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【第8話】失われた観測者

詩音の夢に現れた、かつての観測者。

断絶された記録と、新たな記号――

星図が示すものは、過去から未来へと連なる“記憶”の継承だった。

星を観測するという行為が、ただの科学ではない何かへと変わり始める。

兄妹は、失われた観測者の意志と対峙し、新たな扉の前に立たされる。

 その夢は、瑠璃ではない“誰かの視点”から始まった。


 深い霧の中、手帳を開く白衣の人物。

 白く光る紙の上には、詩音が記録した星図と同じ配列が描かれていた。


 けれど、そのページの最後には、こう書かれていた。


 《観測者消失。以降の記録は断絶》


 その文字がにじむと同時に、夢の中で誰かの声がした。


 「おまえが、継ぐのか?」


 目が覚めたとき、俺は汗びっしょりになっていた。

 朝の光の中で、星図の紙がかすかに震えている気がした。


 ――継ぐ? 何を? 誰の?


 胸の奥に、昨日の瑠璃の言葉が蘇る。


 「見えないはずの星が、わたしの中に入ってくる」


 それは、何かを“引き継いでいる”という意味なのかもしれない。

 星図の記録。見えない星座。そして……観測者の役目。


 もしそれが真実なら――

 “前の観測者”がいたということになる。


 そして、そいつはもう……いない。


 消えた観測者が何を見て、何を残したのか。

 俺はそれを、知らなくてはならなかった。


 その日、学校の帰り道。俺は寄り道して、駅近くの古本屋に向かった。


 星図について、何か手がかりになるものはないか――そう思ったからだ。


 埃っぽい店内には、古びた天文学の書籍や、黄ばんだノートが棚いっぱいに並んでいた。

 その中のひとつ、破れかけた箱に入った「未整理観測記録」というラベルに目が留まる。


 中をのぞくと、手書きのメモと一緒に、星の図が乱雑に収められていた。


 「これ……」


 思わず息をのんだ。

 そこに描かれていた一枚の図。それは、俺の記録した星図とほぼ同じ配列だった。


 けれどひとつだけ違っていたのは――図の右下に小さく書かれた署名。


 《K.T》


 見覚えのないイニシャル。だが、どこかで見たような感覚があった。


 店主に頼んでコピーを取り、家に帰るとすぐにノートと照らし合わせた。


 やはり、細部まで一致している。

 違うのは、観測日時の記録欄――そこには“2047年”とあった。


 「未来の……記録?」


 思考が追いつかない。

 だがその瞬間、俺のスマホが震えた。


 メッセージは、非通知の送り主から。


 《観測記録を手にした君へ。会いたい。明日、午後三時。中央公園の旧天文台跡地で待つ。》


 その文を読み終えたとき、手のひらが汗ばみ、胸が高鳴った。


 “消えた観測者”は、本当に存在する。


 そして、俺はその“続きを継ぐ者”として、すでに選ばれているのかもしれない。


 この手紙が導く先に、すべての謎の断片が眠っている気がした。

 俺は覚悟を決めて、スマホをポケットにしまった。


 翌日、俺は約束の時間より少し早く、旧天文台の跡地に着いた。


 今では使われていないその施設は、低い柵に囲まれ、観光客の姿もない。

 ガラス窓はひび割れ、雑草の茂る道を踏みしめながら、俺は中央の広場へと進んだ。


 そこに、ひとりの人物が立っていた。


 黒いロングコートに身を包んだ女性。

 白髪まじりの髪を風になびかせ、静かにこちらを見つめている。


 「……君が、詩音くん?」


 「……はい」


 「やっぱり。瑠璃さんの兄。目の奥に、あの光があるわ」


 どうして妹の名前を?――その疑問が湧いた瞬間、彼女は言った。


 「わたしは、観測者だった。十五年前までね」


 「……だった?」


 「そう。役目を果たせなくなった者は、“記録から消える”のよ」


 彼女はそう言って、手のひらサイズの古びた装置を差し出した。

 表面には、見慣れた星図とそっくりな文様。


 「これが、わたしの最後の記録。君がそれを継ぐなら、真実に触れる覚悟がいる」


 俺は黙って、その装置を受け取った。


 ほんのわずか、手に伝わる熱。

 その中心には、見たことのない星座が光っていた。


 「これは……何のために記録されているんですか?」


 俺の問いに、女性は少しだけ微笑んで答えた。


 「“星図”は地図じゃない。記憶なの。とても古くて、世界を越えた記憶。

 それを見える者の瞳に宿し、記録することで、“失われた場所”への道標が繋がるのよ」


 俺の中で、何かが音を立ててはじけた。


 星図は、ただの空の観測結果ではない。

 それは、“誰か”が、いつか、どこかで見た風景――その記憶を運ぶための媒体。


 「瑠璃は、その“記憶の器”だと?」


 「そう。そして君は、“読み取る者”。対になる存在は、時代ごとに生まれるのよ」


 意味がわからないはずなのに、不思議と納得できた。

 だからこそ、見えない星図が俺たち兄妹にしか見えないのだ。


 「でも、なぜそんなものがこの世界に?」


 「それを知りたいなら、もっと深く潜る必要がある。

 君が本当に“継ぐ者”であるならば、星図の中心にある《鍵の座標》を探すのよ」


 「鍵の……?」


 女性は静かにうなずく。


 「この装置には、最後に観測された“消えた星座”が保存されている。

 星図の上でその座標が重なったとき、次の段階が始まるわ」


 「段階……?」


 「そう。星図は動き始めてる。すでに、君と瑠璃の中でね」


 風が吹いた。

 そのとき彼女の姿が、一瞬だけ揺らめいたように見えた。


 気のせいではない。まるで――この場所に、もう存在していないかのように。


 女性が去ったあとも、しばらく俺はその場に立ち尽くしていた。


 手の中の装置は、まるで心臓のように、時おり小さく鼓動のような震えを伝えてくる。


 この星図の中に、“鍵”がある――


 それが何を意味するのか、俺はまだ知らない。


 けれど、誰かが残した観測の続きを、俺が継がなければならないということだけははっきりしていた。


 帰宅後、瑠璃は静かに俺を迎えた。

 彼女の瞳をのぞくと、そこにはまた違う配列の星々が浮かんでいた。


 「今日、またひとつ、星が動いたよ」


 「……どんな風に?」


 「星が、くるりと回って、重なった。

 そのとき、頭の中に“座標”みたいな数字が浮かんできた」


 俺はすぐにノートを開き、瑠璃の口から出た数字を記録していく。


 「北緯三五度、東経一三九度……日本だ」


 それは、まさに今俺たちがいる、この町の座標だった。


 「星図の中心は……ここだってことか」


 言葉にした瞬間、装置が静かに明滅し始めた。


 まるで反応するように、光が中央に集まっていく。


 画面には、ひとつの新しい記号が浮かび上がった。


 それは、かつて俺が夢で見た、あの手帳の最後にあったマークと同じだった。


 《観測者、継承確認》


 その表示を見たとき、俺の中にある確信が芽生えた。


 もう後戻りはできない。

 俺たちは、星図に選ばれた。


 そして、これから現れる星のすべてが、

 俺たち兄妹の歩む道を照らすものになる――その始まりだった。


 その夜、俺は部屋の明かりを落とし、星図装置を手に月明かりの中へ出た。


 空には雲ひとつなく、無数の星が広がっていた。


 装置の中央に浮かぶ星座が、ほんのわずかに移動する。


 その動きは、まるで何かの道筋を示しているようだった。


 「……動いてる。やっぱり、これは静止した地図じゃないんだ」


 動的な星図。変化する記憶。刻まれていく意志。


 そして俺と瑠璃は、そのすべてに選ばれた観測者と器。


 装置を通して、星図の一部が立体的に浮かび上がる。

 その中には、これまで記録したどの図形よりも複雑な“星の構造”があった。


 「これが……本当の星図の姿?」


 星々は互いに線でつながれ、やがてひとつの巨大な“扉”のような形に変わっていった。


 それは、まだ開かれていない何かの入口。


 俺は気づいた。この記録は、終わりを示すものじゃない。


 むしろ――


 「これから、始まるんだ」


 すべての星が動き出す夜が。

 過去の観測者が消えた理由を知る旅が。


 そして、見えない星座を読み解く物語が。


第8話では、詩音が“観測者の系譜”に名を連ねる瞬間が描かれました。

星図が刻むのは、星の位置ではなく“失われた記憶”――

そして、それを継ぐ者に求められるのは、真実を受け入れる覚悟です。

消えた観測者の存在と、その意志を引き継ぐ詩音。

次回、第9話「星図の意志」では、星図そのものが“語りかけてくる”という現象が起こります。

星は、何を伝えようとしているのか。物語はさらに深層へと向かいます。

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