心の行先
放課後の八重咲学園。チャイムが鳴り終わってしばらく経つと、昇降口には部活へ向かう生徒たちの声が溢れ出す。吹奏楽部の楽器を抱える子、サッカー部のジャージ姿、みんながそれぞれの居場所へと散っていく。
桜花は鞄を肩にかけながら、昇降口の前で待っていた。
「ごめん!待った?」
元気いっぱいに駆け寄ってきたのは、ファッション科の大崎つばさだ。明るいピンクのアウターカラーの髪を高い位置でひとつにまとめ、普通科を示すえんじ色のリボンとは違いファッション科を示す水色のリボンは少しゆるめ。いつも動きやすさ優先で、快活な笑顔を浮かべている。
「ううん、ちょうど今来たとこ」
桜花は微笑んで、靴を履き替える。二人は並んで昇降口を出た。
向かったのは、学園から少し歩いた先にある小さなカフェだった。学生でも入りやすい雰囲気で、ガラス張りの窓から差し込む夕日が、二人を柔らかく包み込む。
カウンターでそれぞれ好きなドリンクを注文し、席に座ると、つばさがさっそく話を切り出した。
「ねえ桜花、この前の話、もっと詳しく聞かせてよ」
「……この前?」
「大阪にいた頃、好きだった子に再会したってやつ!」
桜花は思わずストローをくわえたまま固まった。心臓がどきりと鳴る。
「……覚えてたんだ」
「そりゃ覚えてるよ。だって桜花が“初恋”だったって言ってたんだもん。そりゃ気になるでしょ」
からかうように笑うつばさに、桜花は頬を赤らめた。
「再会できて、どうだった?」
真正面から問われ、桜花は答えに詰まる。けれど、視線を伏せながらもゆっくり言葉を紡いだ。
「……びっくりした。夢みたいで。正直、まだ心が追いついてない」
つばさはストローを回しながら、にやにやと笑った。
「やっぱり気持ち、残ってるんだ?」
「……かもしれない」
曖昧に答える桜花に、つばさはさらに身を乗り出す。
「ねえ、その人ってどんな人なの?」
「……すごく優しい人。小学校の頃から、みんなに気を配ってて……。それに努力家で。私、転校するとき彼に何も言えなかったんだ。だから、ずっと心に悔いが残ってて」
ぽつりぽつりと語るうちに、胸の奥が熱くなっていく。
つばさは真剣に耳を傾けていたが、やがてニヤリと笑った。
「なるほど。桜花がそんなふうに言うってことは、よっぽど大事な人なんだね」
「……そんな大げさじゃないよ」
「いやいや、私には分かる。顔に出てるもん」
桜花は思わず両頬を手で押さえた。
「……もう、つばさってほんとからかうの得意」
「事実を言ってるだけだってば」
二人の笑い声が、カフェの窓ガラスを揺らすように広がった。
少し落ち着いたところで、つばさが自分の夢の話をし始めた。
「そういえばさ、私ね、やっぱり衣装作りたいんだよね。アイドルとかアーティストが着てるようなステージ衣装」
「うん、つばさ前から言ってたよね」
「特に“LUMINOUS”の衣装!あれ、本当にかっこいいじゃん。あの輝きに自分のデザインが加われたらって思うと、ワクワクするんだ」
目を輝かせて語るつばさに、桜花は心の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
「つばさってすごいね。夢がはっきりしてて」
「いやいや。私なんてまだ駆け出しもいいとこだよ。服飾を学べる専門学校だってこれから探さなきゃだし」
「でも、“やりたいこと”があるって、すごいことだと思う」
桜花は言いながら、自分の言葉に少し胸が痛んだ。
──自分には、まだ“やりたいこと”が定まっていない。
ただ毎日を過ごしているだけで、つばさみたいに未来を描くことができていない。
「桜花はさ、将来やりたいことないの?」
つばさに問われ、桜花は曖昧に笑った。
「うーん……正直、まだ分からない。やりたいことを探してる、って感じ」
「そっか。でも、焦らなくていいんじゃない?桜花なら、絶対見つかると思う」
その言葉に、桜花は救われるような気持ちになった。
窓の外では、夕日が街並みにオレンジ色の影を落としていた。
カフェの中で交わす他愛のない会話が、不思議と心をあたたかくしてくれる。
──再会したあの人のこと。
──まだ定まらない自分の夢のこと。
すべてが胸の奥で入り混じりながら、桜花はストローをそっと口に運んだ。
甘いカフェラテの味が、ほんの少しだけ未来を優しく照らすように感じられた。




