【第12話】未知なる座標
星図が“現在の地図”であることが明らかになった前話を経て、いよいよ第12話では「未知なる座標」へのアクセスが始まります。
この物語は、単なる地理的な旅ではなく、記憶と存在の旅。
兄・詩音と妹・瑠璃が星図と“共鳴”していく中で、二人に深く刻まれていた記憶の断片――そして、忘れられた過去と再会していく様子が描かれます。
星図は、地図であると同時に、記録媒体であり、問いかけでもある。
そんな“場所ではない場所”を巡る新しい章の始まりです。
星図の中心に浮かぶ新たな座標――それは、いままでの記録とはまったく違っていた。
「この座標……文字でも図形でもない。ただの“光の鼓動”みたいなもの」
俺たちは装置の表示を見ながら、言いようのない違和感に包まれていた。
そこにあるのは明確な数値や位置情報ではなく、感覚的な“存在の波”だった。
「まるで、“場所”じゃなくて、“状態”を指してるみたいだ」
瑠璃の言葉に俺もうなずいた。
星図が示しているのは、“どこかに行く”ための地図ではなく、“どうあるか”という在り方そのもの。
「この座標、観測できる範囲に存在してない。けど、装置は明らかに“ここに行け”って指してる……」
もはや、地図というよりも、“意志の羅針盤”とでも呼ぶべきものだった。
《進行条件:共鳴率の一致》
《観測者の状態を解析中……現在値72%》
共鳴率――それは、俺たちの“意識”がどれだけ星図とシンクロしているかを示す値のようだった。
「あと28%……なにをすれば上がるんだろう」
「たぶん、これは試されてるんだよ。
私たちが本当にこの“地図”を受け取る覚悟があるかどうかを」
再び、静寂の空間に星図が波紋のように広がり、新たな視界が開いていった。
その時、星図が自律的に変化を始めた。
幾何学的な光の輪がいくつも重なり、音もなく“何か”を表現し始めたのだ。
「これは……映像、いや、記憶?」
映し出されたのは、星々が生まれ、広がり、やがてひとつの世界を形成するまでのイメージだった。
そこには人の姿もあった。目の奥に星を宿した者たち。
彼らは、どこか俺たちに似ていた――特に、瑠璃に。
「この人たち……瑠璃、お前の“記憶”じゃないか?」
「わからない……でも、懐かしい気がする。
名前も知らないはずの場所なのに、泣きそうになるくらい……」
映像はやがて静かに消え、星図が再び鼓動を打つ。
《共鳴率:87%》
たった一度の記憶再生で、数値が大きく跳ね上がった。
この“共鳴”とは、知識ではなく“感情”にこそ反応しているのだ。
「この星図、きっと俺たちに何かを思い出してほしいんだ。
それが鍵になる……この座標にたどり着くための」
装置が最後の光を放つ。
《共鳴率:99%》
そして、次の瞬間――
世界が、“ひっくり返った”。
ひっくり返った、という感覚は比喩ではなかった。
上下左右の区別が消え、光も重力も、すべてが“内側”に折りたたまれていく。
その渦の中、瑠璃と俺の手は自然に重なっていた。
「……兄さん、怖い?」
「いや。むしろ、これが正しい道なんだって、そう思う」
恐怖ではなかった。
目の前にあるのは未知でありながら、どこか懐かしい風景の“入り口”だった。
《共鳴率:100%》
星図がそう告げた瞬間、扉が音もなく開かれた。
俺たちが足を踏み入れた先は、“色のない空間”だった。
いや、正確には、色が無限に存在していて、それが混ざりすぎて“透明”に見えている――そんな空間。
足元も空も壁もないのに、確かにそこには“世界”があった。
「ここが……星図の中心……?」
星図の鼓動はさらに強くなっていた。俺の手首の装置が淡く光り、空間に何かを投影し始める。
「兄さん……見て」
瑠璃が指差した先に現れたのは、ひとつの“塔”だった。
何層にも重なった記憶の断片が、塔の形を取って静かに回転している。
《記録媒体:星図の中核構造》
《アクセス条件:対となる記憶の共鳴》
塔の内部に入ると、空気が明らかに変わった。
言葉にならないざわめきが全身を包み、脳の奥に直接、映像が流れ込んでくる。
それは過去の観測者たちの記憶。
異なる時代、異なる世界、異なる空――
星図を通して“空を見た者たち”のまなざしだった。
「これ……すべての観測者の記録……?」
「たぶん、それが星図の正体なんだ。
星を見上げたすべての人の“想い”をつなぐための、記録の塔」
塔の中枢には、空白の段があった。そこだけ、まだ何も記録されていない。
俺たちは、自然とそこへ足を向けた。
その空白の段に近づいた瞬間、装置がまた淡い音を立てて光を放った。
《新規観測者 仮登録中……》
《記憶共鳴領域 展開準備中》
塔の内部が静かに揺れる。
その震えは恐怖ではなく、まるで“歓迎”されているようなやさしい波動だった。
「兄さん……記憶が……入ってくる……!」
瑠璃の身体から白い光が溢れ出した。彼女の瞳に浮かぶ星図が回転をはじめる。
それは観測ではなく、むしろ“共有”に近かった。
彼女の内にある何かが、塔に手渡されている――そう、感じた。
「これって……私、誰かの記憶を持ってるのかな……?」
「もしかしたら、それが星図を継ぐ“器”としての役割なんだ」
塔の空白の段に、光の文字がゆっくりと刻まれていく。
地球の文字ではない。でも、なぜか意味が伝わってくる。
“光の記録、継承完了”
その瞬間、塔全体が一度だけ鼓動した。
《次の観測座標、確定》
《座標名:記憶の裂け目》
星図が、新たなページを開いた。
そこには、過去と未来の境界線が、細い糸のように揺れていた。
俺たちは、見知らぬ扉の前に立っていた。
それは物理的な扉ではない。記憶と記憶が接する、その境界に浮かぶ“問い”のようなものだった。
「行こう、瑠璃。次の場所に」
「うん……私は、知りたい。私の中にある、この記憶の正体を」
この先には、きっと“瑠璃が誰であるか”という問いの核心がある。
そしてきっと、俺自身が“なぜ選ばれたのか”という答えも。
“記憶の裂け目”――それが、星図が示した次の座標だった。
空間は静かで、しかしどこか不安定だった。まるで、存在そのものが揺らいでいるような。
「この場所……何かがおかしい。時間が、流れてない……?」
そう感じた瞬間、視界の端で、世界が一瞬“反転”した。
気づくと、俺たちは別々の場所に立っていた。
俺は真っ白な空間の中、ただ一人。瑠璃の姿は、どこにも見えなかった。
「瑠璃……! どこだ!」
返事はない。けれど、耳の奥でかすかな声が響く。
《しおん……おぼえてる……?》
それは幼い声、けれど間違いなく瑠璃の声だった。
「覚えてる……? なにを……?」
目の前に、一枚の光の“写真”が浮かんだ。
そこには、幼い俺と瑠璃が並んで写っている。
だけど――その記憶は、俺にはなかった。
「こんなの……知らない。見たことない。でも……懐かしい……?」
星図が震えた。記憶の裂け目とは、まさに“失われた記憶”の場所だったのだ。
俺の手首の装置が作動し、映像の記憶がいくつも流れ込んできた。
見たことのないはずの夏祭り、知らないはずの海辺で笑う瑠璃。
けれど、そのすべてが――“本物の記憶”のように胸に刺さってくる。
「これって……俺たちの記憶じゃないのか?」
星図が、さらに震える。
今度は瑠璃の姿が浮かび上がった――彼女は別の空間で、同じように記憶を見ていた。
「兄さん……どうして……私、この人たちの顔、わかるの?」
瑠璃の周囲に現れた記憶は、古びた街、星の観測装置、そして“別の兄”の姿。
彼女の中に眠るのは、別の世界、別の家族、別の“時間”の記憶だったのだ。
《観測重複:記録番号C-α09》
《該当記録は“前回の観測者”により消去処理済》
《記憶再接続中……》
「前回の観測者……って、まさか……」
装置が言葉を返す。
《識別名:シオン。あなたです》
“俺”はかつて、記録を閉じた存在だった。
そして“瑠璃”は、その記憶を受け継ぐ器として、再び生まれてきた存在。
記憶は終わりを迎えず、何度でも繰り返され、紡がれていく。
俺たちは何度も出会い、記憶を手放し、また引き寄せていたのかもしれない。
この星図はその“輪廻”の記録であり、次へと引き継ぐための鍵だった。
「瑠璃……聞こえるか。お前は、ここにいるか?」
すると、遠くから光が差し込む。
記憶の断片が集まり、再びふたりの姿を重ねる。
「兄さん……」
その声は今度こそ、はっきりと届いた。
裂け目が閉じていく。過去と現在が繋がって、新たなページが開かれる。
《次座標:反転する重力》
俺たちの旅は、まだ終わらない。
「未知なる座標」にたどりついた詩音と瑠璃が出会ったのは、“記憶の裂け目”という名の空白でした。
そこに記されていたのは、自分たちの知らないはずの過去、忘れたはずの記憶、そして……前回の観測者としての“詩音自身”。
過去は消えず、形を変えて繰り返され、記録されていく。
その中で、ふたりが互いの存在を見つけ直していく様子が、今話の核心です。
次回、第13話のタイトルは「反転する重力」。
物理法則すら揺らぎ始める星図の中で、ふたりの旅がさらに加速していきます。




