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嵐の前の凪、そして守護神の帰還

ノーブル学園との合同リハーサルから数日。ぴかりが丘学院アイドル部のレッスンルームには、以前よりもずっと密度の濃い空気が流れていた。星空みゆきとなぎさの「変人コンビ」は、今やチームの攻撃の要として、その特異なリズムを研ぎ澄ませている。


けれど、激しい練習の合間にふと訪れる静寂の中で、部長の日向咲は、壁に掛けられた古いユニット写真を見つめていた。そこには、今よりも数人多いメンバーの姿がある。


「……やっぱり、彼女がいなきゃ、烏野(ぴかりが丘)のダンスは完成しないよね」


咲の呟きに、副部長の東せつなが静かに頷く。その視線の先には、いつも空席のままの、フォーメーションの最後尾を支えるポジションがあった。


そんなある日の放課後。みゆきが自主練習のために廊下を走っていると、不意に誰かとぶつかりそうになった。


「あわわっ、ごめんなさい!」 慌てて謝るみゆきの前に立っていたのは、自分よりもさらに小柄な少女だった。けれど、その少女から放たれるオーラは、まるで巨大な岩のようにどっしりとしていた。


ツンと上を向いた強気な瞳、そして前髪の一部に金色のメッシュを入れた特徴的なヘアスタイル。彼女はジャージの襟を掴み、みゆきをじろりと見上げた。 「……あんた、新入生? 良い『バネ』持ってるじゃない」


「えっ? あ、はい! 星空みゆきです! アイドル部の一年生です!」 みゆきが元気よく答えると、その少女はニカッと太陽のような眩しい笑みを浮かべた。


「そうか! 私は二年の夏木りんだ。ポジションは……まあ、このチームの『盾』ってところかな」


彼女こそが、ぴかりが丘学院アイドル部が誇る最強の守護神。圧倒的な反応速度でどんなミスステップもカバーし、崩れたフォーメーションを一瞬で立て直す「リベロ」の役割を担う少女だった。


「りんさん! 戻ってきてくれたんですか!?」 騒ぎを聞きつけて駆けつけた海藤みなみが、嬉しそうにりんの肩を叩く。だが、りんの表情はすぐに曇った。


「……勘違いしないで。私はまだ、部に戻るって決めたわけじゃない。……あいつ(旭)が、まだ戻ってきてないんだろ?」


りんの言葉に、その場の空気が凍りついた。 ぴかりが丘には、もう一人、欠けているメンバーがいる。かつて「エース」と呼ばれ、その圧倒的な歌唱力でチームを牽引しながら、ある挫折をきっかけにステージから姿を消した少女——九条ひかり。


「ひかりが戻ってこないなら、私がどれだけステップを繋いでも意味がない。エースが決められないステージなんて、守る価値がないんだよ」


りんの言葉は厳しかった。彼女は、エースの背中を誰よりも信頼していたからこそ、そのエースが心を折ってしまったことを許せずにいたのだ。


「……でも、りんさん!」 みゆきが一歩前に出た。 「私、エースがどんな人かまだ知らないけど……でも、繋いでくれる人がいるなら、私はどこまででも跳べます! なぎささんのパスも、りんさんのカバーも、全部私の力に変えてみせますから!」


りんは驚いたようにみゆきを見つめた。自分よりも小さく、けれど自分よりも高く跳ぼうとする雛鳥。 「……ははっ、面白いこと言うじゃない。美墨なぎさとコンビを組んでるってのは、伊達じゃないってわけか」


りんは一度だけレッスンルームの鏡を見つめ、それから不敵に笑った。 「いいだろう。一回だけ、あんたたちのパフォーマンスを見せてもらう。もし私の心を動かせるような『繋ぎ』が見られたら……その時は、またこの黒いジャージを着てやるよ」


ぴかりが丘の守護神、夏木りん。 彼女の帰還は、単なる戦力の補強ではない。それは、バラバラになりかけていた「烏」たちの心を、再び一つの勝利へと繋ぎ止めるための、熱い鼓動の始まりだった。


翌日。ひかりを連れ戻すための作戦と、りんを納得させるための最高のパフォーマンスに向けて、アイドル部は再び動き出す。


「……待ってなさいよ、ひかり。あんたが逃げたステージの広さ、この新入生たちが思い出させてあげるから」


りんの呟きは、春の風に乗って、かつてのエースが閉じこもる教室へと届いたようだった。

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