宣戦布告のステージ、あるいは静かなる幕開け
六月の湿った風が、ぴかりが丘学院の長い廊下を吹き抜けていく。レッスンルームの鏡に映る自分たちの姿には、東京合宿を経て手に入れた、鋭利な刃物のような光が宿っていた。しかし、その光がどこまで本物なのかを試す審判の時は、すぐそこまで迫っている。
「……出たわよ、組み合わせ」
東せつなが、タブレットの画面を見つめたまま低く呟いた。その周囲を、星空みゆきやなぎさたちが取り囲む。画面に表示されているのは、ジャパン・ドーム・フェス・アイドル部門、県予選のトーナメント表だ。
「ぴかりが丘……いたっ! 一回戦は……『観星学園』?」
みゆきが読み上げた名前を聞いて、日向咲が少しだけ寂しげな、けれど決意に満ちた表情で頷いた。観星学園には、咲の中等部時代の友人たちが所属している。彼女たちにとっても、これが最後の大舞台になるはずだ。しかし、勝負の世界に情けは無用であることを、今の咲は誰よりも知っていた。
「そして……ここを勝ち進めば、次は『七色ヶ丘商業』。……その先には……」
せつながスワイプした先には、あの名前があった。私立ノーブル学園。なぎさにとっての因縁の相手、青乃美希が君臨する「大王様」のチームだ。
「……望むところよ」
なぎさが、自身のヘッドセットのマイクを強く握りしめた。ベローネ学院時代、彼女の後塵を拝し続けた屈辱。それを雪ぐための舞台は、完璧に整えられていた。
翌日、県内全域からアイドル部が集結する「合同レセプション」が、市民ホールで開催された。これは予選前の士気高揚と、マスコミへの顔見せを兼ねたイベントだ。各校が公式のユニット衣装に身を包み、会場は百花繚乱の華やかさに包まれていたが、その空気は一触即発の緊張感を孕んでいた。
「わぁ……みんなキラキラしてる! 敵がいっぱいだよ、なぎささん!」
みゆきが場違いなほど元気に声を上げるが、その視線は無意識に、特定の「影」を探していた。合宿で出会った桃園ラブのような、自分を「攻略」しようとする強者を。
その時、会場の入り口付近が騒がしくなった。
「——道を開けてくださる?」
涼やかで、けれど逆らえない威圧感を持った声。現れたのは、ノーブル学園の面々だ。センターに立つ青乃美希は、圧倒的なプロポーションを誇るタイトな衣装を纏い、まるで会場全体が自分のステージであるかのように堂々と歩みを進める。
美希の視線が、ぴかりが丘の集団、特になぎさを捉えた。
「あら、なぎさちゃん。随分と『烏』らしくなったじゃない。合宿で猫にでもしごかれたのかしら?」
「美希さん……」
なぎさが一歩前に出る。二人の間に、火花が散るような沈謀が流れる。なぎさの隣で、みゆきが美希の威圧感に気圧されそうになりながらも、ぐっと足を踏ん張った。
「……初めまして、『大王様』」
みゆきの言葉に、美希は足を止め、面白そうに目を細めた。
「……あら、あなた。なぎさちゃんの新しい『おもちゃ』ね。……残念だけど、あなたのその跳躍、七色ヶ丘の『鉄壁』を前にしても通用するかしら?」
美希はフッと鼻で笑うと、なぎさの耳元で囁くように言った。
「なぎさちゃん。独りよがりの王様を卒業したのなら、次は『絶望』を教えてあげる。……あなたのその翼、私が一枚残らず毟り取ってあげるわ」
美希たちが去った後、みゆきは自分の心臓が激しく鼓動しているのに気づいた。恐怖ではない。ゾクゾクするような、圧倒的な高揚感だ。
会場の別の場所では、また別の火花が散っていた。夏木りんの前に立ちはだかったのは、七色ヶ丘商業のメンバーたちだ。彼女たちは圧倒的な体格と、一糸乱れぬ「重厚なコーラス」を武器とする。かつて九条ひかりの心を折った、あの絶望的な「壁」の持ち主たちだ。
「……今度は逃げないでよね、歌姫さん」
七色ヶ丘のセンターが、ひかりを指差す。ひかりは一瞬、身体を強張らせたが、すぐに背後に立つりんの存在を感じて、静かに、けれど強く言い返した。
「……はい。私の歌は、もう二度と止まりませんから」
それぞれの因縁、それぞれの誓い。 県予選の組み合わせが決まったことで、物語は一気に「実戦」の熱量を帯び始める。ぴかりが丘学院の六人は、ホールを後にする際、夕闇に染まる空を見上げた。
「いくよ、みんな。……明日から、私たちの本当の戦いが始まる」
日向咲の号令。 「落ちた強豪、飛べない烏」。そんな汚名を返上するための舞台。 彼女たちは、自分たちが手に入れた不格好で、けれど力強い翼を信じていた。
夜のぴかりが丘学院。誰もいないレッスンルームには、明日の本番を待つ六足のダンスシューズが、静かに整列していた。 かつて夢見た全国。その頂きへ続く道は、今、一歩目から激動の幕を開けようとしている。
烏たちは、静かに、けれど確実に、獲物を狙う爪を研ぎ澄ませていた。




