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もう一回を、その先で

七ツ橋学園との合同合宿、その最終リハーサルの幕が降りようとしていた。鏡張りのスタジオには、両校のメンバーが放つ熱気と、激しいステップによって舞い上がった埃が白く光っている。


スコアボード代わりのモニターには、僅差で七ツ橋学園のリードが表示されていた。星空みゆきは、全身から吹き出す汗を拭うことも忘れ、目の前の「壁」を見据えていた。桃園ラブ。彼女を司令塔とする七ツ橋の「繋ぎ」は、合宿最終日になっても一切の綻びを見せなかった。むしろ、ぴかりが丘が新しい攻撃を繰り出すたびに、ラブの脳内でそれが即座に処理され、包囲網が再構築されていく。


「……ハァ、ハァ、なぎささん……ラスト、一曲!」


みゆきが叫ぶ。その声は掠れているが、瞳にはこれまでになく強い光が宿っていた。隣に立つなぎさもまた、限界に近い疲労の中で、獲物を狙う鷹のような鋭い視線を失っていない。なぎさは無言で頷き、最後の楽曲のイントロを再生した。


ぴかりが丘の最後の攻撃は、これまでのすべてを詰め込んだものだった。九条ひかりの重戦車のようなロングトーンが空気を震わせ、夏木りんがフロアを滑るように移動して、乱れた音を完璧な放物線でなぎさへと戻す。なぎさはその音を受け取り、一瞬の静寂を演出しながら、全メンバーが同時に動き出す「多層的な同時攻撃(シンクロ攻撃)」のタクトを振った。


「跳べ!!」


なぎさの号令と同時に、みゆきを含む四人が一斉にステージ前へと飛び出す。誰がメインを歌うのか、誰がセンターを奪うのか。七ツ橋の守備陣に、一瞬の「迷い」が生じた。その迷いの隙間を、みゆきが弾丸のように突き抜ける。なぎさから放たれた、文字通り「最高」のボーカルパスが、みゆきの指先と重なった。


みゆきは空中で、ラブと目が合った。ラブの瞳が、初めて「計算外」に揺れる。みゆきの放った渾身のキメポーズとフレーズは、七ツ橋の守備網を真っ向から貫き、スタジオの空気を真っ二つに切り裂いた。


しかし、その直後。 フロアに落ちるはずだった音の残響を、七ツ橋のリベロが執念で拾い上げていた。


「……えっ!?」


みゆきが着地した瞬間、すでに七ツ橋の反撃は始まっていた。桃園ラブの冷静な指示のもと、山吹祈里を中心とした六人が、まるで一つの生き物のように滑らかなユニゾンを響かせる。ぴかりが丘がどれだけ鋭い牙を剥こうとも、七ツ橋はそれをしなやかに受け流し、最後には自分たちのリズムの中に飲み込んでしまう。


最後の一音が消えた時、モニターの数字が動いた。七ツ橋学園の勝利。ぴかりが丘の敗北。


「……終わった」


日向咲が膝をつき、大きく息を吐いた。スタジオに訪れたのは、静寂ではなく、お互いの実力を認め合った者たちだけが共有できる、濃密な敬意だった。


「……もう、一回」


小さな声が、静寂を破った。星空みゆきだった。彼女はまだ、マイクを握る手を震わせながら、桃園ラブの前に立っていた。


「ラブちゃん! もう一回、もう一回リハーサルお願いします!」


その必死な顔に、七ツ橋のメンバーたちは驚き、やがて苦笑した。山吹祈里が「もう、バスの時間だよ」となだめるが、みゆきは引かない。


「……あんた、本当に体力お化けだね」


桃園ラブが、首筋の汗を拭いながら呆れたように言った。彼女の瞳からは、以前の気怠さは消えていた。代わりにそこにあるのは、自分を追い詰めた「未知のバグ」に対する、プログラマーのような奇妙な親愛の情だった。


「……いいよ。また今度、全国の舞台でやろう。……それまでに、もっと面白いゲーム(ステージ)ができるように、データをアップデートしておいて」


ラブが差し出した手を、みゆきが両手で力強く握り返す。 合宿を通して、みゆきは学んだ。自分たちにはまだ、圧倒的に「繋ぎ」が足りない。そして、なぎさは「独りで戦う王様」を卒業し、仲間を信じて背中を預ける「指揮者」へと進化した。


帰り際の校門。なおコーチと、七ツ橋の指導者が並んで立っていた。


「なお、いいチームになったわね。あのオレンジの子、化けるわよ」 「ふん。まだまだヒナ鳥さ。……でも、次はあんたたちの猫の喉元、食い破ってやるから覚悟しな」


二人の指導者が交わした言葉は、そのまま「烏野」と「音駒」の、世代を超えた因縁の継承を意味していた。


バスに乗り込む際、なぎさはふと振り返り、東京の空を見上げた。かつて自分が絶望した場所。けれど、今隣には、汗まみれで「ウルトラハッピーにリベンジだ!」と叫ぶバカ正直な相棒と、それを笑って受け止める最高の仲間たちがいる。


「……行くわよ、みゆき。次は、負けないわ」 「はいっ、なぎささん!」


マイクロバスが走り出す。窓の外、遠ざかっていく七ツ橋学園の校舎を見つめながら、みゆきは心の中で誓っていた。桃園ラブという「脳」を、今度は自分たちの「翼」で完全にフリーズさせてみせると。


烏は、東京の猫に爪の痕を残した。 それは、全国という名の巨大な森へと飛び立つための、誇り高き第一歩だった。


合宿は終わった。けれど、本当の「嵐」はここから始まる。 インターハイ予選、そしてその先にある、まだ見ぬ強豪たちとの戦いへ。 ぴかりが丘学院アイドル部の物語は、ここから加速していく。

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