王者の孤独、青い影の残響
ジャパン・ドーム・フェス県予選準決勝。第2トラックをぴかりが丘学院に奪い返されたノーブル学園のベンチには、不気味なほどの静寂が流れていた。
青乃美希は、冷えたミネラルウォーターを一口含み、視線を天井に向けた。彼女の脳裏に去来するのは、かつてベローネ学院のジュニア部門で、自分の背中を追いかけてきた「後輩」の姿だ。美墨なぎさ。あの頃の彼女は、誰よりも優れた技術を持ちながら、誰とも歌声を重ねようとしない「孤独な王様」だった。
(……いつの間に、あんな顔で歌うようになったのかしらね)
美希は、隣で悔しげにタオルを握りしめる海藤みなみに視線を送った。みなみは美希の分身とも言える忠実な騎士だが、今のなぎさが手に入れたのは、自分の支配下にある駒ではなく、自分を脅かすほどの意志を持った「翼」たちだ。
「第3トラック、開始してください」
審判の声が響く。運命の最終楽曲。ここを制した者が、決勝へと進む。
ぴかりが丘の陣営では、なぎさがみゆきに向かって、これまでにないほど低く、重みのある声をかけた。 「みゆき。さっきの『同時多層攻撃』……次は、私の指示を待つな」
「えっ……待たないの?」
「あんたの野生の勘が『ここだ』と思った瞬間に跳べ。私がそこに、無理やりにでも音をねじ込んであげる。……私を、あんたの翼の一部だと思いなさい」
なぎさの言葉は、司令塔としてのプライドを捨て、相棒の才能にすべてを賭けるという、究極の「自己犠牲」の宣言だった。独りだった王様が、ようやく玉座を降りて、戦場を共に駆ける兵士になった瞬間だった。
第3トラックのイントロが鳴り響く。 美希は、あえてなぎさの「変化」を真正面から叩き潰しにかかった。美希の放つボーカルは、もはや美しい歌唱という枠を超え、聴く者の聴覚を麻痺させるほどの威圧感を持っていた。
「なぎさちゃん! あなたの成長は認めてあげる。でも——『王』の器じゃない者が王冠を被ろうとするのは、滑稽なだけよ!」
美希の痛烈なハイトーンが、ぴかりが丘のフォーメーションを切り裂く。 だが、今のなぎさは揺るがない。 なぎさは美希の攻撃を真っ向から受け止め、それをより速く、より鋭いカウンターへと変換した。
「……私は王様なんて、もういらないわ」
なぎさが歌いながら、フロアを激しく蹴る。 その先にいたのは、なぎさの指示を待たず、本能のままに空へ舞い上がった星空みゆきだった。
ノーブル学園のダンスカバーが、みゆきの動きに一瞬遅れる。美希の計算にはない、呼吸そのものが同期した究極の「変人速攻」。 なぎさが放った音は、みゆきの指先を、そして心臓を、正確に撃ち抜いた。
「——いっけぇぇぇ!!」
みゆきの絶叫に近い歌声が、ノーブル学園のステージに突き刺さる。 支持率のメーターが、激しく火花を散らす。
会場の隅で、なおコーチがニヤリと笑った。 「……ようやく、烏が空を飛ぶための『理屈』を捨てたね」
しかし、ノーブル学園も死んではいない。 青乃美希は、乱れた髪を掻き上げると、かつてないほど美しい、そして残酷な笑みを浮かべた。 「……いいわ。最高に汚くて、最高に熱いステージじゃない。……なぎさちゃん、私を本気にさせたこと、後悔させてあげる」
天才と天才。王と反逆者。 二つのユニットの意地がぶつかり合い、準決勝はいよいよ、光さえ届かない深淵の決着へと向かっていく。




