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「えー、それでは“レオシュ・ベネチェクト副騎士団長に関する報告会”を行います」
ボネシャール家の一室で、議長を務めるアガータが厳かに言った。
「発言は挙手をしてからお願いします」
アガータが言い終わるか否や「はい」と勢いよく手が挙がる。
「ラウラ、どうぞ」
「先日クランメル伯爵令嬢のお茶会に出席しました」
「うちとは派閥が違っているので、今までお断りし続けていたのでしたね」
アガータがさらりと注釈を入れる。
やんわりとした表現だが、領地が近く伯爵領を通る時に支払う通行税で揉めた過去があり、仲が良いとは言い難い。
子供の代で関係を修復したいのか、定期的に招待状が届いていた。令嬢と同い年のラウラに目をつけたらしい。
「令嬢に幅広い交友関係をひけらかされました。そこで“騎士はかっこいいですね”と騎士団の話に誘導して、自然とベネチェクト家の話に持っていきました。そこで聞いたのですが、レオシュ様の結婚相手が決まらない場合、家臣であるローグ伯爵のご令嬢が候補にと親戚間で話があるそうです」
がたっ!
ラウラ以外の家族が立ち上がる。
「婚約者候補が身内にいたのね! 盲点だったわ!」
議長が素に戻っている。
「いえ、おか……議長、ご令嬢は十歳だそうです」
「ロリコンだったのか! いくら公爵家でもそんな奴にルティエちゃんは渡せない!」
「おと……書記官、落ち着いてください。副騎士団長は知らない話です」
「五年後なら無い話じゃない。双方が納得するかどうかは別問題だが」
シモンが考え込む。
「令嬢は“レオお兄様”と、副騎士団長に懐いているのだそうです。彼に怯えないところが評価されたのでしょう」
ラウラは茶会を思い出す。
『怖い顔で女性に逃げられている方なのでしょう?』
うわさを聞き齧った子爵令嬢が言った。
『ええ、結婚したら暴力を振るわれるかもしれなくて、怖いわよね』
他の子爵令嬢が身震いする。
どこからそんな発想が出るのか。騎士団を侮辱していると気が付かない、頭の悪いこの子爵令嬢とは仲良く出来ないとラウラは確信した。
『ローグ伯爵令嬢は、子供だから懐いているのであって、大人になって結婚するとなれば話は別でしょう』
十四歳の伯爵令嬢が大人びた意見を言う。
『家臣だから生贄にされるのでしょうね』
クランメル伯爵令嬢は、ものすごく失礼だ。
ラウラははらわたが煮えくり返る思いを堪えて、彼女たちの会話を聞いていた。
誰もレオシュ・ベネチェクトと面識がないどころか、見かけた事すらない。想像だけで姉の想い人が貶されて腹が立った。
__笑わないし目つきが悪いけど凛々しいのよ。
__不器用な優しさがいいの。
__私が怯えないようにって気を遣って可愛いわ。
姉の語る副団長は怖い人ではない。父は「ルティエちゃんの身を案じてくれた」と言っていたし、見かけの印象とは違うのだろう。
うわさ話というより、悪人のような言い様をされはじめて我慢できず、近くの葉についていた青虫をそっと掴み、テーブルの真ん中に投げた。身を乗り出して話に夢中な彼女たちは『きゃあ!!』と悲鳴を上げる。一応ラウラも悲鳴こそ上げないが、怖がる素振りは見せておいた。
慌ててやってきた警備の者が即行取り除く。側に控える侍女もラウラの仕業だとは気がつかなかった。まあ、侯爵令嬢が手袋越しとはいえ、虫を摘むなんて考えもしないから当然である。
「ですから、ローグ伯爵令嬢とのお話が本格化する前に、さっさとお姉様が副騎士団長を射止めなければなりません。以上」
ラウラの話がひと段落したのちに、シモンが「はい」と軽く手を挙げた。
「シモン、どうぞ」
「副騎士団長としての資質に問題はありません。作戦会議にも積極的に案を出すそうですし、現場でも冷静な判断をして、部下からの信頼も厚いです」
「東の国境の防衛戦に参加した二年前の功績で、第四部隊隊長から副騎士団長に出世したのですから、それは当然でしょう」
「はい、それでその時に退職させられた、ロワーク・ロックデシン公爵子息がレオシュ殿を恨んでいます」
「彼は傲慢で無能との話でしたが。書記官、貴殿は彼に気に入られてあちこち連れ回されていますが、実際の、人となりはいかがですか?」
急にアガータに話を振られて、驚いたイゴルの肩が少し揺れた。
「王弟の息子でありますから、げ、現王からも彼の要望に沿うようにと頼まれておりまして、あ、あちこちのサロンに呼ばれています。一言で言えば横柄な方です」
騎士団を辞めさせられたロワークは、今は芸術活動と称し、若い女優や女流作家のパトロンとかをやっている。実家が太いから金には困っていない。見目麗しく奏者として有能なイゴルは、場を盛り上げるのに最適な存在だと言って駆り出されるのだ。
「レオシュ・ベネチェクト氏について、彼の口から何か聞き及んでおりますか?」
「ベネチェクト家に嵌められて退団させられたと、今でも愚痴を言っております」
ベネチェクト家が関係しているなどと、そんな事実はない。
ロワークこそ家柄のみのゴリ押しで副騎士団長になったから、レオシュもそうだと信じているのだろう。
だが経歴を見れば違いは一目瞭然。一般剣士にも劣る腕前で任務に出ても、後方で叫ぶだけだったロワーク。指示や檄を飛ばしているのではない。『さっさとしろ!』『ちんたらするな!』『俺を守れ!』と罵声で、ひどい時は酒を飲んで寝ていたらしい。
いくら公爵家とは言え、そんな男に誰も従いたくはない。しかし騎士団長も人事に口は出せない。軍事大臣もロックデシン家の者を簡単に切れずに弱っていた。そんな時、ロワークが遠征先で問題を起こす。酔って侯爵邸で器物を破損をした挙句、夫人に言い寄り、怒り心頭の侯爵から多額の賠償金を請求された軍事省は、団員たちの不満も爆発寸前だったので、ついに彼を切り捨てる事が出来た。賠償金は公爵家が払う事になった。
そして功績のあったレオシュが副騎士団長の座についたのだ。つまり、ロワークは自業自得で、逆恨みも甚だしい。
「分かりました。要注意人物ですね」
「それとレオシュ殿の女性関係ですが」
シモンが話を続ける。
「我が国の貴族女性には敬遠されがちですが、平民には人気です。ルティエが力説していた“守護力満載感”が惹きつけるようです。老舗ピネフィル商会の令嬢が地方仕入れ先視察の際に、レオシュ殿を護衛に何度か指名しております」
「えっ!? 騎士団員って私的に借りられるの!?」
ラウラはびっくりした。しかも副騎士団長である。不在時に有事があればどうするつもりだ。
「騎士は出張扱いだ。レオシュ殿が現立場になってからは許されていない。ピネフィル商会は防具や武器を取り扱っていて騎士団と付き合いが長い。値引きの見返りか護衛料で上層部が認めているのだろう」
シモンは渋い顔である。騎士団の予算が少ないと示されているようなものだ。尤も平民からすれば貴族の騎士のレンタルは、権力者としてのステータスにもなるから金を惜しまないのだろう。
「公爵夫人は少数狩猟民族の出身で、ベネチェクト家は反対しなかったから、もしかしたら結婚相手は、裕福な商家でも問題ないのかもしれません」
アガータは野生美溢れる公爵夫人を思い浮かべた。
「ローグ伯爵令嬢より、そちらの方が要注意かもしれないですね」
ラウラの意見にアガータ議長の顔が険しくなった。
婦人会でのレオシュの評判は上々だ。「娘が怯えなければ縁付けたいのに」なんて意見もあったのだ。
貴族令嬢ばかり気にしてはいられない。敵は民間にも有り。ルティエに現状を知らせなければ。
それからも細かな情報がぽつぽつ出てきて、会議に熱が入った。
やがて、議長が「これにて第一回“レオシュ・ベネチェクト副騎士団長に関する報告会”を閉会します」と宣言する。
いつの間にか“第一回”とつけられたが、場合によってはこれ以降の開催も有り得る。なので一同はそれに関して突っ込みはしなかった。
「書記官、今日中に清書してくださいね」
「任せてアガータ! 立派な議事録に仕上げて明日ルティエちゃんに届けるよ!」
妻に頼まれてイゴルは胸を張った。