいたみゆきだった。みゆきは、いちかの圧倒的な体格差プレッシャーを前にしても、一歩も引かずに見上げていた。


「刈り取られるのは、私たちじゃありません。……今日、この空を一番高く飛ぶのは、私となぎささんです。絶対王者の歌、私たちが全部飲み込んでみせます!」


いちかは、みゆきの言葉を嘲笑うことさえしなかった。ただ、深い霧の奥底を見つめるような瞳で、静かに告げた。


「……そうか。ならば、その『飲み込む』という言葉の重さを、ステージで教えてやろう」


白鳥学園のメンバーが去った後、通路には重苦しい沈黙が残った。 だが、ぴかりが丘のメンバーの瞳から、恐怖は消えていた。咲が力強く拳を突き出し、やよいが震える手を握りしめ、ひかりが静かにマイクを構える。


楽屋に入ると、坂上あゆみ先生が、彼女たちのために用意された特別な衣装を広げていた。 「みんな。今日のあなたたちは、ただの挑戦者じゃないわ。……このドームに、新しい風を吹かせる開拓者なの。……準備はいい?」


「——はい!!」


六人の声が、狭い楽屋に共鳴した。


ステージの幕が開く。 会場を埋め尽くした数万人の観客の歓声が、爆辞のように彼女たちを襲う。 逆光の中、ステージの反対側から現れたのは、黄金の鷲のような威厳を纏った白鳥学園。


いちかがセンターに立ち、マイクを掲げる。その瞬間、会場の空気が一瞬で「白鳥学園の支配下」へと塗り替えられた。彼女たちが一音、声を出すだけで、ぴかりが丘が築き上げてきた自信が、砂の城のように崩れそうになる。


(……これが、全国トップ3。これが、宇佐美いちか!)


なぎさは、スピーカーから溢れ出すプレッシャーに身を震わせながらも、隣に立つみゆきの手を強く握った。


「……行くわよ、みゆき。……私たちの、最高に不格好な反逆を始めよう」


「はい、なぎささん!」


第1トラックのイントロが鳴り響く。 それは、県内最強の矛と、執念で磨き上げた盾が激突する、運命の100分間の始まりだった。


白鳥学園の攻撃は、まさに「暴力」だった。 戦略も、駆け引きも必要ない。ただ、宇佐美いちかという圧倒的な個の歌唱力が、すべての計算を粉砕していく。


烏たちは、その黄金の翼の羽ばたきに耐え、反撃の隙を見出すことができるのか。 ジャパン・ドーム・フェス県予選決勝。 今、人生最大のステージの、最初の一音が放たれた。

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