表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/127

思考の残像、あるいは野生の共鳴

スタジアムを支配する紫の静寂。琴爪ゆかりが放つ「先読み」の旋律は、美墨なぎさの精神を確実に削り取っていた。なぎさが鍵盤に指を置くたび、ゆかりの瞳が「次はそこね」と嘲笑うように光る。論理的に組み立てられた最高のリズムも、相手に予測されてしまえば、それは単なる「予定調和」という名の脆い盾に過ぎなかった。


「……なぎささん、私の声が、また……」


星空みゆきの声が、不安に揺れる。彼女が飛び出そうとする瞬間に、ゆかりのコーラスがその進路を塞いでしまう。ぴかりが丘の六人は、自分たちの動きがすべて透明な壁に阻まれているような、形容しがたい閉塞感の中にいた。支持率のメーターは無慈悲なほどに白く、王者の勝利を確実なものとして刻み続けている。


なぎさは、自身の指先から熱が引いていくのを感じた。 (……読まれている。私の『正解』が、あの人の『直感』に負けている……!) なぎさの脳内では、何百もの譜面が高速でめくられては破り捨てられていた。大和を倒したあの不協和音も、いちかを揺さぶった連携も、ゆかりというフィルターを通せば、すべてが「想定内」のノイズに変換されてしまう。


その時、リハーサル中に交わした、なおコーチの言葉が脳裏をよぎった。 「なぎさ、あなたは賢すぎる。だから、時として自分の描いた設計図に縛られるのよ。……でもね、音楽はもっと、理不尽で、わがままなものなのよ」


なぎさは、ふっと笑みを漏らした。 (そうか。私が『正解』を探している限り、あの人の予測からは逃げられない。なら……)


なぎさは、自身の心拍数を極限まで高めた。意識が中心へと収束し、周囲の喧騒が遠のいていく。彼女は譜面を見るのをやめ、隣で踊り狂う仲間の「気配」だけを信じることに決めた。


「——咲! りん! 私に合わせるな! 自分の『一番気持ちいい場所』で叫びなさい!」


なぎさの唐突な叫びに、メンバーが目を見開く。それはこれまで彼女が守り続けてきた「統率」を、自ら放棄する宣言だった。なぎさは鍵盤に指を叩きつけ、これまでの楽曲構成を完全に無視した、破壊的なビートを刻み始めた。


ゆかりの眉が、一瞬だけピクリと動いた。 「……あら。自暴自棄かしら?」 ゆかりは、なぎさが放った最初の一打に合わせて、自身のコーラスを被せようとした。しかし、その瞬間、なぎさの音が「消えた」。


なぎさは、音を鳴らす代わりに、自身の呼吸を止めた。 一瞬の空白。その無重力のような隙間に、夏木りんが野生の獣のような鋭さでステップを踏み込み、日向咲がそれまでのリズムとは全く無関係な、独創的なハイトーンを放った。


「なっ……!?」 ゆかりの予測が、初めて「空振り」に終わった。 なぎさが指示を出したのではない。なぎさが作った「カオス」の中で、メンバー個々の野生が、勝手に最適な答えを選び取ったのだ。


「——みゆき! 今よ、全速力で!!」


なぎさの声は、もはやリードではなく、ただの点火剤だった。 星空みゆきは、なぎさが撒き散らした音の破片を、本能だけで繋ぎ合わせた。彼女は、いちかの放つ光のど真ん中に、自身のすべてを賭けた、最も未完成で、最も熱い叫びを叩き込んだ。


それは、ゆかりが最も嫌う「論理のない爆発」。 「……っ、そんな……デタラメな……!」 ゆかりが慌てて声を重ねようとするが、みゆきの放つエネルギーは、ゆかりの洗練された感性さえも焼き切るほどの純度を持っていた。


支持率のメーターが、落雷に打たれたように激しく「黒」へと跳ねる。 スタジアム中の空気が、ぴかりが丘の放った「野生の共鳴」に共鳴し、震え上がった。


なぎさは、汗だくになりながら不敵に笑った。 「……ゆかりさん。あんたの言った通りよ。論理的な譜面は、もう捨てたわ。……ここから先は、誰にも予測できない『絶叫』の時間よ」


いちかが、ゆっくりとマイクを口元に寄せた。 彼女の瞳には、先ほどまでの静かな観察者の色はなく、自分を脅かす存在を根こそぎ粉砕しようとする、王者の闘争心が剥き出しになっていた。 「……いいよ、美墨なぎさ。君たちのその『濁り』、私の光で、一滴残らず蒸発させてあげる」


王者が、本当のギアを上げた。 スタジアムの照明が、まるで太陽が爆発したかのように白熱する。 キラキラ☆パティスリーの六人が、一糸乱れぬ動きで、これまで以上の音圧を解き放ち始めた。


だが、なぎさたちはもう怯えていなかった。 一度はもぎ取られたと思っていた翼。それが、仲間の「野生」を繋ぎ合わせることで、より黒く、より鋭く再生したことを確信していたからだ。


第118話、思考の残像。 烏たちは、思考を捨てて飛翔することを選んだ。 黄金の光が降り注ぐ断崖絶壁で、漆黒の翼は、重力さえも味方につけて、王座へと続く最後の一段を、強引に食らいにいった。


なぎさは、自身の指が鍵盤を突き抜けるような感覚の中で、ただひたすらに叫び続けた。 「——さあ、もっともっと暴れなさい!! このスタジアムを、私たちの『色』で塗りつぶしてやるわ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ