【第17話】重なる夢の中で
夢の中に広がる星図、そして現れた“観測者の残響”。
第17話では、詩音と瑠璃が夢の中で“他の観測者”と出会い、
さらに現実でも“星図を知る者”と邂逅を果たします。
星図は単なる記録ではなく、意志を持って動きはじめています。
兄妹の関係、そして彼らの役割――「鍵」と「器」が、
物語を次の段階へと導いていく重要な転機です。
眠りの中で、俺はまた“あの空間”にいた。
白い光に満ちた無重力の世界。
視界を埋め尽くすような星図が、音もなく浮かんでいる。
だが今回は、違っていた。
星図の中に、“もう一人の誰か”がいたのだ。
それは、少年のような声をした存在だった。
だが、その目はあまりにも静かで、長い時間を知っているように見えた。
「……君も、見えてしまったんだね」
「誰だ……?」
声に出す前に、言葉が届いた。
それは、テレパシーのようでもあり、夢の中の直感のようでもある。
相手の言葉が、頭に直接流れ込んでくる。
「僕は“観測者の残響”。記録と記憶の中にだけ存在している」
「残響……?」
「本来、観測者は一代限り。だが、ごくまれに“記録が断たれず”に、
記憶だけがここに残り続けることがある。君もいずれ、そうなるかもしれない」
その言葉に、背筋がひやりとした。
「君はまだ現実に戻れる。でも、気をつけたほうがいい。
“星図を読みすぎる”と、境界が曖昧になる」
俺は、何かを知っているこの“残響”の存在に、思わず問いかけていた。
「星図って……何なんだ? どうして俺たちに継がれた?」
少年の姿をした残響は、少しだけ表情を曇らせた。
「星図は“観測できないもの”を記録するための装置なんだ。
この世界じゃない場所、この時代じゃない未来、
あるいは……存在しないはずの意志をね」
「存在しないはずの……意志?」
「君の妹、瑠璃には、すでにその“意志”が宿っている。
彼女の瞳は、ただの記録媒体じゃない。意思を継ぐ“器”なんだ」
俺は息をのんだ。
瑠璃が時折、別人のように話すときがあった。
あれは彼女自身じゃなかったのかもしれない――
「でも、どうして俺が……」
「君は、“鍵”だ。記録を読み解き、未来へ渡す者」
残響の少年は、空に浮かぶ星図を指さした。
「見えるかい? あの線が交差する点」
指さされた先には、無数の星が描く軌道の中で、ただ一つ、
不自然な空白のような“穴”が浮かんでいた。
「そこが、“観測できない座標”だ。存在しないはずの場所。
でも、君たちが見ることで、初めてそこが生まれる」
「どういう意味だよ……?」
「簡単だよ。記録とは、存在させるということ。
だから君たちは、ただの観測者じゃない。“創造者”でもある」
その瞬間、星図の中心が脈打つように光を放ち、
視界が白く染まっていった。
目を開けると、ベッドの上だった。
まだ夜明け前の薄暗さが部屋に満ちている。
でも、夢の中で聞いた声と、光の残像は、はっきりと覚えていた。
(俺は……“鍵”)
そして妹・瑠璃は“器”。
これは、もうただの不思議な現象じゃない。
俺たち兄妹は、星図に選ばれた――その意味を、確かに感じていた。
朝になっても、夢の感覚は残っていた。
学校に向かう途中の道で、俺は何度も立ち止まりそうになった。
頭の中では“観測者の残響”の言葉が繰り返されていた。
(俺が鍵で、瑠璃が器……)
星図は、俺たち兄妹に“役割”を与えている。
それはただの偶然ではなく、何かしらの意図がある。
「兄さん、元気ないね。眠れなかった?」
瑠璃が横に並び、心配そうにのぞき込んでくる。
俺は、少し躊躇いながらも、夢で見たことを話した。
彼女は驚いた顔をしたあと、しばらく黙っていた。
「……私も、見たかもしれない。星図の中に“誰か”がいた気がするの」
「そいつ、少年の姿してなかった?」
「うん。声が優しかった。でも……なんだか、すごく悲しそうだった」
おそらく、瑠璃も“残響”と出会っていたのだ。
「兄さん。もしかしてこの夢って、ただの夢じゃなくて……」
「星図そのものの記憶か、もしくは……星図に宿る何かが、見せてるんだと思う」
そう話していると、駅の改札の先に、見慣れない制服を着た少女が立っていた。
黒髪で小柄なその少女は、俺たちが近づくと一歩前に出た。
「詩音くんと、瑠璃ちゃんだよね?」
「……誰?」
驚いて立ち止まると、少女はかすかに微笑んだ。
「私も、星図を見たことがある。……というか、“見せられた”の。
夢の中で、誰かがこう言ったの。『次の観測者に会いなさい』って」
「……観測者……?」
彼女はうなずくと、胸元から小さなペンダントを取り出した。
その中には、俺たちが瑠璃の瞳に見たものと似た、
微細な星の配列が刻まれていた。
「私は《渡し手》って呼ばれていた。……正直、意味はわからない。
でもあなたたちと同じ“なにか”を見ているって、確信があるの」
通学路のざわめきの中で、時間が止まったような錯覚に陥った。
こんな偶然、あるはずがない。
それでも、目の前の少女の声は嘘じゃないと思えた。
「あなたたちが、“この星図の続きを見られるかどうか”――それが、試されてる」
少女の言葉に、胸がざわついた。
「試されてるって……俺たち、何を?」
「“星図の核心”に触れる覚悟があるかどうか。
そしてそのとき、自分を見失わない強さがあるかって」
彼女の目はまっすぐだった。どこか、瑠璃と似た光を宿していた。
「今夜、ここから北の丘に来て。星図が動くとき、きっと“扉”が見える」
そう言い残すと、少女は人混みに紛れて歩き去っていった。
俺と瑠璃は、その背中を言葉もなく見送った。
「兄さん……なんか、すごいことが始まってる気がするね」
「もう始まってるよ、きっと」
胸の奥で、星図がまた、わずかに光った気がした。
夜、指定された“北の丘”へと向かうと、風が強く吹いていた。
街の灯りが遠くに瞬き、空は雲の切れ間から星が覗いている。
俺と瑠璃は言葉もなく並んで歩いた。
ふと、丘の上に人影が見えた。
朝の少女――彼女は、星空を背にして立っていた。
「来てくれて、ありがとう」
そう言って、彼女は手に持っていた何かを俺に差し出した。
それは、小さな金属の輪と、ガラスのような透明な欠片だった。
「これは、星図の“断片”。あなたたちの星図と、共鳴するはず」
俺が受け取ると、不意に瑠璃の瞳が淡く光を放った。
そして、空に浮かぶ星が、一つ――また一つと、配置を変えていく。
「動いてる……星図が……!」
まるで“次の扉”が、開き始めたかのようだった。
「ねえ、兄さん。見えるよ、ここ……星図にあった座標と一致してる」
瑠璃が指さす先、草原の中央に、淡い光の円が浮かんでいた。
空間が揺らぎ、まるで水面のように歪んでいる。
「これが……“観測不能な場所”?」
朝の少女はゆっくりとうなずいた。
「ここから先は、“記録されていない世界”よ。
誰の記憶にも存在しない、でも確かにそこにある世界」
俺たちは一歩踏み出すことをためらった。
でも、そのとき――
「兄さん、手を」
瑠璃がそっと手を差し出してきた。
その手を取ると、不思議な安心感が広がった。
「私、たとえどんな場所でも、兄さんとなら行ける気がするの」
その言葉に、胸が熱くなった。
「……ああ。俺も、そう思う」
ふたりで歩み出すと、光の円が静かに広がり、まるで“門”のように形を変え始めた。
その向こうには、夜空と似て非なる星の輝き――“別の空”が広がっていた。
「この先には、他にも“観測者”がいるかもしれない。あるいは……」
「観測される側が、待っているのかもしれない」
そんな声が、風に乗って聞こえたような気がした。
俺と瑠璃は、一歩ずつ光の門をくぐる。
瞬間、世界が反転するような感覚に包まれた。
重力が消え、音もない、純粋な光の中を通り抜けていく。
そして――
目の前に現れたのは、見たことのない空。
星が地上に浮かび、建物が宙に浮いているような奇妙な風景。
夢で見たものとも違う、現実とも思えない、“第三の世界”。
「ここは……どこ?」
「たぶん、星図が見せたかった場所」
俺たちは、たしかに扉を越えた。
それは始まりでもあり、終わりのはじまりでもあった。
星図の意志が、次の観測を求めているのだ。
この異界の星空の下、兄妹の旅が、新たに始まろうとしていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第17話では、星図の“夢”と“覚醒”が交差し、
詩音たちは観測者としての自覚を深めていきました。
この回を境に、物語は明確に“現実の外側”へと足を踏み出します。
新たに登場した少女は何者なのか。
星図の意志とは何を望んでいるのか――
次回、第18話「観測不能な場所」では、
兄妹がついに“この世界では存在しないはずの場所”を訪れます。
世界の枠が揺らぎはじめる回。ぜひお楽しみに。




