校外学習-①
校門前にずらりと並ぶ観光バス。制服姿ではなく、思い思いの私服に身を包んだ生徒たちで溢れているせいか、いつもより華やかな空気に包まれていた。
桜花は集合時間より少し早めに到着し、辺りを見回していた。ふと視界に飛び込んできたのは、黒いキャップを軽く被り、白のシャツに細身のデニムを合わせた直哉の姿だった。
(……え、何これ。やば)
シンプルなのに洗練されていて、無駄がない。長い脚とバランスの取れた肩幅、全体のシルエットが完璧すぎて、モデルかと錯覚する。
直哉が軽くキャップを外して「おはよ」と笑った瞬間、周囲の女子たちが一斉に振り返った。小さなざわめきが起きる。
「桜花、集合場所こっちやで」
「あ、うん……」
返事をしたはずなのに、声が震えていた。ドキドキしすぎて心臓が痛いくらいだ。
「なに固まってんの。もしかして俺の私服ダサい?」
直哉が冗談めかして尋ねる。桜花は慌てて首を振った。
「ち、違う!全然!むしろ……すごく似合ってる」
「おお、素直に褒めてくれるんやな。ありがとう」
にかっと笑う彼に、また心臓が跳ねる。
そこへ琳子と竜星が合流してきた。琳子はミニスカートにデニムジャケット、竜星はゆるめのパーカー姿。
「わぁ~!高倉、芸能人オーラ出すぎじゃない?」
琳子がからかうように言うと、直哉は肩をすくめる。
「琳子ちゃんも目立っとるやん。その格好、絶対男子注目するで」
「えっ……そうかな? じゃあ藤代くん、私どう?」
いきなり振られた竜星は目を瞬かせ、耳を赤くした。
「……似合ってる、と思う」
その答えに琳子は嬉しそうに笑い、桜花は(あ、やっぱり……)と竜星の気持ちに気づいてしまった。
***
バスの座席に座ると、いつもと違うペアでのやり取りが生まれた。
直哉の隣に座った竜星は、少し緊張した面持ちで口を開く。
「……そのキャップ、どこの?」
「これ?大阪の古着屋で見つけてん」
「へぇ……意外とそういうとこ行くんだ」
「意外てなんや。俺やって流行りばっか追っとるわけちゃうし」
直哉が笑いながら返すと、竜星も小さく笑った。いつも無口な彼にとって、直哉は不思議と話しやすい相手なのかもしれない。
後ろの席では、桜花と琳子が座っていた。琳子は小声で耳打ちしてくる。
「ねえサクラ、高倉って私服もやばくない?さすが超売れっ子アイドルって感じだよね」
「……それは、否定できないかも」
桜花が視線を逸らすと、琳子はニヤニヤ笑った。
***
休憩時間、コンビニに寄った時のこと。
「高倉、飲み物何買うの?」琳子が覗き込む。
「俺はコーヒーかな。琳子ちゃんは?」
「え、甘いカフェオレ!」
「お子ちゃまやなぁ。竜星は?」
突然振られた竜星は少し迷ってから「水」と答えた。
「シンプルやな!健康的でええわ」
直哉が感心したように笑い、琳子が「藤代くんらしい!」と楽しそうに言う。
桜花はその光景を少し離れて見ていた。直哉が琳子や竜星と自然に絡んでいるのが、なんだか新鮮だった。
(……直哉って、誰とでもちゃんと向き合えるんだ)
それが彼の人気の理由であり、桜花が惹かれてしまう理由のひとつでもあった。
***
そしてバスが鎌倉駅に到着した。班別行動が始まると、自然と直哉が先頭を歩き、桜花が横に並ぶ。後ろには琳子と竜星。
「ほな、まずはどこ行く? 大仏? それとも食べ歩き?」
直哉が問いかけると、琳子が即答する。
「食べ歩き!」
「ちょっと待て、松本。普通は観光名所からだろ」
竜星が珍しく反論すると、琳子は笑って「じゃあ藤代くんの意見も聞こっか」と柔らかく言った。その笑顔に竜星は不意に目を逸らす。
そんな二人を後ろ目に、桜花は直哉の横顔を見上げた。キャップの影から覗く瞳は真剣で、それでも時折自分に向けて柔らかく笑ってくれる。そのたびに胸がぎゅっと熱くなる。
(……私、やっぱり直哉のことが好きなんだ)
校外学習の一日は、始まったばかりだった。




