特別な存在
ライブ当日。
会場に足を踏み入れた瞬間から、桜花の胸は高鳴っていた。これまで何度もライブに参戦してきたけれど、今日は格別だ。手元のチケットには「スタンド最前」を示す文字。しかも外周トロッコがすぐ目の前を通る位置だ。コアなファンなら誰もが夢見る神席に、桜花は震えるような興奮を覚えていた。
「やばい……ここからだと、メンバーの表情まで全部見える……!」
開演前から、ステージを照らすライトや流れるBGMに心臓は爆発寸前。周囲のファンたちと同じように、手にはペンライトを握りしめる。開演のアナウンスが流れると、一斉に会場が歓声に包まれた。
暗転。そして――眩い光の中、LUMINOUSの5人が姿を現す。割れんばかりの悲鳴が響く中、桜花も声を張り上げた。
「きゃーーー!!」
曲が始まれば、全身が自然とリズムに乗る。アップテンポのダンスナンバーも、心に沁みるバラードも、すべてが最高に眩しくて、夢の中にいるようだった。
外周にメンバーが移動してきたとき、桜花のボルテージは最高潮に達する。
すぐ目の前に走り抜ける蓮、翔、輝、悠真……そして。
「きゃあああああ!!」
ペンライトを振りながら全力で名前を叫ぶ桜花。落下物の銀テープがふわりと舞い、彼女の手にするすると収まった。思わず顔がほころぶ。
――最高すぎる。ここに来られて、本当によかった。
桜花はただ純粋に「ファン」としての幸せを噛みしめていた。
***
一方その頃、ステージ上の直哉の心臓は別の意味で跳ねていた。照明に照らされた客席を見渡すと、すぐにわかった。そこに桜花がいる。
(……ほんまに来てくれたんや)
その事実だけで、体が熱くなる。
気づけば、自然に桜花の方向へ視線が吸い寄せられていた。
パフォーマンス中、桜花の方角に向けて何度も笑顔を投げる。大サビでは客席に手を伸ばし、ペンライトを振る彼女に向かって特大のハートを作った。
(桜花、見てるか……? 俺は、ここにおるんやぞ)
気づいていないファンは「神対応だ!」と歓声を上げるが、直哉にとってそれはただの「桜花へのファンサ」だった。
MCの時間になっても、胸の高鳴りは収まらない。
ふとマイクを握り、無意識に口が動いた。
「……最近、俺のことずっと応援してくれとる大切な子がおってな。その子が今日も来てくれとるんよ」
会場が一瞬、静まり返る。直哉の言葉に含まれた“特定の誰か”の気配に、観客の空気がざわめいた。
「その子の応援があるから、俺はここに立っとる。……ほんまに、ありがとう」
笑顔で言葉を締めくくる直哉。会場は歓声と拍手に包まれるが、ファンの間に妙なざわつきが走ったのも確かだった。
***
ライブが終わった帰り道。桜花は胸いっぱいに余韻を抱えていた。銀テープを大事そうに鞄にしまいながら、笑顔でつぶやく。
「ほんと最高だった……」
ただただ幸せで、直哉の言葉が自分に向けられたものだとは思いもしなかった。
一方その頃、SNSでは小さな炎上が起きていた。
《ナオ、MCで「大切な子」って……ガチ恋の匂いがする》
《特定のファン?彼女?匂わせ?》
《今日のMC、正直モヤった》
トレンドには「倉田ナオ 大切な子」の文字が浮上する。
ファン同士の憶測や議論が飛び交い、プチ炎上状態となっていた。
しかし当の直哉は、そんなことを気にしていなかった。
ステージの光の中で桜花を見つけられたこと。特大の想いを届けられたこと。それだけで、彼の心は満たされていた。
(桜花……ちゃんと届いたやろか。俺の気持ち)
答えのない問いを胸に抱えながら、直哉は帰路についた。




