【第20話】転移座標、確定
兄妹の旅は、ついに“星図の最終座標”へとたどり着きました。
夢で見たあの都市――それは記録者たちの記憶が刻まれた場所であり、
過去から未来へと星図を繋ぐ“観測の殿堂”でした。
今回は、詩音と瑠璃が自らの“役割”と“位置”を知る、物語の大きな節目となる一話です。
扉の中は、まるで“星の海”だった。
白く、青く、瞬く光が波のようにうねりながら、
俺たちを包み込んでくる。
現実と幻のあいだをたゆたう、透明な空間。
「兄さん……時間が、止まってる?」
「いや……違う。動いてるけど、ゆっくりすぎて感じられないんだ」
瑠璃の髪が、ふわりと浮かぶ。重力がほとんど消えた世界。
俺もまた、宙に投げ出されるような感覚で漂っていた。
けれど、不思議と恐怖はなかった。
この空間そのものが、俺たちを“歓迎している”気がした。
――カチリ。
音がした。何かが、内側で噛み合ったような、そんな音。
その瞬間、俺の脳裏に、新たな“星図”が流れ込んできた。
「……座標が、確定した……!」
それは、今までとは桁違いの情報量だった。
無数の星々が連なり、立体的に、重なり合いながら“目的地”を示してくる。
だが、驚くべきはその場所だった。
「この座標……見覚えがある。だけど、地球上には存在しない」
俺が呟くと、瑠璃がすぐに反応した。
「夢で見たよ。兄さんも、覚えてるでしょ? あの“空に沈む都市”……」
思い出した。第14話で見た、夢の中の都市。
重力が反転し、星が海底のように揺れていた、あの光景。
「でも、あれは夢だったはずじゃ……」
「星図は、夢と現実の区別を越えてる。たぶん、“記録”されたものなら、
どんなかたちでも座標として現れるんだよ」
つまり――俺たちの見てきた“異変”は、すべて座標の一部だった。
現実、記憶、夢、幻視。すべてが交差する場所。
それが、星図の最終目的地――“転移座標”というわけだ。
「兄さん。そこに行けば、わかるんだよね。
この星図が何のために存在するのか。
私が、どうしてこんな瞳を持って生まれたのか」
瑠璃の声は、静かだけど、深く揺れていた。
「だから……行こう、瑠璃。どんな場所だって、俺が隣にいる」
そう言うと、光の流れが俺たちの手を包み、加速を始めた。
星の流れが渦を巻き、まるで銀河の中心へ引き込まれるようだった。
加速する光の中、俺はもう一度、妹の顔を見た。
あの頃の小さな瑠璃じゃない。
今ここにいるのは、自分の意思で未来を選ぼうとしている“記録者”だ。
「ありがとう、兄さん。見届けてくれて……」
「お礼を言うのはまだ早い。これからだからな」
その瞬間、視界が一面の白に染まり、全身が浮遊感に包まれた。
そして――俺たちは、星図が示した“転移座標”へと到達した。
目を開けると、そこは“星の下の都市”だった。
夜空が近い。いや、空そのものが、どこまでも深く広がっている。
地面は淡く発光し、足元に描かれた幾何学模様がゆっくりと脈動していた。
「……ここ、夢で見た場所と同じだ」
都市の建物はすべて透明な結晶のようで、空に浮かぶ星々を反射している。
音もない。風もない。ただ星の光だけが、すべてを包んでいる。
瑠璃がそっと前に出て、足元に広がる模様に手を触れた。
すると、光が跳ねるように広がり、そこに“記録”が再生された。
《転移記録:第1277周期/記録者:ルル=シェル/転送先:第4境界面》
「これ……この場所、“誰かの記憶”が残ってる……!」
記録は音ではなく、星の配置として語られていた。
それは遠い過去、あるいは遥か未来の物語かもしれない。
だが、その中に見覚えのある名前があった。
《観測者:シオン=アーク/補佐:ルリ=フェイル》
俺と、瑠璃――。
「どうして、俺たちの名前が……?」
記録の星々は淡くまたたきながら、新たな映像を描き出した。
星図を手にした兄妹が、この地を訪れ、記録を残し、次の時代へ託していく姿。
「これは……前にも、私たちはここに来てた?」
「もしかしたら、何度も。名前も姿も変えながら、星図に導かれて……」
都市の中心に向かう道が、光によって示される。
それはまるで、記憶そのものが“俺たち”を再現しようとしているようだった。
「兄さん、これって輪廻なのかな。
私たちがずっと、記録の器と解読者として生まれ変わってきたってこと?」
「わからない。けど、星図は確かに“選んだ”んだ。俺たちを」
建物の間を進むたび、周囲の空間が波のように揺れていく。
まるで、この場所そのものが“記憶でできた街”であり、
来訪者の存在によって“再生”される仕組みになっているかのようだった。
俺たちは、星図の奥にある“もっとも古い記録”へと近づいていた。
都市の中心には、ひときわ大きな石碑があった。
その表面に浮かび上がる星図――それは、瑠璃の瞳の奥にあるものとまったく同じだった。
「ここが、すべての“はじまり”……」
瑠璃がそっと手をかざすと、碑の周囲に光が立ち上り、
まるで星が音を奏でるように、低く響く振動が広がった。
《記録者確認/器、同調完了》
《観測者、識別――シオン=系統、承認》
碑の内部から、さらに深い階層の情報が解放される。
「やっぱり……俺たち、ここに来る運命だったんだ」
「兄さん……ありがとう。わたし、ようやく“本当の星図”に会えた」
その瞬間、都市全体が光に包まれ、
新たな扉が、ゆっくりと、静かに開かれていった。
扉の奥に広がっていたのは、“記録の殿堂”だった。
星の光を閉じ込めたような水晶の柱が何百本も並び、
一つひとつに過去の星図が刻まれていた。
「すごい……全部、記録者たちが残してきた星図……」
瑠璃の声が震えていた。
その目は、まるで自分がその一部であることを理解したかのように、静かに光っていた。
奥へ進むと、中央にひとつの“空席”があった。
円形の台座。周囲にだけ記録が存在せず、ぽっかりと空白になっている。
「……ここが、俺たちの座標なんだ」
俺たちが記録し、辿ってきたこの旅が、
まだ誰にも記録されていない“最後の空白”を埋めるためのものだったのだ。
「瑠璃、星図を」
妹はうなずき、ゆっくりと目を閉じた。
すると、台座の中心にあった透明な球体が、ふっと光を放った。
中に、瑠璃の瞳と同じ“星図”が浮かび上がる。
「記録を開始します」
聞こえた声は、誰のものでもなかった。
空間そのものが語りかけてくるような、静かで穏やかな響きだった。
光の粒子が瑠璃から流れ出し、台座の上に記録されていく。
兄妹で旅した景色、観測した星々、出会った幻影や、夢の記憶すらも――。
それは、俺たちだけの記録ではない。
この“星図”に連なってきた、すべての観測者たちの歩みをつなぐ記録だった。
「ありがとう、詩音。ここまで連れてきてくれて」
「俺も……ありがとう。ずっと隣にいてくれて」
記録は、静かに完成していく。
空白だった台座に、星々が浮かび、やがて一つの“星座”となって輝いた。
「これで、終わり……じゃないよね?」
「うん。ここから、次の記録が始まる」
そのとき、殿堂の最奥で光がまたひとつ点滅した。
新たな台座が、静かに浮かび上がる。
その上には、まだ見ぬ“次の記録者”の名前が――うっすらと、けれど確かに刻まれていた。
「この星図、また誰かに受け継がれるんだね」
「きっと、そうなる。記録は止まらない。誰かが見て、誰かが残す。
それが、この世界の“観測”という意味なんだ」
瑠璃はうなずいたあと、名残惜しそうに星図を見つめる。
「でも私は、兄さんと歩いたこの旅を、一番に記録しておきたいな」
その言葉に、胸の奥があたたかくなった。
俺たちが過ごした日々、ひとつひとつが――
こうして、光の中で輝いている。
静かに殿堂の光が収まり、最後の記録が星図に刻まれた。
そして、扉が再び現れた。
そこは、次なる世界への入口だった。
第2部《星の地図を巡る旅》、これにて完結です。
兄と妹の歩んできた軌跡は、いま“記録”として星図に刻まれ、
新たな座標が示され始めました。
第3部《空に還る記憶》では、いよいよ星図の正体と、
この世界の向こうにある“記憶の空”へと物語が踏み出していきます。
これからもどうぞ、お付き合いください。




