鉄壁の残響、折れない翼
一回戦の勝利に浸る間もなく、ぴかりが丘学院アイドル部の面々は、隣のメインステージへと移動した。そこで彼女たちを待っていたのは、会場の空気を物理的に押し潰すような、重厚なプレッシャーを放つ集団だった。
「……来たわね、七色ヶ丘商業」
夏木りんが、ジャージの袖を捲り上げながら低く呟いた。 七色ヶ丘商業。通称「鉄壁」。彼女たちは、個人の技量以上に、ユニット全体で作り上げる「一糸乱れぬ鉄のコーラス」と、どんな超速のリズムも完璧に遮断する「組織的ダンスカバー」を武器とする。かつてぴかりが丘のエース、九条ひかりのソロパートをことごとく封殺し、彼女をステージから追い落とした宿敵だ。
「……ひかり先輩」
みゆきが心配そうに隣を見ると、ひかりは震える手でマイクを握りしめていた。一回戦では見事な復活を遂げた彼女だったが、目の前にそびえ立つ「鉄の門」を前に、かつての敗北の記憶がフラッシュバックしているようだった。
「……大丈夫よ、ひかり」 なぎさが、あえて冷徹なトーンで告げた。 「あんたがまた歌を止められたら、私が何度でもリズムを拾い直してあげる。……もっとも、そんな暇も与えないくらい、私が完璧なパスを放るけどね」
なぎさの不敵な笑みに、ひかりは深く息を吐き、ゆっくりと頷いた。
「ジャパン・ドーム・フェス、県予選二回戦。ぴかりが丘学院対、七色ヶ丘商業。……開始!」
号令と共に、七色ヶ丘の重低音が響き渡る。 彼女たちのパフォーマンスは、まさに「動く要塞」だった。センターの少女を中心とした六人のダンスは、まるで巨大な機械の歯車のように正確で、ぴかりが丘の侵入を許さない。
「……っ、なぎささん! 隙間がないよ!」 みゆきが叫ぶ。いつもなら通用する「変人速攻(超抜ダンス)」を繰り出そうにも、七色ヶ丘のメンバーはみゆきが跳ぶ瞬間に、まるで壁を作るように完璧なタイミングでダンスフォーメーションを重ねてくる。視覚的にルートを塞がれ、なぎさのパスが見えない。
「……なるほどね。個々の速さに対抗するんじゃなくて、ユニット全体の面で潰しに来るわけか」 なぎさは冷静に分析しながらも、苛立ちを隠せない。なぎさが放つどんな鋭い旋律も、七色ヶ丘の「分厚いコーラス」によって相殺され、観客に届く前に威力を削がれてしまう。
焦りが広がりかけたその時、ステージの最後尾から、弾丸のような声が飛んだ。
「——何、ビビってんのよ!!」
夏木りんだ。彼女は七色ヶ丘の猛攻によって崩れかけたフォーメーションを、驚異的な反応速度で拾い上げ、再びなぎさへと繋いだ。 「前だけ見てなさい! 後ろは、私が死んでも死守してあげる! エースに歌わせないステージなんて、アイドルじゃないわよ!」
リベロ(守護神)の咆哮。 その声に呼応するように、九条ひかりがステージ中央へと踏み出した。
「……お願い、なぎさちゃん。私に、もう一度だけパスを頂戴」
ひかりの瞳には、もう迷いはなかった。 なぎさは、これまでにないほど深く、重い旋律を紡ぎ出した。それは、七色ヶ丘の「鉄壁」に正面からぶつかり、それを抉り開けるための、重戦車のようなリードだった。
「——おおおおお、おおおおお!!!」
ひかりのロングトーンが爆発した。 七色ヶ丘のメンバーが三人がかりでコーラスを重ね、その声を遮断しようとする。 かつてなら、ここでひかりの心は折れていた。 けれど、今の彼女の視界には、必死に床を這って音を繋ごうとするりんの姿と、空中で「道」を作ろうと舞うみゆきの影があった。
(私は、独りで歌ってるんじゃない!)
ひかりの歌声が、さらに一段階、出力を上げた。 「鉄壁」に亀裂が入る。 ひかりの咆哮が、七色ヶ丘の完璧な調和を粉砕し、会場全体をその声の色に染め上げた。
「……抜けたっ!」 みゆきが叫ぶ。 ひかりの歌が、ついに壁の向こう側へと届いた。
モニターに表示される支持率が、爆発的にぴかりが丘側へと傾く。 七色ヶ丘のセンターは、驚愕に目を見開いたまま立ち尽くしていた。自分たちが作り上げた絶対的な「遮断」を、一人の少女の「信じる力」が上回った瞬間だった。
パフォーマンス終了のブザーが鳴る。 勝者は、ぴかりが丘学院。
ひかりは崩れ落ちるように膝をつき、隣に駆け寄ったりんと、力強く拳を合わせた。 「……勝った。私……歌えたよ」 「当たり前でしょ、エースなんだから」
りんは笑いながら、ひかりの背中を叩いた。 一方、なぎさとみゆきは、すでにその先のステージを見据えていた。 そこには、自分たちの戦いを、冷徹な捕食者のような目で見つめる青乃美希の姿があった。
「鉄壁」は崩れた。 次なる壁は、自分たちと同じ「天才」が支配する、絶対的な王宮。
烏たちは、最大の難所であるノーブル学園戦へと、その翼をさらに強く羽ばたかせようとしていた。




