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翼を休める場所、あるいは再跳躍の誓い

白鳥学園の「絶対的な個」を見せつけられたあの日から、ぴかりが丘学院の練習場には、今までとは質の違う静かな熱気が立ち込めていた。美墨なぎさと星空みゆきが持ち帰った「宇佐美いちかの宣告」は、メンバーたちの心に冷たい楔を打ち込むと同時に、消えることのない導火線に火をつけたのだ。


しかし、なおコーチが命じたのは、猛特訓ではなく「完全休養」だった。


「いいか、お前たち。準決勝までの激闘で、お前たちの喉も足も、とっくに限界を超えている。ここで無理をすれば、決勝のステージに立つ前に翼が折れるぞ。今日はマイクを置きなさい」


なおの言葉に、メンバーたちは渋々ながらも従った。それでも、星空みゆきの心だけは、凪ぐことを知らなかった。彼女は一人、放課後の誰もいない屋上に立ち、沈みゆく夕日を眺めていた。宇佐美いちかの、あの地平線まで届きそうな圧倒的な歌声。それに比べて、今の自分は。


「……もっと、高く。もっと、遠くまで届く声が欲しい」


みゆきが小さく呟き、空に向かって手を伸ばした時、背後から足音が聞こえた。振り返ると、そこにはユニットの顧問であり、彼女たちの活動を献身的に支えてきた坂上あゆみが立っていた。


「星空さん。こんなところで一人、何を考えているの?」


「あ……あゆみ先生。すみません、休めって言われたのに、つい」


みゆきは決まり悪そうに頭を掻いた。あゆみは優しく微笑み、みゆきの隣に並んで手すりに寄りかかった。


「宇佐美さんのこと、怖かった?」


「……怖かったです。でも、それ以上に悔しかった。彼女は言ったんです。痩せた土壌に立派な花は咲かないって。私たちのことを、弱い個が寄り添ってるだけだって。……私、なぎささんたちの隣に立つのに相応しい自分になりたいんです。誰かの助けを待つだけのヒナ鳥じゃなくて、自分の力で風を掴める鳥に」


みゆきの瞳には、不安を塗りつぶすほどの強い意志が宿っていた。あゆみは、その小さな背中を見つめ、静かに語り始めた。


「星空さん。確かに今のあなたは、宇佐美さんのような『完成された個』ではないかもしれない。でも、思い出して。昨日、なおコーチが言った言葉を。……私たちは、不格好な翼で飛んでいるの。一枚の羽では浮き上がることさえできなくても、六人の羽が、それぞれ違う形、違う色で重なり合えば、それは世界で唯一の、巨大な翼になる」


あゆみは空を指差した。


「あなたがなぎささんのパスを呼ぶ時、それは『助けを求めている』のではないわ。『自分を最大限に活かしてくれ』という、最も攻撃的な信頼なの。……『個』の力を高めることは大切。でも、その力を『誰と繋げるか』を知っていることは、それ以上に強力な武器になる。白鳥学園が一本の巨木なら、あなたたちは、互いの根を絡ませ、嵐の中でも決して倒れない深い森になりなさい」


あゆみの言葉は、みゆきの胸にじんわりと染み込んでいった。自分は一人で強くなる必要はない。なぎさのパスがあり、ゆりの調和があり、咲や、りんや、うららたちの個性がある。そのすべてを「自分」というフィルターを通して爆発させること。それが、今の自分にできる最高の「個」の証明なのだと。


同じ頃、なぎさは自宅の部屋で、過去の白鳥学園のライブ映像を繰り返し再生していた。いちかの歌唱、その一音一音を分析し、自分の指先が放つパスの軌道を脳内でシミュレートする。


(……あの圧倒的な力。正面からぶつかっても、弾き飛ばされるだけだわ。なら、私は……)


なぎさはノートに、無数の音符とフォーメーションの図解を書き込んでいった。彼女が求めているのは、美希に教わった「仲間の力を引き出すパス」の、さらに先にあるもの。仲間の才能を「暴発」させるほどの、鋭利な一撃。


ふと、なぎさのスマートフォンが震えた。みゆきからのメッセージだった。


『なぎささん。私、次の決勝で、今までで一番高いところまで跳びます。だから、どこにいても私を見つけてください』


なぎさは一瞬、呆れたように息を吐いたが、すぐに口角を吊り上げた。


「……当たり前でしょ、ボケみゆき。あんたがどこにいても、私の音はあんたを逃さないわよ」


なぎさはノートを閉じ、目を閉じた。暗闇の中に、決勝のステージの熱狂が見える。白鳥学園の白銀の壁、宇佐美いちかの冷徹な視線。それらすべてを切り裂いて、自分たちの歌声がドームの天井を突き抜ける瞬間。


翼を休める時間は、もう終わりだ。 ぴかりが丘学院、六人の少女たちは、それぞれの場所で同じ月を見上げ、同じ決意を固めていた。


「——行くよ、みんな。私たちの、最高に不格好で、最高に輝くステージへ」


翌朝、部室に集まった彼女たちの顔に、迷いはなかった。なおコーチが「よし、練習再開だ!」と声をかける。その声に重なるように、六人の気合の入った返事が、ぴかりが丘の校舎に響き渡った。


決勝戦まで、あと数日。 烏たちは再び羽を広げ、風を待ち、ただ一点の頂を目指して、静かに、けれど激しく鼓動を早めていた。

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