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気持ちの空回り

 校外学習が終わって数日後。桜花はすっかり心を整理していた。直哉も、ナオとしてだけじゃなく、高倉直哉として自分を見てほしいとぶつけてくれた。その真剣さに触れたことで、不安や迷いは不思議と軽くなった。

 ──だから、桜花は心の中でつぶやいた。

「うん、安心して"友達"でいればいいんだ」

 その言葉どおり、昼休みの桜花は以前よりも自然に振る舞えるようになっていた。

「直哉、これあげる!」

 食堂から持ってきた新作パンを机にドンッと置く。

「え、なんやこれ」

「昨日テレビで見たやつ!即売り切れするって聞いたから、買っといたんだよ」

 桜花の笑顔に直哉はパンそっちのけで見惚れる。

「……ありがと」

「どういたしまして」

 直哉はぎゅっと締め付けられた。

 ──何か違う。俺が想いを伝える前と、何かが違う。

 

***

 

 放課後、昇降口で靴を履き替える桜花に直哉が声をかける。

「桜花、おすすめのカフェあるんやけど一緒に行かん?」

「うん、行こ!」

 自然に並んで歩く。道中、桜花は学校での話やつばさのことを楽しそうに話す。直哉は相槌を打ちながらも、心の奥では焦りが膨らむ。

(なんでや……俺はもっと特別に思っとるのに、桜花は“友達”で安心しとる)

 幾分かして、直哉はとうとう口に出してみた。

「桜花、今度ライブあるんやけど、おいでよ」

 桜花は一瞬、言葉に迷った。心の中では「チケットは自分で獲るから大丈夫」と思っていたが、口に出したのはただの「いらない」だった。

「……え、あ、うん。いらない」

 直哉の胸に衝撃が走る。心臓がぎゅっと締め付けられ、目の前の桜花の笑顔が遠ざかるように見えた。

「……いらん……?ほんまに?」

「うん、大丈夫」

 直哉は言葉を失い、そのまま歩きながら無言になる。桜花は気にも留めず、楽しげに話を続ける。その様子に、直哉の心の中では混乱と落胆が入り交じった。

 ──これは……拒絶されたのか。


 その放課後。楽屋で直哉はメンバーに打ち明けた。

 「桜花にな、今度ライブがあるんよ、チケットあげるからおいで。って言ったら、『いらない』って言われてもうた。俺、なんか間違ったんかな……」

 全員が「"あの子"の名前、桜花ちゃんって言うんだ…」と合点が行く中、蓮が真剣な表情で腕を組む。

 「普通に興味がないんじゃない。悲しいけど」

 輝が「まあまあ」と言いながらも、より毒づいたことをついてくる。

 「さっきから聞いてる感じ、桜花ちゃん?はナオのこと友達としか思ってないんでしょ?なのに急に『チケットあげるからライブにおいで』はガチキモかも。僕なら全力で断るな」

直哉は肩を落とす。表情がどんどん暗くなる。

(桜花に俺の気持ち、全然伝わっとらんねや……)

実際のところ、桜花の心には強い信念があった。コネを使わず、自分の力でチケットを獲って参戦したい──それがファンとしての義務だと考えていたのだ。しかし、口に出したのは「いらない」の一言だけ。言葉足らずで、直哉に誤解を与えてしまっていたのだった。

 

数日後、桜花からメッセージが届く。

《ねえ聞いて!LUMINOUSのチケット当たったよ!しかもオーラス!私の名義最強すぎる!!楽しみすぎてもう既に寝不足だよ(๑•́︿•̀๑)

直哉はスマホを握りしめ、目を大きく見開いた。合点がいった瞬間だった。

(ああ……そうやった。桜花は俺らの大ファンやってこと忘れてた。つまり、俺のせいやない。あの時の"いらない"は桜花が自分の力でチケット取って行くからいらないってことやったんや)


その夜のレッスン、直哉はいつも以上にエンジン全開だった。メンバーの動きが追いつかないのもお構いなし、ジャンプもターンも全力でこなす。蓮が目を丸くして見ている。

「……おい、直哉、ちょっと落ち着け。エンジン全開にも程があるだろ」

翔も呆れた顔で笑う。

 「さっき聞いたんやけど、桜花ちゃんから『ライブチケット当てたよ!』って来たんやって。やけん今こんならしい」

 「まじで、桜花ちゃんに左右されすぎだろ……」

輝と悠真も苦笑いしながら、直哉の暴走を目で追うしかなかった。


 直哉の心は、ようやく晴れやかになった。桜花が自分の力だけでライブに行くことを選んだ──ちょっと言葉足らずなところもあったがそれだけで十分だった。後は全力でパフォーマンスをするだけだ。

 直哉の胸には、これまでのすれ違いや空回りが、一瞬で霧が晴れるように消えていく感覚があった。桜花の一言が、何よりも自分を前に押し出してくれたのだ。

 レッスン後、メンバーに囲まれた直哉は笑顔を弾ませながら、口を開いた。

「よっしゃ、次のライブ、絶対最高のパフォーマンスしてやんで!」

 蓮はため息混じりに笑い、翔は苦笑しながらも「桜花ちゃんの力ってすげえな」とつぶやいた。

輝も悠真も顔を見合わせ、呆れ半分、感心半分で直哉を見つめる。


──こうして、直哉の空回り劇は、桜花のほんのひと言で一気に加速していった。

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