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【第14話】空に沈む都市

街の片隅にあるはずのない場所に導かれた詩音と瑠璃。

そこで彼らが目にするのは、空に沈んでいく幻の都市。

夢と現実、記憶と記録が交差するなかで、妹の中に眠っていた“何か”が、ゆっくりと目覚めていきます。


この回では、星図の示す先にあった過去の都市と、観測者たちの残した記憶に触れながら、兄妹の関係にも新たな深みが加わっていきます。

 星図が示す新たな座標は、これまでと違い、“具体的な場所”を指していた。

 それは、街の北側にある廃工場の裏手――地図には存在しない、空き地のような空間だった。


 「……こんな場所、前はなかったよな?」


 俺は工場跡の金網を越え、瑠璃の手を引きながら進んでいた。

 雑草に覆われた地面。崩れかけたコンクリート。

 なのに、その中心にだけ、不自然なほど綺麗な“円形の窪み”がある。


 「ここ……見たことある」


 瑠璃が小さくつぶやいた。

 その瞳は星図と同じ光を帯び、窪みの中心をじっと見つめている。


 「夢の中で、何度も見たの。空に、街が沈んでいくの……」


 「街が……空に?」


 矛盾した言葉。けれど、彼女の言葉を聞いた瞬間、俺の中でも何かがざわめいた。


 ――遠い記憶。誰かが語った物語。

 空に沈んだ都市の伝承。それは、かつて“観測者たち”が最後に目撃した景色だったと、星図の記録にあった。


 「ここに……その都市が、あったんだ」


 俺の胸に浮かんだ確信に、星図が淡く輝いて応えた。


 そのときだった。瑠璃の瞳が一瞬、夜空のように深く染まった。


 「開くよ、兄さん。……“あの時”の扉が」


 扉――彼女の言葉が終わる前に、足元の窪みが淡く光り出した。

 古びた石畳のような模様が浮かび、その中心が時計のように回転を始める。


 「う、わ……!」


 光が地面からせり上がり、空間がわずかに歪む。

 俺たちは引き込まれるようにして、視界を歪ませながら、気づけばまったく別の風景の中に立っていた。


 「ここは……」


 目の前に広がっていたのは、空に浮かぶ都市だった。

 石造りの建物が水面のように揺れ、どこまでも続く青空の中に静かに沈んでいる。


 「瑠璃、ここが……君の夢の中の場所?」


 「うん……でも、夢じゃない。私、ここで誰かに呼ばれたことがある」


 静寂のなかで、鐘の音が鳴った。

 それは都市の中心にある塔から響くもので、記憶の底に眠っていた風景を呼び覚ますような音だった。


 空に沈む都市――それは、星図が示した“記憶の座標”だった。

 この場所に刻まれた何かが、今も瑠璃の中で呼び続けている。


 「兄さん……私、この街を“見た”ことがある。

  でも、誰も信じてくれなかった。絵に描いても、ただの空想だって」


 彼女の言葉に、俺はうなずいた。

 信じるとか信じないとか、そんな段階じゃない。

 この目で見ている、この足で立っている。それがすべてだ。


 「もう大丈夫。今は、俺が見てる。

  君と一緒に、この都市の記憶を、探しに行こう」


 瑠璃が微笑み、また鐘が鳴った。

 都市の記憶が、ふたりを静かに迎え入れようとしていた。


 都市の道は、すべて空に向かって沈んでいた。

 正確に言えば、“空の底”に吸い寄せられるように傾いていた。

 俺たちが立つ足元も、確かに地にあるのに、見上げれば建物が下へ落ちていくという奇妙な錯覚を覚える。


 「ここに、誰か住んでたのかな……?」


 瑠璃がぽつりと呟く。

 その声には、懐かしさと寂しさが混ざっていた。


 「夢では、人の影があった気がする。でも顔は見えなかった……」


 都市の建物はどれも古く、けれど風化していない。

 時間だけが停止したように、そこには“誰かがいた痕跡”が残されている。


 空に浮かぶ小さな石橋を渡り、俺たちは街の中心にある塔を目指す。

 鐘の音がした方向だ。


 塔の入り口には、古い文字が刻まれていた。

 それはこの世界の言語ではなかったが、なぜか意味がわかった。


 《ここに、記録者 最後の眠りを得る》

 《記憶は、器に託された。星とともに》


 「記録者……眠り……器って、瑠璃のことか?」


 俺がそう呟いたとき、塔の扉が静かに開いた。


 塔の中は、ひんやりとしていた。

 壁には星図のような模様が刻まれていて、まるで俺たちを歓迎するように淡く光っていた。


 「ここ、知ってる……」


 瑠璃が呟きながら、足を踏み入れる。

 まるで導かれるように、彼女はまっすぐ塔の奥へと進んでいく。


 塔の中央には、石造りの小さな台座があった。

 その上に置かれていたのは、一冊の黒い本――否、正確には“星図の原本”のようなものだった。


 「これが……最初の星図……?」


 俺が近づこうとした瞬間、本がふわりと浮かび、瑠璃の目の前に移動した。

 彼女の瞳がそれに反応し、まばたきひとつの間に、すべてのページが開かれていく。


 「見える……」


 瑠璃の声が震える。


 「全部、知ってる……ここに来た理由も、この都市の終わりも、星図の記録者たちのことも……!」


 彼女の身体から光があふれ出す。

 まるで、“記録”そのものが彼女の中に再生されているかのように。


 「この街は、かつて観測者たちの“終焉の地”だった。

  記録を終えた者たちが、最後にここへ集い、星と一体になったの」


 瑠璃の瞳に、涙が浮かぶ。


 「だから私は、見ていた。夢の中でこの都市が沈むのを……。

  記録が消えないように、誰かの中に残そうとして……」


 言葉が胸に刺さる。

 もしかして、妹の記憶は――この都市そのものと、繋がっている?


 塔の天井がふわりと開き、光が降り注ぐ。

 星図のページが舞い上がり、やがて再び一冊にまとまって、彼女の前に戻ってきた。


 それはもう、ただの記録ではなかった。

 生きた“意志”が、彼女の中に宿ったのだと、俺にはわかった。


 塔を出たとき、空に沈んでいた都市の輪郭が、かすかに揺れていた。

 まるで、長い眠りから目覚めかけているように。


 「この街は、まだ終わっていないんだ……」


 瑠璃の言葉が、空気を震わせる。

 星図は、記録されることによって“存在”を保っている。

 ならばこの都市も、誰かが記憶し、受け継ぐことで、消滅を拒んでいるのかもしれない。


 「兄さん、お願い。……ここに、もう少しだけいて」


 彼女がそう言ったとき、空に沈んでいた建物がひとつ、ゆっくりと浮かび上がった。

 まるで星座が再構成されるように、かつての都市が形を取り戻そうとしている。


 記録とは、ただの保存ではない。

 それは、“誰かに渡す”ための橋――瑠璃の中に残る記憶が、いまこの空に新しい命を吹き込もうとしている。


 その光景を、俺は目を逸らさずに見つめていた。


 「私が……この街の最後の観測者になるのかもしれない」


 瑠璃の声は小さかったが、確かな決意があった。

 それは“見る”だけではない、“残す”という選択。

 記憶と観測――この都市が何のために存在したのか、その意味が少しずつ見えてくる。


 都市の中心にある小さな広場に、かつて使われていたと思われる天球儀が立っていた。

 その球体が回転を始め、ひとつひとつの星が瑠璃の目に吸い込まれていく。


 「これが、最後のページ……」


 星図の最深部。誰も観測しなかった空間。

 その軌道に、瑠璃の記憶が重なっていく。


 俺は隣で、そのすべてを見守った。

 彼女の記憶の一部を、心に刻みながら。


 「兄さん……」


 ふと呼ばれ、振り向くと、瑠璃の瞳に広がっていた都市の風景が、徐々に薄れていくのが見えた。


 「もう、記録は終わったんだって。……この都市は、眠りにつく」


 都市の色が、すうっと空気に溶けていく。

 建物の輪郭はやがて霞に変わり、空に描かれた幻のように消えていく。


 「ありがとう、詩音……」


 瑠璃の声が震えた。

 涙ではなく、祈りのような響きで、都市へと別れを告げる。


 気づけば俺たちは、もとの空き地に戻っていた。

 廃工場の裏手、あの窪みはただの土のくぼみになっていた。


 「……夢、だったのかな」


 思わず口にした言葉に、瑠璃が笑う。


 「ううん、これは“記録”されたこと。消えないよ。星図に、ちゃんと刻まれたから」


 そう言って、彼女はそっと胸のあたりを押さえる。

 その瞳の奥には、確かに――都市の灯が、まだ瞬いていた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

第14話では、妹・瑠璃の中に宿る“星図の記憶”が、本格的に語られ始めました。

そして、星図が単なる地図ではなく、“過去の記録媒体”である可能性も浮かび上がります。


現実ではありえないはずの「空に沈む都市」。

それを“見た”だけでなく、“残す者”として関わっていく瑠璃の変化が、この先の物語にも大きな影響を与えていきます。


次回、第15話「記憶の裂け目」。

忘れていたはずの過去と、消されたはずの記憶が、ふたたび詩音を揺さぶります。

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