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鏡の中の旋律、あるいは不敵な再会

ジャパン・ドーム・フェス県予選決勝を数日後に控え、ぴかりが丘の街は異様な熱気に包まれていた。「万年一回戦負け」だったぴかりが丘学院が、あのノーブル学園を破り、絶対王者・白鳥学園の首を獲りに行く。そのニュースはSNSを駆け巡り、期待と懐疑が入り混じった視線が彼女たちに注がれていた。


しかし、美墨なぎさは、そんな周囲の喧騒など耳に入っていなかった。


放課後、一人で居残ってピアノの前に座っていたなぎさは、宇佐美いちかのライブ音源をイヤホンで聴きながら、五線譜に殴り書きをしていた。いちかの声は、一音一音が重い。どれほど複雑なコーラスを重ねても、彼女のメインボーカルがすべてを突き抜けてくる。


(……あのパワーに、小細工は通用しない)


なぎさは、自分の指先を見つめた。なぎさの武器は、正確無比なリズム感と、仲間の喉を最適化するパス回しだ。けれど、いちかのような「天災」を相手にするには、まだ何かが足りない。


「……また、独りで難しい顔をしてるのね、なぎさちゃん」


不意に背後から声をかけられ、なぎさは飛び上がった。振り返ると、そこにはノーブル学園のジャージを羽織った青乃美希が、教室の入り口で腕を組んで立っていた。


「み、美希さん……!? なんでここに」


「忘れ物よ。あなたのステージに、私の『誇り』を置いてきちゃったみたいだから、取り返しに来たの」


美希は相変わらずの不敵な微笑みを湛え、なぎさの隣にどっかと座り込んだ。美希の放つ圧倒的な「完成されたアイドル」の香りが、放課後の教室に場違いなほど漂う。


「いちかの音を分析してるの? 無駄よ。あの子の歌は理屈じゃない。……あれは、聴く者の生存本能を揺さぶる『咆哮』だもの」


「分かってます。でも、あいつを止めなきゃ、私たちはドームの頂点には立てない」


美希は、なぎさが書いていたスコアを覗き込み、鼻で笑った。


「なぎさちゃん。あなたは、ゆりさんの『調和』を学んで、少し優しくなりすぎたんじゃない? 今のあなたのパスは、確かに歌いやすい。でも、それは牙を抜かれた従順な犬の遠吠えよ」


「……何ですって?」


なぎさの瞳に火が灯る。美希はそれを楽しむように続けた。


「いい? 司令塔セッターはね、仲間の顔色を伺う仕事じゃない。仲間の限界を、その指先で引きずり出す仕事よ。……星空みゆきを、ただ跳ばせるだけじゃ足りない。彼女の喉が壊れる一歩手前まで、残酷なまでのスリルを与えなさい。それができるのは、世界中であなただけでしょ?」


美希はなぎさのノートを閉じ、彼女の耳元で囁いた。


「……私の人生を狂わせた、あの最悪で最高の『王様』のパスを、白鳥学園に見せてやりなさい。……負けたら、本当に承知しないわよ。私の唯一の汚点を、あんたたちの勝利で『伝説』に変えて」


美希はそう言い残すと、風のように教室を去っていった。一人残されたなぎさは、静まり返った音楽室で、自分の心臓の音がかつてないほど激しく鼓動しているのを感じていた。


翌日の練習。なぎさの放つパスは、明らかに変わっていた。 正確さはそのままに、そこに「狂気」が混じっていた。


「——みゆき! まだ遅い! コンマ一秒、空中で止まれ!」


「……っ、なぎささん……っ!」


なぎさの放つ鋭利な旋律に、みゆきは必死に食らいつく。それはもはや「歌いやすい」パスではなかった。一歩間違えれば空中分解するような、危険なまでの共鳴。けれど、その極限状態の中で、みゆきの歌声はかつてないほどの輝きを放ち始めていた。


「……よし。今のよ、みんな」


なぎさの瞳には、迷いはなかった。美希から受け取った「呪い」を、自分たちの「武器」へと変える。


同じ頃、白鳥学園の練習場。宇佐美いちかは、窓の外を見つめ、静かに呟いた。


「……来るか、野良犬ども」


ドームという檻の中で、鷲と烏が激突する。 県予選決勝、開戦まであと48時間。

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