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 ルティエは最近、細分化した薬学を中心に学んでいる。


 外科的なものは、傷口の縫合は未経験だが、抜糸や骨折の石膏固定とかまでは任されている。今はどうやらその段階で合格らしい。


 それよりは毒の種類、症状、解毒剤。要人相手の治療には欠かせない知識が早急に求められる。高貴な方々の周辺は魑魅魍魎が跋扈していて恐ろしい。


 王族は幼い時から、少量の毒を飲んで耐性をつけるなんて話は王宮伝説かと思っていたが、父によれば事実らしい。幼児の時にそれで亡くなれば、王族の資質がなかったと片付けられる。


 医療士からすれば「ふざけるなよ」だが、王家の歴史に口出しも出来ないし、そもそも不敬になるから言わない。

 


 医療省にある会議室では、たまに勉強会が行われる。


 今日はその日で、朝からルティエは機嫌が良い。な、なんと! 本日の講師はベネチェクト副騎士団長なのだ!


 各国の兵士が使用する毒矢の毒の種類とか、毒草摂取時の症状とか、現場での生の話が聞けるのだ。


(嬉しい偶然だわ! 私に追い風が来ている!)


 遠征での野宿の危険や、戦場での怪我の治療法など、医療省新人対象の講義で、これも毎年の騎士団の仕事の一環である。大抵は衛生騎士とかが講師になるのに、今年は大物の話が聞けるとあって、医療士だけでなく事務職員も喜んで参加するようだ。



 レオシュは滅多に用事のない医療省に入り、二階の小会議室に向かう。

 講師など柄ではない。近隣国と終戦して落ち着いた今、戦場での医療状況などを従軍経験者として新人に教えてほしいとの依頼は、今年度の始めには騎士団上層部が受けていた。


 乗り気ではないものの、適当に済ませるつもりのないレオシュは、資料を抱えて小会議室に入った。

 受講者が来る前に早めに登省したはずなのに、ドアを開けると既にルティエが座っていた。しかも講壇真正面にである。レオシュは慌てて腕時計を確認するが間違っていない。


「おはようございます!」


 元気にルティエに挨拶されて「……ああ、おはよう」と言うのが精一杯で、相変わらずの無表情ながら内心は動揺していた。こんな時間前に受講者がいるとは思わなかったからだ。


「何か準備がいるならお手伝いします」

 彼女の視線はレオシュの抱えた資料に向けられている。


「では、これを机に並べてくれるか。受講生分はある」

 せっかくの厚意だ。素直に受けた。


「はいっ!」

 ルティエの返事は実に気持ちいい。


(まるで助手みたい。んー、秘書っぽいかも? 二人きりだし、早く来てよかったあ!)


 鼻歌交じりの彼女が無人の机の上に資料を並べていく。今回は受講者が二十人程度なので二人掛けの机に椅子は一脚となっている。そんな机が三つずつ並べられた真ん中にルティエは私物を置いており、そこを陣取っているのは明らかであった。


(最前列の真正面に座るとは真面目なんだな)


 至近距離で自分を堪能したい下心だとは露ほども思っていないレオシュは、ルティエは向上心溢れる医療士だと感心するのだった。ルティエにとって、とても都合のいい勘違いである。


「レオシュ様、ピネフィル商会とは懇意なのでしょう?」

「ああ、元々が武器商人で、今でも主流に扱うのは戦士向けだ。騎士団とは縁も深い」


 ええ、知っていますとも。そこの二十二歳のヘンリエッタ嬢が十代の頃、地方の買い付けに行く度に、護衛にレオシュを指名していた事を。十代の娘に買い付けを任せるとも思えず、実際は書類の受け渡しだったりサンプルを持ち帰ったりする程度だ。


 旅行気分でレオシュにべったりだったそうだ。くう、羨ましい! でも今は副騎士団長を雇えるはずもなく疎遠になっている。一安心である。


 先日イゴルから“第一回レオシュ・ベネチェクト副騎士団長に関する報告会“なる“議事録”が送られてきた。封筒には〈至急〉の判が押されており、配達人に料金を払って速達にしていた。城内配送専門部署だから緊急書類もあるだろう。個人的に使用するものではない。通常でも夜か翌日には届くのだ。今回は〈至急〉のため、寮ではなくルティエのいる第一診療所に届けられた。本人に手渡すのが鉄則だからだ。


 少し裏に回ってこっそり開封すれば、ルティエ抜きの家族会議の結果報告が出てきた。タイトルを見て、これは人の目に触れさせてはならないと判断し、しっかりと出勤鞄に入れる。何度も鞄の鍵を掛けたか確認した。そうして帰宅後、夜にじっくりと目を通す。


 そして平民女性にはレオシュの人気が高いと知る。従騎士の時から城下町を警邏しているレオシュは都民にも顔が知られていた。あんな騎士に守られたいと憧れる女子多数。すごく分かる。ルティエは偉そうにふんぞり返って、守られてばかりの貴族男性はいくらスマートだろうと魅力は感じない。


 別に偉そうな態度を取らないイゴルの事は侮蔑していない。シモンは貴族学校で剣技を専攻していたので、それなりに腕は立つ。婚約者を自身で護りたいそうだ。やるな、兄。


 まあ家族の評価は置いておいて。


 お金持ちのピネフィル商会なら、ベネチェクト家に縁談の打診も可能だ。身分が問題ならヘンリエッタを有力貴族の養女にしてしまえばいい。

 レオシュは彼女をどう思っているのだろう。


「ヘンリエッタ嬢の護衛を務められていたそうですね」


「……ああ」と、レオシュは渋い顔になった。

「商会にも護衛人は大勢いる。俺は商会の財力誇示要員だった。公爵家の息子を使えるのはさぞ気分が良かっただろうな」


 おや、とルティエは目を見開く。

 ヘンリエッタの好意は通じていないようだ。かなり積極的に迫っていたらしいのだが……。


 悲しい事に、レオシュは自分が女性に好かれるとは思っていない。だから、やたら距離が近い女性だな、程度の感想で終了である。


「今度ピネフィル商会に連れて行ってくれませんか?」


「令嬢が行っても面白い物はないぞ」


「実は……我が家の騎士たちに揃いの剣帯飾りを贈りたいと思いまして」


「剣帯飾りを?」


「はい。いつも家族を護ってくれているので私の給料で何かお礼をと」


「そうか。それは喜ぶだろう」

 仕える令嬢からの剣帯飾り。今後の士気も上がるだろう。レオシュが口角を上げた。


(笑った!? 笑ったわよね! 今!!)


 唇が笑みの形になると、目元が柔らかく細まった。かっこ可愛い!

 心臓を直撃して思わずルティエは胸を押さえた。


「だ、大丈夫か?」

「お、お気になさらず。それより一緒に出かけてくれますか?」


(ああ、そんな話だったな)


「シモン殿に頼めないのか?」


「兄の物も買いたいので内緒にしたいのです」


 それでレオシュは納得するも懸念は消えない。以前二人で城下町にいたのがうわさされて弱った。差し入れに騎士団に訪れたり、訓練の見学に来て、レオシュが彼女の存在に気がつくと可愛らしく手を振ってくれたり、「なになに? やっぱりボネシャール侯爵令嬢と仲がいいんだな!」と目撃したコンラートに揶揄われたりした。


「……二人きりはまずいだろう」

「どうしてですか」

「ほら、またうわさになるぞ……」

「別にいいじゃないですか」

「よくないだろう!」

「そんなに嫌なのですか? 私とうわさになるのが」

「……いや、俺じゃなくて君が……」

「本人がいいと言っています!」

 

 なぜこんなにルティエは頑ななのか。レオシュは困惑する。そして根負けした。


「分かった。休日を合わせよう。あとで連絡する」

「ありがとうございます!」

 ぱあっと眩いばかりの笑顔である。こんな美少女に押し切られる意味が分からない。

 親しい騎士がいないのだろう。騎士として商会で自分が助言をしてあげればいい。


 どうしてもレオシュは、騎士と医療士以上の感情は考えられないのだった。


 

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