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 講義の時間が迫り、受講者が入室してくる。


 ルティエの右隣に同期の女性事務員が座った。互いに顔は知っている程度の相手だが、ルティエは彼女に嫌われている。入省当初「コネで王宮医療士になって、気楽で貴族はいいわね」とすれ違い様に言われた事がある。

 彼女は平民の職業学校を首席で卒業し、今年事務局をトップ合格した二十歳の女性だ。


 ルティエが正規に受験したのも知らなかったようである。それでも色付き入省の自覚があるルティエは、謗りを甘んじて受けるしかなかった。


 この事務員の女性のように、特に平民からは悪く言われているだろう。それにしてもなかなか骨のある女性だ。真っ直ぐに侯爵令嬢に嫌味を言うとは。入省後のルティエは当初、なぜか大人しくて気弱だとの評判になっていたから、舐められたのだろうと思う。


 実際のルティエは勝気で負けず嫌いである。コネ就職などと言わせない。だからこそ家にも帰らず勉強に明け暮れていたのだ。おかげで最近は優秀だと言われるようになった。


 女性事務員は着席する時、ルティエと目が合うと会釈をしたので、ルティエもそれに倣った。あからさまな対立はしない。


 そしてレオシュの講義が始まる。


「私は騎士団員としての話しか出来ない。遠征時の野営の現状を知ってほしい。そして今後の兵士の治療向上に繋げてほしいと思う」


 毒蛇や野獣による被害がある野営での危険や、不衛生による病気や怪我の悪化をレオシュは語る。血清や解毒剤、解熱剤の不足は生死に直結する。


 隊を率いて戦争の最前線にいたからこそのレオシュの言葉に、受講者は聞き入る。


 敵兵を陽動して罠に嵌めて挟み撃ちで少数部隊で撃破したとか、戦略に長けた様々な武勇伝を聞く気だった男性職員たちも、ただ国を護る兵士の一員として語るレオシュの話に次第に引き込まれていった。


 そして配られた資料には戦争での被害状況や、害獣討伐、盗賊団討伐時の問題点も明記されていた。


 国の防衛を担う騎士団だ。極秘事項も多々ある中で、これは騎士団としてはかなりの情報提示である。

 レオシュを眺め倒す下心も失せて、ルティエは真剣に資料に目を通す。


 医薬品開発部の重要性がよく分かる。水を浄化する錠剤の開発に力を入れているのはこのためか。こんなに食あたり水あたりの被害が大きいとは思わなかった。傷薬と同じくらい下痢止めも必要とは。


「医療省なくして騎士団は遠征に行けない。これからもよろしく頼む」


 講義終了の時間となり、レオシュが締め、医療士として有意義な時間は終わった。


「とても勉強になりました! あの、よろしければ、このあと食事をご一緒に!」


 最前列、ルティエの隣に陣取っていた事務員が、レオシュに声を掛けた。頬が上気している。やはりか! ルティエはそんな気がしていた。


 平民は色眼鏡で見ないからレオシュの魅力に気がつくのだ。だって、甘さがないだけで、レオシュの顔はとても整っている。講演を聞くに、頭もいい。


 レオシュは二年前に戦争を勝利に導いた功労者の一人なのに文句を言う輩もいた。


『英雄などと言われているが、卑怯な戦法も多かったらしい』

『騎士としての資質に欠けますな』

『公爵家だから持ち上げねばならんのでしょう』


 太った貴族たちが夜会でこんな悪口を言っていたと、家族会の報告書に記載されてあった。“太った”は本当に議事録に書かれており、ボネシャール家の怒りが滲み出ていた。しっかりとその貴族名も羅列されている。


 くだらない。馬鹿じゃないのか。国を護り、部下たちを護る戦略のどこが卑怯だ。彼らが国境で少ない兵糧で戦っていたのも知らないのか。辺境を突破されなかったおかげで太っていられるくせに!


 そのあたりは愚かな貴族より、民間兵として戦争に出た平民たちから話を聞いている市井の方が情報は正確だ。

 

 同期の女性職員がレオシュに憧れるのも納得である。しかし、誘うのが早い。今日面識を持っただけだろうに。


(平民の方は積極的だわ!)


 食事に誘われたレオシュの反応を窺っていたら、「すまない。先約がある」と彼は断った。


(え、そうなの!? 誰とかしら)


 いきなりレオシュがルティエの方を向き、ばっちりと目が合った。


「先程の相談をしよう」と、レオシュに手招きをされる。


(デ、デートの日を決めるって事ー!?)

「はい!!」

 すぐさまルティエはレオシュの横に並んだ。女性事務員の鋭い視線を感じたけれど、そんなもの、無問題!


「すまない、ああいった女性は距離感が近くて苦手なんだ」

 ぽそりとレオシュが謝ってきた。


 多分ヘンリエッタ・ピネフィルと同じ匂いがするのだろう。これはルティエも今後気をつけなくてはならない。一気に距離を詰めると逃げられる。


「私を女除けに利用してくれて構いませんよ」


 階段を降りながらレオシュの顔を覗き込む。ルティエの本心だ。外堀を埋める的な意味ではむしろ願ったりである。

 

 しかしレオシュは不思議そうな顔をしたのち、「ち、違う! そんなつもりではない!」と、慌てて首を横に振る。


「……いや、俺の言い方が悪かった。君を断る言い訳にしたみたいだ。本当に出かける日を決めるつもりだったんだ。手紙を介してだと時間が掛かるから」


「ありがとうございます! 嬉しいです! 私の休日はですね__」




*****


 ピネフィル商会本店に行く当日、レオシュは「剣帯飾りを見に行く」と前もって連絡している。これはルティエが「すぐに見られるように伝えておいてもらえませんか」と頼んだためだ。


 レオシュにとっては侯爵令嬢の買い物の手伝いだ。しかしルティエはデートのつもりなので、普段より化粧もワンピースドレスも気合を入れている。


 二人の待ち合わせは城門より少し離れた場所だ。城門では目立ちすぎると言われ、目立ちたかったルティエも仕方なく妥協する。どうせ城下で多くの人に目撃されるのだ。辻馬車を手配したレオシュはさすが公爵家令息。自然な動作でルティエに手を差し出してエスコートする。受けるルティエも侯爵令嬢らしく澄まし顔だ。


 十一番街のピネフィル商会に着き、レオシュが中に入ると「レオシュ様!」と華やいだ若い女性の声が響いた。


「ああ、お久しぶりです。ヘンリエッタ嬢、お変わりなさそうで何より」


「まあ! 他人行儀ですわ!」


 ヘンリエッタはレオシュしか見えていなかったのだろう。すっとレオシュが横に動いて、やっと背後のルティエに気がついた。

 レオシュが一連の流れで再びルティエに手を差し出したので、ルティエは彼の大きな手のひらに右手をそっと乗せた。


 レオシュにエスコートされて来店したルティエを認め、ヘンリエッタの唇が「え?」と動く。


 わざわざレオシュに店に伺う日を伝えてもらったのは、来店に合わせてヘンリエッタが姿を現すだろうと考えたからだ。滅多に会えないから、この機会を彼女は逃さないに違いないと踏んだ。


 そう、今日はデート兼敵情視察である。


(この人がヘンリエッタ嬢。美しいわ)


 ルティエは彼女を綺麗な娘だと思ったけれど、美貌でルティエに敵う者は少ない。自惚れではなく客観的事実だ。あのイゴル・ボネシャールそっくりの娘なのだから。

 レオシュはヘンリエッタに特に好意を抱いているわけではない。だからレオシュに未練を残して結婚話を断り続けている彼女に、すっぱりと彼を諦めてもらおうと思う。


「初めまして。ルティエ・ボネシャールと申します。本日は()()()()()()()お手数お掛けして申し訳ありません」

 優美な微笑を心がけ、ゆったりと礼をした。


(見よ! この令嬢力を! 幼い頃から叩き込まれている他所行き用の作法よ!)


 高揚したルティエは絶好調。今なら国王の前に出されても負ける気はしない。


 ヘンリエッタは明らかに気圧されている。従業員たちも溜息をついてルティエを見ていた。ついでにレオシュも態度には出さないものの、驚いてルティエを凝視していた。


 医療士の彼女とは纏う空気が変わる。貴族然としており、それでいて清楚である。レオシュは純粋に「美しい」と感じた。見た目だけなら今までもそう思っていた。しかしそれとは違う、“育ちの良さ”が目を奪う。


「これはこれは! ベネチェクト様! お越しいただきありがとうございます!」


 揉手をしそうな勢いで奥から現れたのがヘンリエッタの父、商会会長だろう。


「今日は彼女の付き添いだ。早速剣帯飾りを見せて欲しい」


「そちらのお嬢様が購入されるのですか?」


 娘の想い人がレオシュと知っている会長は、彼が伴った美しい令嬢の登場に面食らっている。


「こちらはボネシャール侯爵令嬢だ。侯爵家の騎士たちに剣帯飾りを贈りたいらしい。早速見せてくれ」


 レオシュの言動には無駄がない。

「……はい、ではこちらへ」

 どういったご関係で?と世間話をする間もなく、会長自ら案内するのだった。



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そろそろ寝ないといけないのに、面白くて止まらない・・・(笑) >見よ! この令嬢力を! 幼い頃から叩き込まれている他所行き用の作法よ! 令嬢力は吹きました。
職業女性なだけでなく、貴族てしても動けるの格好いい……! そして美貌の人なんだから、自分の容姿を正確に心得てるの当たり前すよね。よかった。 何故か創作物だと自分を普通と思い込む美形がたくさんいるけど、…
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