怒り
桜花が再び直哉を避けるようになってから、一週間が経った。
教室で隣同士に座っているのに、交わす言葉は「おはよう」と「さようなら」程度。昼休みも席を外し、帰り道もつばさと一緒に帰るふりをして、直哉と二人になることを徹底的に避けていた。
──でも。
直哉は、鈍感でも何でもない。彼女の変化を痛いほど感じていた。
放課後、昇降口で靴を履き替える桜花の前に、直哉が立ちはだかった。
「なあ、桜花」
声が低く、普段の軽さがない。桜花は一瞬びくりと肩を震わせたが、すぐに表情を整えて笑顔で返す。
「……どうしたの?」
「なんでまた避けるん」
真正面から突きつけられた言葉に、胸の奥がざわつく。桜花は視線を逸らし、靴紐を結ぶふりをした。
「何言ってるの。避けてないよ」
「嘘つけ。ずっと距離取っとるやろ。前は普通に話しとったのに」
「……」
直哉の真剣な目を直視できず、桜花はつぐんだ。頭の中で、あの日のMCが何度もリフレインする。"大切な子"、あの言葉が自分を指していることは明らかだった。そして、その一言がきっかけで自分が炎上した。
堪えきれず、口が動いた。
「なんで、あんなこと言ったの」
「え?」
「ライブで……『大切な子が来てる』って」
直哉の表情が一瞬止まる。桜花はその間を逃さず、言葉を重ねた。
「こっちはただ純粋にLUMINOUSを推してるファンなの。あんなこと言われたら、どうなるか分かるでしょ?実際、SNSで名指しで叩かれて……私、すごく怖かったんだから」
声が震えていた。怒りだけじゃなく、悔しさや悲しみが混ざり合って、胸が張り裂けそうだった。
「私は、ちゃんと自分の運に任せてチケット取って、ファンとして行ったの。なのに…まるで“倉田ナオを喰った腹黒女”みたいに周りから思われて……」
「でも俺は桜花のこと──」
「このまま仲良くしてちゃダメなんだよ!」
ついに桜花は顔を上げ、直哉を真正面から睨みつけた。涙がにじんでいたが、声には力がこもっていた。
「アイドルが『大切な子』なんて言ったら、そりゃファンは騒ぐよ。推しに恋人がいるのなんて耐えられないって離れる人だっている。私がどんな気持ちで応援してきたか、分かってないでしょ」
直哉は言葉を失った。
目の前の桜花が、ただの同級生でも、初恋の相手でもなく──何よりも、自分をずっと応援してくれてきた“ファン”そのものとして怒っている。
「桜花、」
「もうやめて。これ以上、私に特別な態度見せないで。私はただのファンだから」
吐き出すように言い残し、桜花は踵を返した。背中は強張り、歩きながら震えていた。それでも振り返らなかった。
直哉はその場に立ち尽くしたまま、靴箱の冷たい光沢をぼんやりと見つめる。
「……もうあかんわ」
大好きな人を喜ばせたくて、守りたくて、その気持ちをほんの少し表に出しただけだったのに。
結果は、彼女を怒らせ、苦しめることになった。
遠ざかる足音を聞きながら、直哉は拳を握りしめた。
──直哉の想いは、またも届かなかった。




