頂の景色:オン・ザ・ステージ
「目の前に立ちはだかる、高くて厚い壁。その向こう側は、どんな景色なんだろう」
テレビの街頭モニターを見上げて、少女——星空みゆきは立ち尽くしていた。 画面に映っているのは、アイドル界の最高峰『ジャパン・ドーム・フェス』の生中継。そこに映る小柄なセンターの少女は、自分より遥かに大きなバックダンサーたちの間を縫うように跳ね、誰よりも高く、誰よりも眩しく輝いていた。
「……『小さな巨人』……」
みゆきの胸が高鳴る。彼女と同じ、小柄な体格。それでも、誰よりも高く跳べる。その瞬間、彼女の心は決まった。
三年後。中学三年生になったみゆきは、ライブハウスの楽屋の隅で拳を握りしめた。彼女が通う学校には、もともと「アイドル部」なんてなかった。たった一人で練習を始め、友達を誘い、ようやく集めた6人のメンバー。今日は、彼女たちにとって最初で最後の地方オーディション。対戦相手は、優勝候補の筆頭——『私立ベローネ学院』中等部。
「ねえ、みゆき。相手、あの『センターの女王』がいるユニットだよ……?」
不安げに言うメンバーの花咲つぼみに、みゆきは満面の笑みで返した。
「大丈夫! やってみなきゃわかんないよ!」
だが、ステージの袖でその対戦相手を見た瞬間、空気は一変した。圧倒的なオーラ。揃いの洗練された衣装。その中心に立つのは、鋭い眼差しを持つ少女——美墨なぎさ。完璧なダンス、完璧な音程、そして一切の妥協を許さない峻烈な態度。彼女こそが、孤高の天才センター、『センターの女王』だった。
「……あなた、この三年間、何をしてきたの?」
すれ違いざま、なぎさが冷たく言い放つ。みゆきたちの拙いリハーサルを見た後だ。みゆきは一瞬怯んだが、真っ直ぐになぎさを見返した。
「……一生懸命、練習したよ。一人でも、みんなとでも!」
「『一生懸命』なんて、ステージの上じゃ何の価値もない」
なぎさの言葉は鋭いナイフのようだった。しかし、本番の幕が上がると、会場の視線は予想外の方向に釘付けになった。
ベローネ学院の圧倒的なパフォーマンス。なぎさの超高速のステップ。普通のユニットなら、それだけで戦意を喪失する。だが、星空みゆきだけは違った。どんなに無茶なフォーメーションでも、どんなに届きそうにないリズムでも、彼女はステージの端から端まで全力で走り、そして——跳んだ。
「……っ、高い!?」
なぎさが目を見開く。照明の逆光の中、みゆきは誰よりも高く跳躍した。まるで重力を忘れたかのように。指先が、スポットライトの熱を捉える。未熟でバラバラなダンスの中にあって、その「跳躍」だけは、圧倒的な才能の片鱗を見せつけていた。
結果は、惨敗だった。リアルタイムの「いいね」数も、会場のペンライトの色も、残酷なほどに差が開いていた。みゆきたちの初めてのステージは、わずか30分で終わりを告げた。
終演後のロビー。悔しさで涙が止まらないみゆきの前に、なぎさが通りかかる。
「……あなた」
なぎさは、勝利したはずなのに不機嫌そうに歪んだ顔をしていた。「あんなに動けるのに、どうして三年間もっとまともな環境にいなかったの。あなたは、この三年間を無駄にしたのよ」
その言葉は、みゆきの情熱に火をつけた。ぐっと涙を拭い、みゆきはなぎさの背中に向かって叫んだ。
「あなたが、女王として君臨し続けるっていうなら……!」
なぎさが足を止める。
「あなたを倒して、私が一番長く、あのステージに立ってみせるから!」
なぎさは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに冷笑を浮かべて振り返った。
「……倒す? 寝言は寝てからおっしゃい。勝てるわけないでしょ、あなたみたいな『初心者』が」
「やってみなきゃわかんない!」
「……いいわ。それなら、もっとまともなチームに入ることね。次に会う時、また完膚なきまでに叩き潰してあげる」
春。みゆきは、憧れの「小さな巨人」がいた名門・ぴかりが丘学院の門を叩いた。今は「落ちた強豪、歌えない雛」なんて揶揄されているけれど、ここから私のアイドル道が始まるんだ。
「……よし! アイドル部、一番乗り!」
鼻息荒くレッスンルームのドアを勢いよく開けるみゆき。しかし、そこには——。
「…………あ」
真っ白なレッスンウェアに身を包み、すでに誰よりも鋭い動きでステップを刻んでいる少女がいた。長い髪を揺らし、獲物を狙うような瞳でこちらを見たのは——。
「……どうして、あなたがここにいるのよ!」
ベローネ学院の美墨なぎさ。打倒を誓ったはずの「女王」が、なぜかそこにいた。
「それはこちらのセリフよ! あなた、別の高校に行くって言ったじゃない!」
「言ってない! 勝手に勘違いしたのはそっちでしょ!」
火花を散らす二人。最悪の出会いから始まった、二人の少女の物語。バラバラな才能が、一つのリズムに重なる時。かつて「烏」と呼ばれた少女たちは、再び高く跳び上がる。




