【第16話】星図の継承者
星図はただの地図ではない。
それは、選ばれた者にだけ継がれる“記録”であり、“意志”そのものだった。
第16話では、兄・詩音が星図の核を受け継ぎ、
妹・瑠璃とともに新たな段階――“観測者”としての役割へ足を踏み入れます。
これまで断片的だった星図が動きはじめ、
彼らの周囲に“この世界ではない何か”が本格的に現れ始める回です。
次の日、学校へ行く足取りはどこか重たかった。
昨日の出来事が、ただの夢ではないと確信してしまったからだ。
あの“裂けた記憶の空”も、“託されたメッセージ”も、今も鮮明に覚えている。
「観測者へ――記録を、託します」
あの言葉が、今も頭の中で繰り返されていた。
電車に揺られながら、俺はスマホを取り出して、ふと気まぐれにカメラを起動した。
なぜだか、何か“写る”気がした。
カメラ越しの空――その一角に、一瞬だけ光る星が浮かんだ。
地上から見えるはずのない、昼の星だった。
「やっぱり……まだ、続いてるんだな」
そう呟いたとき、スマホの画面に“ある模様”が浮かび上がった。
見覚えのある、星図の断片。しかもそれは、動いていた。
点と点が結び直され、形を変えていく。
まるで、“誰かが今、星図を編み直している”ように。
その瞬間、視界が白く染まった。
電車の揺れが遠のいていく。
意識は白い光の中に引き込まれ、俺はまた、現実と異なる空間にいた。
そこは、天井も壁もない真っ白な空間だった。
ただ、宙に浮かぶ星々の断片――黒い線と光の点が、俺の周囲を静かに漂っていた。
その中心に、ひとりの人影が立っていた。
背中に長いローブを羽織り、手には古びた観測器のようなものを持っている。
「……君が、次の観測者か」
その声は、性別も年齢も判別できない、けれど深く澄んだ響きだった。
「星図は、選ぶ。意志を持ち、記憶を継ぐ者を」
俺は言葉も出せないまま、ただその人影を見つめていた。
「記録とは、ただ書き残すものではない。“誰に託すか”で、その意味が決まるのだ」
そして彼は、ゆっくりと手を差し伸べた。
その手の中にあったのは、小さな球体――それは、俺の見た星図の核だった。
「受け取りなさい。これは、君と君の妹に継がれたもの」
「なぜ俺たちなんだ……?」
ようやく絞り出した問いに、彼は小さく微笑んだように見えた。
「それは、君たちが“観測できる者”だからだ」
「見える」ということの意味。
誰も気づけない星図を、妹は“瞳”に、俺は“意識の中”に見た。
それは偶然じゃなく、星図の側が、俺たちを選んだ――。
「観測者には、役目がある。記録を継ぎ、未来へ手渡すことだ」
彼がそう言うと、星図の球体が淡く光り、俺の胸の中へとすっと吸い込まれていった。
その瞬間、また視界が白くなった。
気づけば電車は、駅に着くところだった。
周囲の乗客のざわめきが戻ってきて、俺は静かに立ち上がる。
(俺は……継承された)
胸の奥に、確かにあの星図の核が存在している感覚があった。
そして――これから先、きっと試されることがあるという予感も。
俺と瑠璃の旅は、今ようやく始まったのかもしれない。
学校に着いたはずなのに、授業の内容がまるで頭に入らなかった。
ノートに何かを書いているふりをしながら、
俺はさっき体験したことを頭の中で何度もなぞっていた。
観測者として星図の核を“継承した”という感覚。
それはただの夢や幻ではなく、胸の奥に確かに残っている。
放課後、いつものように帰ろうとしたとき、瑠璃が昇降口で待っていた。
「……やっぱり、何かあったでしょ」
彼女は、俺の顔を見ただけで気づいたらしい。
誰にも言えないと思っていたことを、言葉にせざるを得なくなった。
「星図を……受け取った。継承者として」
そう言うと、瑠璃は驚いたように目を見開き、
次の瞬間、何も言わずに手を握ってきた。
その手が、小さく震えていた。
「私も……少し、見えたの。兄さんが消えていくみたいに見えて、怖くなって」
「俺はここにいるよ。……ちゃんと」
そのとき、不意に二人のまわりの空気が変わった。
教室の灯りが消えたわけでも、誰かが来たわけでもない。
ただ、“空間そのもの”がぴんと張り詰めたような静寂に包まれたのだ。
そして、俺たちのまわりに、また“星図”が浮かび上がった。
昇降口のガラス窓に、星の軌跡が淡く投影されていた。
「これ……学校の中にある、星図?」
「いや、これは……“現在地”かもしれない」
星図の中に、赤く瞬く点があった。
それは、明らかに俺たちが立っている位置と一致していた。
「座標が……動いてる」
瑠璃が指差した先では、星図の一部がかすかに揺れていた。
まるで“何か”が近づいてくるように。
「誰かが……観測してる?」
俺がそう呟いた瞬間、ガラスに映った星のひとつが強く輝いた。
そして、そこに“もうひとつの座標”が重なるように現れた。
それは、見たことのない記号と、奇妙な文字で構成されていた。
「……地球の言語じゃない」
俺と瑠璃は、無言でその光景を見つめていた。
まるで、異世界の地図を無理やりこの世界に重ねたような座標。
それは、“この場所には存在しない何か”を指していた。
「兄さん……これって、星図が“次の場所”を示してる?」
「たぶん……でも、そこに行くには“何か”を超えなきゃいけない気がする」
俺たちの背後で、自動ドアがひとりでに開いた。
誰もいないはずの廊下が、どこまでも暗く延びている。
その先に、先ほど星図が示した“赤い点”と同じような光が、ぽつんと灯っていた。
「行く?」
瑠璃の問いに、俺は迷いなくうなずいた。
「継承したからには……進まなきゃ、いけないんだろうな」
ふたりで一歩、闇の中へと足を踏み入れた。
校舎の廊下は、見慣れたはずなのに、どこか別の場所のようだった。
照明は落ち、非常灯の赤い光が点々と足元を照らしている。
俺と瑠璃は、その細い灯りを頼りに歩き続けた。
しばらく進むと、旧校舎へと続く扉が現れた。
普段は鍵がかかっているはずなのに、その日はなぜか開いていた。
ギィ……と音を立てて扉を開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。
その空気はどこか、“星図”の気配に似ていた。
「兄さん、こっちに……何かある」
瑠璃が先に進む。俺はその背中を守るようにしてついていった。
廊下の突き当たりに、小さな木製のドアがあった。
掲げられたプレートには、読めない古い文字が刻まれていた。
けれど、なぜか意味は伝わってきた。
――記録室。
俺はドアノブに手をかけ、そっと押し開けた。
部屋の中には、古びた本棚と机、そして壁一面に貼られた図表があった。
星図のようでありながら、どれも見たことのない配置だった。
「これ……地球の星じゃないよね」
「うん。あのとき夢で見た、あの空に似てる」
壁に描かれた星の線は、俺たちが知るどんな星座よりも複雑で、精緻だった。
そして中央には、ひときわ大きく描かれた円――
それは、まるで“転移装置”のような印だった。
「兄さん、見て。これ……点が動いてる」
瑠璃が指さすと、図の中の点がほんのわずかに移動しているように見えた。
静止画のはずの図が、まるで“生きて”いるかのように。
「誰かが……今も観測を続けてる?」
俺がそう言うと、突然、部屋の奥の棚から“カタン”と物音がした。
ふたりでそっと近づいてみると、引き出しの中に、ひとつの装置が収められていた。
丸いレンズと無数の歯車、そして光を宿した核のようなもの。
それは、まさしく“星図を記録する機械”だった。
「これが……観測装置?」
瑠璃がそっとその装置に手をかざすと、ふわりと光が浮かび上がった。
機械の上に、立体的な星図が展開された。
それは、今までに見たどの星図よりも広く、深く、そして“未来”を含んでいた。
「これは……次の座標?」
「いや、たぶん……“未来の軌跡”だ」
俺の声は、無意識のうちに確信を持っていた。
星図は過去でも現在でもない、“これから進むべき道”を描いていたのだ。
装置の中心に、文字が浮かび上がる。
《継承記録開始》
その瞬間、部屋全体が震えるような感覚に包まれた。
俺と瑠璃は、その場に立ち尽くしたまま、星図の核が再び形を変えていくのを見ていた。
まるで、星々が俺たちを導いているようだった。
そのとき、確かに思った。
これはもう“現実”と“異界”の話じゃない。
俺たちは、星図そのものの一部になったのだ。
兄妹で“星の記憶”を継ぐ者として。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
第16話では、星図が静かに、しかし確かに“生きている”ことが明らかになりました。
星図を記録する者、継承する者、そして観測し続ける何者か――
物語はいよいよこの世界の境界を揺らし始めています。
次回、第17話「重なる夢の中で」では、詩音と瑠璃が“夢”の中で
さらなる真実と“他の観測者”と出会う予感。
ますます深まる謎に、どうぞご期待ください。




