校外学習-②
観光地の広場は、春の陽気に包まれて賑わっていた。土産物屋からは甘い匂いが漂い、修学旅行らしき学生たちや観光客が入り混じって歩いている。桜花たちの班も、地図を片手に散策していた。
「で、次はどこ行く? あっちの神社、結構有名らしいよ!」
琳子が元気に提案すると、竜星が地図をのぞき込みながらうなずいた。
「いいじゃん。写真映えもしそうだし」
そんな中、桜花はつい隣を歩く直哉に目がいってしまう。
私服はシンプルな白シャツに細身のデニム。どこにでもありそうな組み合わせなのに、着こなす直哉が身にまとえば別物に見える。長い脚や引き締まった体型が強調され、モデル顔負けのスタイルがいやでも目立っていた。
──なんでそんなに似合うの。
胸がどきどきして、桜花は視線を逸らす。けれどすぐにまた目で追ってしまう自分が悔しい。
「桜花?」
名前を呼ばれて、慌てて顔を上げると、直哉が笑ってこちらを見ていた。
「さっきから俺のこと見すぎちゃう? 惚れてまうで?」
「べ、別に……! ただ服が、似合ってるなーって思っただけ!」
「それ、十分惚れてる証拠やと思うけど?」
からかうような声音に、桜花は耳まで真っ赤になった。
そんな二人のやり取りを横で見ていた琳子は、呆れ半分、羨ましさ半分でため息をついた。
「はいはい、イチャイチャすんなって。こっち置いてけぼりなんだけど」
「お前らも仲ええやん」
直哉が肩をすくめると、琳子は「仲良しと恋愛は違うの!」と食い気味に返した。
竜星はそんな二人を見ながら、複雑そうに笑みを浮かべていた。──琳子に特別な想いを抱えていることを、誰もまだ知らない。
その時だった。
「……あれ? あの人……」
広場にいた観光客の女子高生が直哉を指差し、小さな声を上げた。
「ちょっと待って、え?倉田ナオじゃない!?」
一瞬で空気が変わった。
「え、ほんとだ! ナオくんだ!」
「やばいやばい、生で見れるなんて!」
歓声が広がり、人だかりができる。スマホを構える観光客たち。直哉の名前を叫ぶ声。
「……やっば」
琳子が青ざめて小声を漏らした。
「高倉、どうするの!?このままじゃ囲まれるよ!」
「落ち着いて、松本」
竜星は冷静を装いながらも、目の前の光景に圧倒されていた。
(これが、アイドルってやつか……。教室での姿と全然違う……)
「直哉……!」
桜花が不安げに彼を見上げる。だが当の本人は、ほんの一瞬だけ驚いた表情を見せたあと、すぐにプロの顔に切り替えていた。
「みんな、声かけてくれてありがとな! でも今は友達と一緒やから、写真とかはごめんな!」
堂々とした声が広場に響く。群がるファンたちはなおさら興奮したが、その笑顔と落ち着いた対応に押され、すぐに先生方が駆けつけて状況を収め始めた。
「はぁ……ほんとに心臓止まるかと思った……」
琳子は胸を押さえ、足をがくがくさせながらため息をついた。
「俺も正直、すげぇと思った。やっぱナオはただもんじゃないわ」
竜星が素直に感嘆を口にすると、直哉は照れ笑いを浮かべて肩を竦めた。
「仕事柄、慣れとるからな」
その横で桜花は、さっきの堂々とした直哉の姿を思い返していた。
──ステージの上だけじゃなく、こういう場面でも輝いてる。
それが彼にとって当たり前の日常なのだと、あらためて思い知らされる。
「……すごいよ、直哉」
小さく呟いた言葉は、騒がしさに紛れて誰にも届かなかった。でもその直後、心の奥底から冷たいものがせり上がってくる。
(だめだ…。私なんかがこんな人の隣にいちゃいけない)
彼は何万をも超える数のファンに愛されていて、誰もが憧れる存在。対して自分は、特に夢もはっきりしていない、ただの女子高生。さっきまで胸をときめかせていた感情が、じわじわと罪悪感に変わっていく。
──同じ土俵に立っていい相手じゃない。彼の笑顔を独り占めできる人なんかじゃない。
心臓がぎゅっと縮こまり、歩調が自然と遅くなる。
「桜花?」
直哉が首をかしげて振り返った。
「大丈夫? 人混みで疲れたんやろか」
心配そうに差し伸べられた手を、桜花は一瞬見つめて……結局、笑って首を横に振るしかなかった。




