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 ルティエは就職二ヶ月後、初めて三日間の纏まった休日を得た。二日間は実家で過ごす事に決め、一日目は街で買い物をしようと、朝から城下町に繰り出していた。夕刻、父の帰宅の馬車の時間に間に合えばいい。


 まずは母と妹への土産は欠かせない。きっと機嫌が悪い。なんせ就職後、一度も帰省していないからだ。

 

 先日、寮母から「ご家族からよ」と手渡されたのは父イゴルからの手紙だった。王宮と続きの建物の医療省で暮らす娘と会う機会のない父が、わざわざ城内の伝達所を利用して送ってきた手紙の内容は、“次の休みの日は家に帰ってほしい”だった。


 だから今日、仕事を終えたイゴルと一緒に帰宅する。

 家族へ菓子を買いたいけれど何にするか迷う。有名店の物は大抵イゴルが頻繁に買って帰るので珍しくない。


(有名店のだし、美味しいし、間違いはないんだけどね)


 せっかくだから知らない店のがいいな、などと考えながら歩いていると、誰かと肩がぶつかった。


「あ、すみません」


 咄嗟に謝ったルティエに、「痛えな!」と相手は自分の腕をさすって彼女を睨んだ。ガラのよくない二人組の細身の方にぶつかったらしい。隣の太った男が「謝っただけで素通りか!?」と大声で凄んでルティエの腕を掴んだ。割と痛い。


(あーあ、絡まれちゃったか……)

「どうしろと言うんです? 慰謝料が欲しいのですか?」

 ルティエは冷静に答える。

 少しも慌てない少女に相手も意外だったらしく、目を見開いた。が、すぐににやにやとする。


「金でもいいけど、俺たちと付き合えば許してやるよ」


 メイン通りから多少離れただけでこんな連中に遭うなんて、ついていない。


「どちらもお断り。離して」

 言うが早いかルティエは腕を掴んでいる男の喉を突き、拘束が緩んだ途端手を振り払うと、大通りの方角に向かって走る。平民の靴は逃げやすくていい。

「お、おい、大丈夫か?」

 細身の男が連れを気遣っている。時間稼ぎは出来た。


 背後の男たちに気を取られ、逃げる前方に人が立ち塞がっているのに気がつくのが遅くなった。幸い直前で衝突を免れた。

 その人物はルティエを避けて横を過ぎる。しかしそのまま立ち去る気配はない。


「ひっ」

 短い悲鳴が聞こえて、ルティエの背後に迫っていた足音が遠退く。


 背後を見ると、先程ぶつかりかけた男性がルティエを庇うように立っており、彼が振り返った。ルティエはその男性の顔を見て驚く。


「……ベネチェクト副騎士団長!」

 レオシュが先程のならず者を追い払ってくれたようだ。無言で睨むだけで事足りたらしい。


「ボネシャール嬢、侯爵令嬢が何故こんなところを一人でうろついている!」


「お菓子屋がないかと探しておりまして」

 なんだか怒られている気がしてルティエは身を縮める。


「そうではない!」

 語気荒く吐き捨てたレオシュは首を横に振り「護衛騎士の一人もいないとはどう言う事かと聞いている!」と、言葉を続けた。ルティエの気のせいではない。怒られている。


「え? 寮住まいの一介の医療士ですし、そんな者いませんよ。今日はたまたま一人なだけで、最近は友人とも街に遊びにきて慣れていますし」

 頑張って言い訳するも、レオシュは厳しい顔を崩さない。


「平民の服を着ていても君の美貌は隠せない。よからぬ輩に連れ去られるぞ! ここはまだ治安がいい方だが、それでも危険なんだ」


(美貌って言われた! もしかして私みたいなの好み!?)


 一瞬浮かれた事を考えたルティエは我が身を恥じた。純粋に心配してくれている相手に対して失礼である。ついしょんぼりしてしまう。


「ああ、すまない。怯えさせる気はないのだ」


(いえ、怯えてませんけど)

 ちらりと上目遣いでレオシュを見上げると、彼は軽く咳払いして顔を背けた。


「まあ、助ける間もなかったな。君が攻撃に出るとは思わなかった」


(ええっ!? もう少し大人しくしていたら助けてもらえたの? 残念! 悲鳴をあげれば良かったわ! 乱暴な女に見られちゃったかも!)


「わ、私と妹は護身術を叩き込まれています。幼い頃から誘拐の危険に晒されていたので! 先程のは逃げる隙を作るため、仕方なくなのです!」


 レオシュは納得し、それから見目良いのも苦労があるのだなと気の毒に思う。先程のは実戦用の逃走のための護身術である。令嬢の嗜みなどではない。


「あの攻撃は良かった。しばらく呼吸が困難だ」


 乱暴者と思われたくなくて必死に言い募るルティエに対し、レオシュは攻撃を誉めた。しかし心中では、それなら年頃だし尚更行動を気をつけるべきだと考えている。たまたま絡まれているのを見て助けようと思ったが、出る幕はなかった。放っておいてもルティエは大通りまで逃げ切れただろう。今回は幸いそれで済んだだけなのだ。


「……目的地はどこだ? 俺は非番だ。送ろう」


「いえいえ! 副騎士団長様の護衛だなんて畏れ多い! 今日はもう大人しく大通りに出ます」


「護衛は言いすぎだ。俺は馴染みの鍛冶屋に行った帰りだから遠慮するな。君を一人きりにする方が、ずっと心配しなくてはならない。探している菓子屋の名前は分かるか?」


「……あの……どこかいい店はないかなーなんて探していただけで……。家族に珍しいものをと思って」


「ああ、新規開拓か。そうだな。大体令嬢はメイン通りの有名店しか行かないだろう。だからと言って、若い娘が一人で裏道に入ってはいけない」


(お父さんかな?)

 説教がイゴルより父親っぽい。

「はい、ごめんなさい」

 謝罪も身内にするみたいになってしまった。馴れ馴れしいと取られただろうか。


「庶民向けのカフェだが美味い店がある。ケーキの持ち帰りも出来る。そこに案内しよう」


 次期公爵様おすすめなら間違いないだろう。


「はいっ、ありがとうございます!」


 元気よく礼を述べて、レオシュの隣に並んだルティエはふと気がつく。


(こ、これって、まるでデートじゃない!?)


 気分が高揚する。この、またとない機会を満喫しないでどうする!


 隣に並ばれたレオシュは困惑した。……護衛なら一歩下がるべきだろうか。そう考えて少し歩く速度を落とせば彼女もそれに倣う。どうやら距離感はこのままでいいらしい。

 うら若き、しかもこんな綺麗な女性と街歩きなど初めてで緊張する。残念な事に見た目は無口な、ただの仏頂面だ。これが令嬢に敬遠される理由の一つだと自覚はあれど、何を話していいか分からない。


「ベネチェクト様は休みの日は何をされているのですか?」


 レオシュの葛藤など知らないルティエは、にこにこと躊躇なく話しかける。


「ん? 大体溜まった所用を済ませるな。領地に帰って帳簿を見たり視察したり。時間が余れば鍛錬しているかな」

 見合いの席で「ご趣味は?」の問いに散々答えてきたのと同じである。これで大抵“朴念仁”と判断される。嘘を並べても仕方ないではないか。


 モテ男のコンラート・ハンセに「そう答えた後にでも、観劇や読書も多少嗜むと加えてもいいんだぜ。流行の劇を一緒に観に行きませんかと誘えばいい」と指南されても、読書はともかく、観劇など全く興味がないので言えない。


「わあ、凄いですね! もう領地経営の勉強されているんですね! うちの兄なんかまだですよ」


 本当にルティエは感心しているらしい。自分の返答に失望されなくてレオシュはほっとする。会話が続けられる。

「シモン殿は多忙な部署にいるから仕方ない。ご母堂もまだお若いし慌てる事はないだろう」


「そうですね。ありがとうございます」


「ああ、ここだ。うっかり通り過ぎるところだった」


 レオシュが足を止める。右に左に曲がった細道に、目当ての店があった。おしゃれなカフェの佇まいではない。


「元は食堂だったのを改装したそうだ。主人は東方の移民らしい」


 中に入ると、一見食堂のような設計配置だが、成程、各テーブルには一輪挿しの花があり、壁にはドライフラワーや異国風の絵画が飾られている。


 昼食の時間は少し過ぎているけれど、職人のような風貌の者が軽食を頼んでいたり、老夫婦らしき二人や女の子だけのテーブルもあったり、結構人がいて客層も幅広い。


 そんな中でも、明らかに武人と気品ある美少女の組み合わせが目を引く。順当に考えれば富裕層のお嬢様を警護する護衛者だ。しかしレオシュの半端ない威圧感と上品さがその想像を打ち砕く。


 向かい合わせに座り、パンケーキを頬張るルティエに、無言でコーヒーを飲むレオシュは恋人同士にも見えない。周囲の客も、人間観察に優れているであろう店の主人も、まさか公爵令息と侯爵令嬢が地元民しか通わないような、こんな所に来るとは夢にも思わなかった。



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