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【第2話】動き出す光

妹の瞳の奥に、動き出す星がある。

それはまるで、どこかの空で誰かが発したメッセージのように。

第2話では、星図が“動き始めた”ことに気づいた詩音と、静かに変化する瑠璃の様子が描かれます。

兄妹の絆と、見えない力に導かれるような感覚の始まりを、どうぞお楽しみください。

星図が“動いた”と確信したのは、九月の初めだった。


 それまで、妹の瞳に浮かぶ星々はゆっくりと形を変えながらも、どこか静かで、まるで眠っているように感じられた。けれどその日の朝、瑠璃が目を覚ました瞬間、俺ははっきりとそれを見た。


 ――星の一つが、点滅していたのだ。


「今、光ったよな……?」


 俺の問いかけに、瑠璃は首をかしげながらも「うん」と頷いた。


「なんとなくわかった。目を閉じてても、“そこ”が動いてるのがわかるの」


 その感覚を、彼女は「まぶたの裏に映る地図が震える感じ」と表現した。まるで、星たちが何かを訴えかけてくるような、そんな揺らぎ。


 俺はその日のうちに、点滅のタイミングや位置を細かく記録することにした。スケッチブックに目の断面図を描き、星の配置を転写し、何度も書き直しては形を整えていく。


 すると、ある法則に気づいた。


 点滅する星は、一日ごとに少しずつ移動していたのだ。しかも、その移動の軌跡が、かつて記録した星図の線とほぼ一致している。


「これは……ただの模様じゃない。ルートだ」


 その言葉が口から漏れたとき、俺の中で確信がひとつ形になった。星たちは、ある地点へ向かって“進んでいる”。それは座標でも、ただの幻想でもない、“目的”を持った運動だ。


 同時に、瑠璃の様子にも変化が現れ始めた。


 眠っていた時間が長くなる。目覚ましをかけても起きられない朝が続き、食事の量も少しずつ減ってきた。


「だいじょうぶ。体が重いだけ。熱はないし、痛いところもないよ」


 そう言う瑠璃の顔色は悪くなかった。けれど、目の奥の星図は、ますます鮮明になっていた。むしろ、彼女が“日常”から遠ざかるごとに、星の光は強まっているように見えた。


 俺は気づかないふりをやめた。


 ある晩、寝室の電気を消して、瑠璃の目の中をじっと見つめた。彼女は眠りながら、うっすらと微笑んでいた。


 その瞳の奥に浮かぶ星図は、ゆっくりと回転していた。


 まるで、天球儀のように。


 俺はノートを取り出し、何ページにもわたって観測記録を書き残した。星の動き、間隔、明滅の速度、そして妹の様子との関連性。


 何時間もかけて書き続けていると、ふと、ある事実に気づいた。


 ――星図の中心に、空白の領域がある。


 それは、どの星も近づかない“無の点”。星がすべて、その点のまわりを回っていた。まるで重力の中心のように。


 その夜、俺は夢を見た。


 星図の中に入り込むような夢だった。真っ暗な空間に無数の星が浮かび、その中心に、黒い渦のようなものがあった。


 渦のまわりを、誰かが歩いている。遠くて見えない。でも、確かにそこに“人の形”があった。


 そして、声がした。


 ――観測者へ。


 夢の中の声は、耳で聞く音ではなかった。けれど確かに、“僕に”向けられたものだった。


 目が覚めたとき、手のひらがじんわりと熱を帯びていた。そこには何もない。けれど、何かを“受け取った”ような感覚だけが残っていた。


 朝の光の中、瑠璃は黙って座っていた。窓辺に腰掛け、目を閉じている。


「昨日、何か見た?」


 俺の問いに、彼女は少し考えてから、うなずいた。


「うん。“扉”みたいなものが、開くところを見た」


「扉?」


「光の粒がいっぱい集まって、空に穴が開くの。でも、そこに入っちゃいけない気がした」


 俺はノートを開き、夢に出てきた星の渦と、瑠璃が語った“扉”の形を並べて描いてみた。すると、それはまるで同じ図形の裏表のようだった。


 星図は、僕たちに語りかけている。観測者である俺と、器である瑠璃。その二人にしか届かない、光のメッセージ。


 だとしたら、次に現れるのは――


 そのとき、瑠璃が顔を上げた。


「お兄ちゃん、今夜、空を見ようよ。きっと、“見える”から」


 その一言に、背筋がふるえた。


 星は、動き出していた。ゆっくりと、でも確実に、僕たちを“向こう側”へ導こうとしている。


 扉はまだ閉じている。でもその向こうに何があるのか、俺は知りたいと思った。


 それが、妹の瞳に浮かぶ星図が示す先なら――必ず、たどり着いてみせる。

 翌日の放課後、俺は学校帰りに市立の小さな天文台へ向かった。子どもの頃に何度か訪れたことがあるだけで、記憶の中では古ぼけた建物だった。


 受付で、備え付けの天文相談ノートを見ていたところ、年配の職員が声をかけてきた。


「興味があるのかい?」


「……星図のことで調べたいことがあって」


 俺は持っていたノートをそっと開いて見せた。そこには、瑠璃の瞳に浮かぶ模様を描き写した最新の星図があった。


 年配の男性はしばらくそれを見つめたあと、眉を寄せて小さくつぶやいた。


「こりゃ……面白いな。見たことのない配置だ。これ、本当に空に見えるのか?」


「空じゃないんです。妹の瞳の奥に浮かんでて……」


 俺が言いかけると、男性はそれ以上深くは聞かず、ただ「そうか」と頷いた。


「昔、似たような話を聞いたことがある。星を記録する“器”になった人間がいたってな。夢みたいな話だけど」


 その一言が、俺の胸にずしんと響いた。


 星図はやはり“何か”の記録だ。世界のどこか、あるいはこの世界の外側からやってきた情報。それが妹の中に眠っていて、俺だけがそれを“観測”できる――。


 夜、瑠璃は久しぶりに少しだけ食欲を見せた。食卓で、ふとつぶやく。


「お兄ちゃん、私たち……変になっちゃったのかな」


 その問いに、俺は笑って答えた。


「たぶん、元から普通じゃなかったんだよ。でもそれでいい。誰にもわかんなくても、俺たちだけが見えてるもんがあるなら、それを大事にしようぜ」


 瑠璃はうれしそうに笑った。その笑顔の奥に、また星がひとつ点滅していた。

 その夜、外に出て空を見上げると、雲ひとつない空が広がっていた。星はくっきりと輝き、都会の光をも突き抜けるように瞬いていた。


 俺の視界の中に、瑠璃の瞳に浮かぶ星図が、重なるように浮かぶ。


 もし、あの星たちが俺たちを導いているとしたら。もし、あの光の先に“行くべき場所”があるとしたら。


 俺は、恐れることなく進んでいきたいと思った。


 誰にも信じてもらえなくてもいい。たとえ現実が否定しても、妹の中にある“もうひとつの空”は、確かに本物だ。


 風が吹いた。夜空の星々が、ほんのわずかに揺れたような気がした。


 その揺らぎの中に、微かに音がしたような気がする。


 光の扉は、もうすぐ――。

 明日が来るのが、少しだけ楽しみになった。


 星図は止まらない。妹と俺、ふたりだけが知るこの“動き出した光”を、俺はどこまでも追いかけてみようと思った。

 世界はまだ、何も知らない。けれど、俺たちはもう歩き出している。

 夜空の向こう側にある“真実”へと、ゆっくりと進んでいく。

。 そのとき、風が止まり、空が静かに瞬いた。

ご覧いただき、ありがとうございました。

 今回のエピソードでは、星図が静から動へと転じ、少しずつ“意思”を持ちはじめたような描写が中心となりました。

 次回、第3話「交わらない記憶」では、兄妹の記憶に食い違いが生まれ、それが星図の秘密へとつながっていきます。

 引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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