セラピー室:第28セッション(記憶共有フェーズ)
坂崎(治療者)
「今日ここに来てくれてありがとう、コウ。君と直接話ができるのは、すごく大切なことなんだ。」
コウ(裏人格)
「俺は“話す”ために出てきたんじゃねえ。
統合?ふざけんな。それってつまり、俺が“いらない”ってことだろ。」
ユリ(表人格)
「ちがう……コウ、私は……あなたに出てきてもらいたい。あなたがいなかったら、私は……たぶん、生きてなかった。」
コウ
「……じゃあ、なんで“統合”なんて話が出てくる?
“ひとつになりましょう”とか、“君の中に取り込まれましょう”とか――。
ふざけてんのか。“俺”を殺して、思い出だけ残すってか?」
坂崎
「それは違うよ。
私たちは、コウが“消える”ことを求めているわけじゃない。
むしろ、コウが守ってきたもの、その記憶と感情、力を、**“この人全体の一部として残す”**ということなんだ。」
コウ
「綺麗事だ。
“感謝してる”って言われて、あとから“吸収”されて、結局俺はいなくなる。
“誰かのため”にやってきたのに、最後は“お前がいなくても大丈夫”って?」
ユリ
「……私はそう思ってない。
コウ、私はあなたの声を聞けてよかった。
あなたが、私の代わりに怒ってくれた。
私が逃げてるとき、あなたが踏みとどまってくれてた。
それが、あなた“だけ”の存在価値だったとは思わない。」
坂崎
「コウ、君が守ってきたものは、ここに“今、在る”んだ。
“いらなかった”んじゃない。“ここにいてくれた”から、こうして語り合える。
統合とは、君が生き延びさせたこの人が、今度は“君の記憶を生きていく”ということなんだ。」
コウ
「……俺の怒りはどうする?
アイツ(加害者)を殴りたい衝動。俺が背負った恐怖。
そんなもん、“この女”には重すぎる。」
ユリ
「それを受け取るって、決めたい。
あなたの怒りを、“私”のものとして……
ただ、忘れたくないの。
あなたが、私のために怒ってくれたってことを。」
坂崎
「それは、“継承”という形でもできるよ。
コウの名を残してもいい。
“あなたの章”をこの人の人生の物語に書いてもいい。
例えば“手紙”として形にしても、“物語”にしても。
あなたは、この人の一部として、これからも一緒に歩いていける。
それは、消えることではない。」
コウ
(沈黙)
「……“名前を残す”って、俺の“死に際”みたいなもんだな。」
坂崎
「いいや。“名前を託す”ことは、“生き延びさせる”ことでもある。」