セラピー室:第40セッション(記憶共有と統合直前)
坂崎(治療者)
「ノア、今日は“統合”と“記憶の共有”について、君の考えを聞かせてほしい。
ユリも、君が守ってきたものを“知りたい”と言ってる。」
ノア(alter/男性)
(低く静かな声)
「俺だけが、覚えてるんだ。
誰にも渡していない。
あの夜のことは……俺の中にしかない。」
ユリ(ホスト)
「ノア……知りたいの。
あなたが、私の代わりにどれだけのものを見て、感じて……背負ってきたか。
私は、それを共に……持って生きたい。」
ノア
「甘いな。
お前はあの時、壊れてただけだ。
叫ぶことすらできずに、沈黙の中に沈んでいった。
俺は……その“沈黙の中の叫び”を、記録するために生まれたんだ。」
坂崎
「ノア、君にとって“記憶”とは、生存の証であり、抵抗の記録だったんだね。」
ノアのアイデンティティの核心:痛み=自我
ノア
「そうだ。
あれを“誰かと共有”する?
そんなことをしたら、それは“俺の痛み”じゃなくなる。
“みんなで持つ記憶”になるだろ。
そんなの、痛みの意味を失う。」
ユリ
「ノア……あなたが記録してくれたから、私は今ここにいる。
だけど、それを“あなた一人のもの”にし続けることは……あなたを孤独にしてしまう。」
ノア
「孤独じゃなきゃ、意味がない。
“俺だけが”感じて、“俺だけが”叫んだ。
だから俺は、“俺”でいられるんだ。」
治療的再構築:記憶の場所としての保証
坂崎
「ノア、“叫び”は共有されることで意味が失われるわけではない。
むしろ、“意味として保存される場所”が必要なんだ。」
ノア
「“保存”……?」
坂崎
「そう。
君が守ってきた記憶を、**“語られないまま、消えずに存在し続ける場所”**として残すことができる。
この人の中に、“ノアの部屋”を作るんだ。」
ユリ
「“あなた”という名前で、その部屋は残る。
誰にも触れられなくていい。
でも、私の中に“ある”って、そう思えるようにしたい。」
ノア
(長い沈黙の後)
「……“俺の声”が消えなければ、それでもいい。」