単細胞の誓いと、月夜の嘲笑
「お願いします! もう一度、チャンスをください!」
ぴかりが丘学院の長い廊下に、星空みゆきの切実な叫びが響き渡った。隣では美墨なぎさが、不本意そうに、けれどもしっかりと頭を下げている。
扉の向こうから現れた部長の日向咲は、腕を組んで二人を見下ろした。「……協力する気になったの?」
「はい! 土曜日、新入生の顔合わせライブがあるって聞きました。そこで、私たち二人が同じユニットとして、他の新入生チームに勝ってみせます!」 みゆきの提案に、咲は面白そうに目を細めた。 「いいわ。じゃあ、あなたたち二人+助っ人の三年生一人、対、残りの新入生三人。この3対3のダンスバトルで、勝った方を正式なメンバーとして認める。……ただし、負けたら『美墨なぎさ』は三年間、センターとしてのポジションは一切与えない。バックダンサーに徹してもらうわ」
なぎさの肩がびくりと跳ねた。それは、彼女のプライドを粉々に砕く条件だった。 「……受けて立つわ。私は負けない」
それから、二人の「秘密特訓」が始まった。 放課後の公園、街灯の下。みゆきとなぎさは、鏡もない場所でステップを繰り返す。 「遅い! みゆき、そのターンの軸がブレてるわよ!」 「わかってるよ! でも、なぎささんのリズム、速すぎて……っ!」 「合わせる気なんてないって言ったでしょ。あなたが私のスピードに食らいついてくるのよ!」
なぎさのダンスは完璧だ。だが、彼女は周りの技量を無視して、自分にしかできない超高度なパフォーマンスを押し通す。中学時代、それでメンバーとの溝が深まり「センターの女王」と揶揄された過去が、彼女の頑なな態度を形作っていた。 対するみゆきは、技術こそ未熟だが、驚異的なスタミナと「跳躍力」を持っていた。なぎさの高速な刻みに、必死に、泥臭く、何度も転びながら食らいついていく。
そんな二人の様子を、街灯の影から冷ややかに見つめる視線があった。
「……あはは。必死だねえ、あのお二人さん」
翌日の昼休み、中庭で練習していたみゆきたちの前に、二人の少女が現れた。 一人は、モデルのようなスレンダーな体型に、どこか他人を突き放すような冷たい眼鏡をかけた少女、月影ゆり。もう一人は、ふわふわした金髪で落ち着きのない様子を見せる、黄瀬やよい。
「あなたが、あの有名な『センターの女王』? 思ったより……なんていうか、熱苦しいのね」 ゆりは、なぎさを一瞥して、鼻で笑った。 「……誰よ、あなた」 なぎさが鋭く睨むと、ゆりは悠然と髪をかき上げた。「月影ゆり。そっちのやよいと一緒に、今年アイドル部に入った新入生よ。土曜日の相手、私たちだから。よろしくね」
「月影……」なぎさの顔色が変わる。「エリート養成所で、特待生だったっていうあの……」
「あら、ご存知? でも、あなたの時代はもう終わりよ、美墨さん。仲間とリズムも合わせられない王様なんて、ステージには必要ないわ。土曜日は、あのみゆきとかいう『ただ跳ぶだけの素人』と一緒に、現実を教えてあげる」
「なんだってー!」みゆきが身を乗り出して叫ぶ。「私、ただ跳ぶだけじゃないもん! なぎささんと一緒に、最高のステージにするんだから!」
「……期待してるわ。もっとも、期待するだけ無駄だと思うけれど」
ゆりは冷たい言葉を残して去っていった。残されたやよいは、「ご、ごめんねぇ……」と申し訳なさそうに頭を下げて、慌ててゆりの後を追っていった。
なぎさの拳が、怒りで震えていた。 「……あんな女に、負けるわけにはいかない。いい、みゆき。土曜日までに、死ぬ気で私のリズムを体に叩き込みなさい」
「……言われなくても、そのつもりだよ!」
二人の間に、初めて「共通の敵」への対抗心が芽生えた瞬間だった。 技術も性格も、何もかもが噛み合わない。 けれど、みゆきの「誰よりも高く跳びたい」という純粋な渇望と、なぎさの「誰にも負けたくない」という意地が、夜の公園で激しくぶつかり合い、火花を散らす。
それは、これまでのアイドル界の常識を覆す、「異質なリズム」が誕生しようとする前触れだった。
土曜日。 ぴかりが丘学院の、観客のいないはずの小講堂。 そこには、審判役として腕を組む日向咲と、記録用のカメラを構える東せつなの姿があった。 そして、対戦相手として不敵な笑みを浮かべる月影ゆり。
「さて、始めようか。烏野……じゃなかった、ぴかりが丘の未来を決める、3対3のダンスバトルの開幕だよ」
咲の宣言と共に、音楽が流れ出す。 みゆきとなぎさ。二人の、負けられない戦いが始まった。




