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東方の芋の根を粉にして蜂蜜と卵を加えて練った生地を平たく焼き、中に甘く味付けた芋餡を入れて巻いた珍しい菓子を購入したルティエは、レオシュに王城まで送ってもらう。門番が連れ立つ二人に一瞬目を見張ったのち、慌ててレオシュに敬礼をした。
ルティエはご機嫌である。擬似デートを思い切り楽しんだ。カフェではパンケーキをご馳走になり、色々と話も出来た。
「今日は本当にありがとうございました」
「店を気に入ってもらえて良かったよ。ボネシャール嬢」
「ルティエと呼んでいただけませんか。私はレオシュ様とお呼びしたいです」
「未婚同士だ。誤解されやしないか」
互いに恋人も婚約者もいないのはカフェでの会話で知っている。しかし自分と関わると彼女の家族が心配しそうだとレオシュは考えたのだ。
「駄目ですか?」
「……いや」
「今度、騎士団に見学しに行ってもいいですか?」
「……ああ」
*****
「ねえ、ルティエちゃん! ベネチェクト副騎士団長に見送られたのってどういう事!?」
馬車の中でイゴルは娘に問いただす。
待ち合わせ場所に現れた娘が男連れ、しかも相手は格上である。ざっくりとした事情説明の後、「お嬢さんにくれぐれも城下の独り歩きはやめるように言い聞かせてください」と心配までされたのだ。彼からそれ以上の詳細は望めなかった。
しかし娘は「レオシュ様が説明してくれた通りよ。カフェでパンケーキをご馳走になったの。美味しかったし楽しかったあ」と、のほほんとしている。
「レオシュさまああ!? ベネチェクト次期公爵様だよ! 図々しくない!?」
「許可はいただいたわ」
「ルティエちゃーん! 今度公爵閣下にお会いした時に『娘がご子息にご迷惑をお掛けしました』とか言わなきゃならないんだぞお!」
「可愛い娘のためなら頭の一つや二つ下げなさいよ」
「おっかないんだよ公爵閣下は!!」
それは公爵のせいじゃなくて、自分が気弱だからだろう。ルティエは窓の外を見続けて煩いイゴルを無視した。
「お姉様、おかえりなさい!」
家に着くと、出迎えたラウラが抱きついてきた。
「おかえり、ルティエ。全く。連絡しなければ帰宅もしないとはどう言うつもり?」
アガータは呆れている。
「覚える事が多くて休みの日も勉強してるから、帰りそびれて。すみません、母様。はい、これお土産。東方の珍しいお菓子よ」
それとは別に使用人用も買ったので「これ、みんなで食べて」と侍女頭に紙袋を渡した。庶民向けなだけあって手頃な商品もあり、ルティエの持ち金で購入できた。
「……ところで、私の夫が草臥れているのは何故?」
顔色悪く俯いているイゴルに気がついたアガータがルティエに尋ねる。反応はイゴルの方が早かった。
「愛するアガータ! 聞いてくれ!」
「面倒くさそう。端的に述べて」
ぼそりとラウラが「あの夫婦の温度差、どう思う?」と姉に囁く。ルティエは「いつもの事じゃない。あれで円満なんだからいいでしょ」と素っ気ない。
今日はルティエが帰宅したので久し振りに家族揃っての晩餐となる。しばらくしてシモンが帰ってきた。
「ルティエ! おまえレオシュ・ベネチェクト副騎士団長と城下町デートしていたってほんとか!?」
馬車から全速力で走って屋敷に飛び込んだシモンが、ルティエの姿を認めるといきなり詰め寄った。
「いや、シモン君、それは誤解だよ」
と、慌てる父。
「まあ、早くもそんなうわさが?」
妹は落ち着いている。二人のこの差はなんだろうか。シモンは眉をひそめた。
「警邏中の騎士団員たちが、おまえたちが仲良く食堂に入ったのを見かけた。そして王城には手を繋いで帰ってきたとか、報告を受けたぞ!」
シモンは周囲に『妹は世間知らずで心配』と言い回る事で、ルティエの動向が自然に耳に入るように仕向けていた。誰に頼んだわけでもないのに、そんな情報網が計画通りに出来上がっている。人たらしのシモンは割と策士なのだ。
「食堂ではなくてカフェよ。手を繋いでもいないわ。そんな尾鰭が付くなら、足を痛めた振りでもして腕に手を回せば良かった。それならもしかしたらお姫様抱っこで……。いえ、レオシュ様なら馬車を呼びそうね……」
「レオシュさまああ!?」
シモンは父親そっくりの反応をした。
ぶつぶつと思案するルティエの言葉に、家族は察する。
「お姉様、その副騎士団長様を狙っているのね!?」
恋愛話に興味あるお年頃のラウラが目を輝かせて、真っ先に食いついた。
「……レオシュ様、かっこいいの」
ぽっとルティエが頰を赤らめる。
「彼はフリーだし、身分も申し分ないでしょ?」
見た目だけは清楚なのに瞳は貪欲に輝いている。これは“落としたい”発言である。
「……ルティエの好みって、細身で爽やかなタイプじゃなかったか?」
シモンが思い出しているのは、学生時代の元彼だろう。
「兄様! 私は優しくて穏やかそうな男性も外見通りじゃないと学んだのよ。やっぱり誠実な人が一番だわ!」
「そうよね! 自分一人を愛してくれる誠実な人じゃないと嫌よ!」
ラウラも姉に完全同意である。
「堅実だし確かに悪いうわさは聞かないわね。でも見た目が怖いって令嬢に敬遠されているから、見合い話を全て断っているそうよ。どうする?」
アガータは傍らのイゴルに声を掛けたが、彼は娘たちの『誠実な人がいい』発言に被弾してしまって魂が抜けている。
「全く。今のは別に当て擦りじゃないんだから、いちいち傷つかないで。嫌なら生活を改めなさいよ」
妻はバッサリと切り捨てただけだった。
「ルティエ、副騎士団長の好きなものとか嫌いなもの、苦手なものとか調べようか? あと、騎士団での生な評価とか」
シモンは以前と同じく調査部を使うつもりだ。
「いいえ」とルティエは首を横に振る。
「それらはいいわ。それよりベネチェクト家の問題ある係累とか、表面上は隠れている仲が悪い家とか調べてほしいわ。あと、レオシュ様の敵とかいれば知りたい」
家族は悟った。ルティエは彼の嫁になる気満々だ。そして副騎士団長にとって好ましくないものは排除する気だと。
「うーん、ベネチェクト家は騎士の一族だし、正義感の強いイメージね。今の公爵閣下は清濁併せ呑む方だけど。ご子息は生真面目なタイプに見えるわ」
何度か社交界で見かけたレオシュをアガータは思い出す。夜会もいつも一人で参加している。義理で顔出しをしているだけで、すぐに帰るみたいだ。
「寡黙だし思考が分かりにくいですね。これから騎士団の記録をめくって、副騎士団長の申請書とか報告書とか確認してみます。大体の知的水準が分かります」
シモンは母に告げた。
公爵令息に対して随分とひどい言い様だが、大事な妹の一人を託すに値するかどうかの審査は妥協しない。いくら優れた武人でも簡単に騙されたりする脳筋では困る。
「頼むわね、シモン。私も婦人会でさりげなく情報を集めるわ」
「お姉様、お母様とお兄様が頼もしいわ」
「ラウラが婚約者を選んでも、きっとあんな感じよ」
「ええっ!? ラウラちゃんまで結婚するの!?」
戦力外の父が復活した上、すっとぼけている。
「私はこれから貴族学校に通うのよ。まだまだ先に決まってるじゃん」
呆れるラウラに、イゴルは「良かったあ」と胸を撫で下ろす天然ぶりだ。
「姉様、その副騎士団長様についてあとで詳しく教えてちょうだい」
ラウラが“逃がさない“と、ルティエの腕に手を絡めた。
「いいけどラウラも教えてよ。二人に絞った婚約者候補について」
初めての姉妹での恋バナにラウラはわくわくしていた。