番外編:ラウラの婚約
妹の話。
「お姉様! フランお義姉様、とてもお綺麗だったわねえ!」
本日はシモンとフランチシュカとの婚礼の日だ。
「本っっ当に! あそこまでの美男美女は珍しいわ!」
ルティエも興奮冷めやらぬ妹に同意して、うっとりとした目で二人の婚礼着姿を思い出していた。兄シモンは自分たちと同じ顔だから見た目だけは儚げな美形だ。彼の伴侶になったフランチシュカ・バジャント公爵令嬢は、洗練された華やかな美女である。
「そうよねえ。ウチの両親は美形夫に平凡顔妻だし」
「ちょっと、ラウラ」
否定できないけども! 妹、辛辣すぎ!
「お姉様のとこだって“美女と野獣”って言われてたじゃん。実際はレオシュ様が小型肉食獣に捕獲された大型草食獣なのにね」
……こっちも否定できないけども! 妹、的確すぎ!
「あのロワーク・ロクデナシが夜会で言った言葉が有名になっちゃって! 潰す!!って、ああ、もう兄様が潰してたわ!」
「お姉様、ノリツッコミしないでよ。それと、ロックデシン公爵家だから、お外ではわざとでも間違えないでね」
だって腹が立つのだ。
“野獣”を野生的だって褒め言葉にしてやったつもりなのに。……考えてみれば貴族界では“野生味”自体が好まれていなかったかもしれない。
「でも最近はレオシュ様の表情も柔らかくなったとかで、いい感じだわよ。私も『姉を護る凛々しくて素敵な騎士なの』って、茶会や交流会で言いまくってる甲斐があるってもんよ」
……さすが根っこが計算高いボネシャール家の子供。頼もしい援護射撃である。
ルティエも職場や王宮の食堂で友人たちに『優しくて頼もしくって! あのきりっとした顔も素敵!』と恋バナ時に充分惚気ているので、貴族令嬢方面でもレオシュの評判は変わりつつある。
警護中の射殺しそうな視線と厳つい表情も、若い女性たちに『あれが婚約者と一緒だと柔らかくなるのよねえ』とほのぼのと好意的に見られ、以前のような畏怖の対象ではなくなった。
兄が結婚して姉が増え、そうしてあと一年もせずに結婚して姉が一人減る。実姉が家からいなくなるのはすごく寂しい。ルティエはラウラの言いたい放題やりたい放題に付き合ってくれる優しい姉だ。
次期公爵夫人として嫁ぐから、これから勉強も大変だろう。ストレス解消させるためという名目でラウラが遊びに行っても、きっとレオシュは嫌がらない。ベネチェクト公爵家は結婚後もルティエが医療省で働く事を認めているらしい。高位貴族とは思えない寛容さだ。レオシュ自身も姉がする事にはあまり反対しない気がする。
それにしても、兄姉揃って公爵家の人間と恋愛結婚するなんて、ちょっと出来過ぎじゃないかと思う。
「私の相手って、お姉様たち以上を狙うには王族しかなくない?」
「独身って、王太子殿下の第一王子が四歳だっけ? 傍系だとロックデシン公爵家なんかも入るけど……次期公爵様のところは姫様ばかりよ」
「ロックデシン家とは同い年の息子がいても無理だわ! あのロワークってのが身内になるわけでしょ!? 無理!!」
「でしょうね。自国が駄目でも、適当な王子なら近隣諸国に居るんじゃない?」
「お姉様、妹に適当な王子を勧めるのはどうかと思うわ」
もちろん冗談だが、そもそも他国の王子など知り合う機会もない。仮にラウラが外国に嫁ぐとなれば、あの父親が泣き喚きそうでウザい。
「あーあ、学園に入る前には婚約者、決めておきたいわー」
「どうして急ぐの? 私も兄様もそんなお話はあったけど、結局自由にさせてもらったのに。早く決めない方がよくない?」
「アリア伯母さんが、相手が決まってない状態で入学したら争奪戦で揉めるからって」
アリアは父イゴルの実姉である。
「ラウラ! 違うわ!」
ルティエは、ガッとラウラの両肩を掴み、「違うのよ! 高嶺の花って遠巻きにされるだけなのよ!」と、目を見開いて力説した。
「あ……」
ルティエの苦々しい顔に、ラウラは思い出した。姉はそうして遠巻きにされた結果、近寄ってきたのがロクでもない男だった。アリア伯母さんは弟イゴルを基準にしていたのだ。そう言えば兄シモンにも令嬢が群がっていたらしい。恐らく男と女の違いだろう。
「じゃあやっぱり自衛のために早めに婚約者を作るわ!」
兄の結婚式当日、末娘は新たに宣言するのだった。
そもそもラウラの婚約者選びは、両親が強要したものではない。何故かラウラの年齢前後は女児が多く、ボネシャール家のお嬢様に奪われてはならないと、同年代の少年たちの市場価値が上がった。各家で開かれる交流会をラウラは「あれは集団見合いだった」と語る。
ルティエやシモンの時代の交流会は、そんな殺伐としたものではなく、子供らしく普通に遊びに興じていたのでルティエは驚いたものだ。
ボネシャール家で開かれる時は、ラウラに関して何か動きがあるのではと各家庭で戦々恐々としていたらしいが、母アガータは上の二人の時と同様に『いらっしゃい。楽しんでいってね』くらいだった。
__ラウラ・ボネシャールは誰を選ぶのか。
そんな周囲の無言の圧があり、ラウラは消極的ながら婚約者候補を見繕う。それはどこの令嬢令息も同じである。特に跡継ぎの少年はラウラに積極的だった。でも誰も本命が決まるまで候補が誰かなど、本人にも匂わせない。
「そこは良心的よね。外されたらきっと傷つくもの」
ルティエが言えばラウラは鼻で嗤う。
「“候補”だなんて、王子妃や王婿を選ぶんじゃあるまいし、たかだかそこいらの貴族の分際でおかしいわよねえ」
「いつの間にそんな斜に構えた性格になったの」
「だいたい環境のせい?」
(元々の性格だと思う)
ルティエは口に出さなかったのにラウラに睨まれた。うん、うちの妹は特に機微に聡い。両親に無いこのスキルは、どこから来た遺伝子だろう。
「お姉様、何か言いたい事があれば言ってくださる?」
「いえ、なんでもございません。それで二人の婚約者候補者に優劣はついたの?」
ルティエは話題を変える。気になっているのも事実だ。
「私の中では白紙になったわ。やっぱり将来の伴侶となるには、なんか違ったの」
「侯爵家と伯爵家の長男だったわよね?」
「私も昔は跡継ぎになる子は、しっかりしてるなあって思ってたの。でも優越感やら、他者への不当な見下しやらが見え隠れしてくるとね、なんか嫌じゃない」
それはすごく理解出来る。ボネシャール家は身分の割りに、家族全員それがほとんど無い。ルティエは頷き「レオシュ様も偉そうじゃないわ!」と惚気をぶち込んでくる。
「はあ、どっかにいい出会い、ないかなあ……」
「ねえラウラ、もう同世代は打ち止めなんでしょ? 今更初対面の相手とかに会っちゃう?」
「ないわねえ、なんか男女とも慣れきって、今じゃマウント合戦みたいなとこ、あるから。仲良いグループは個別に茶会開くし、形骸化した交流会はもう疲れるだけかな」
「じゃあ、王立図書館とか、国立植物園とか行ってみるのはどう? ちょっと年上に目を向けてみれば? あっ、なんなら騎士団も案内するわよ!」
(お姉様の縄張りじゃん)
ラウラは肩を竦め「騎士団はやめとくわ。多分私とは合わない」と断る。
「部下に稽古つけてるレオシュ様を見せたいのにぃ! めっちゃかっこいいのにぃ!」
「……そんな事だろうと思ったわ」
騎士団はともかく、王立図書館や研究施設の国立植物園は狙い目かもしれないとラウラは考える。騒がしいお馬鹿さんはいないだろう。
護衛と侍女をつけて、ラウラは初めて王立図書館に赴く。
貴重な専門書や他国から寄贈された希少書籍などもあり、十歳以下の子供の入館は禁止である。だから大人たちは静かに目的の書物を閲覧できる。
取り敢えず興味はある。字の読めない人物には無用の場所で、利用者はそれなりの教養があるはず。
姉が薬学書を借りて帰って勉強していたのは覚えている。
兄が“世界の拷問の種類と歴史”なんてのを借りていた事があるが、『単なる興味だよ』が本心だったかどうか。将来のボネシャール領では、奇抜な刑罰があるかもしれない。
ラウラが図書館に入った途端、鮮やかな金色の巻毛が古めかしい内観の中で異彩を放つ。
視線を浴びる侍女や護衛騎士が誇らしげなのはいつもの事である。ボネシャール侯爵家の美形兄妹に仕えるのは誉れらしい。
(せっかく来たのだから、為になる本を借りたいわね)
何にしよう。__宝石の原石ってカットして磨かないと美しく輝かないと聞いた。ただの石ころ時代の図鑑とかあれば面白い。
司書に聞こうとカウンターを見れば、一人の少年が司書と話し合っていた。
(ん? 揉めているのかしら?)
「ですから、国王が発行する身分証がないと借りられないのです」
「どこで発行するんだ、それは!」
ラウラが近づいて少年を観察すれば、“櫛を通しました”程度の茶髪に、着崩している服はお洒落ではなく、ただの無頓着である。それでもメイドがいれば立っているだけで身なりを整えてくれるので、そこまで裕福な家じゃないのかもしれない。
本を借りるのはついでで、ラウラの第一目的は婚約者探しだ。
一瞬で相手をそこまで判断した彼女は、彼が手にしている本を見る。
“鉱物の種類と特徴“
(まさかお仲間!?)
しかし彼が持っていた他の二冊は、“気候による建築素材の選び方”に、“橋を作る:フェンタゴン王国計算式”である。
(石違いね……)
どう考えても宝石ではない。しかし別に気落ちする事もない。
「建築家を目指していますの?」
少年は横から話しかけてきたラウラにびっくりし、彼女をちらりと見て「あ、ああ」と反射的に答えた。それから、再び司書と向き合う。
「せっかく面白い本を見つけたのに……」
人が好さそうな司書は困ったように少年を見ているだけだ。
「私なら借りられるわね」
ラウラが背後の侍女に視線をやれば、彼女は恭しく薄い金板を司書に差し出す。
「ボ、ボネシャール侯爵家……はい、確認いたしました」
司書はラウラに丁寧に頭を下げる。
「結局、身分制度かよ!」
少年が吐き捨てる。
「ここは国立ではなく、王立なのです。つまり国王が善意で蔵書を解放しているにすぎないのです。国王が認めた家柄になります」
「……もういい」
本を置いて少年は去ろうとした。「待って」とラウラが呼び止める。
「私が借りてあげるわ」
少年は茶色の瞳を見開き、「侯爵家のお優しいお嬢様が憐んで貸してくれるって? 馬鹿にしないでもらいたい」と吐き捨てた。
ラウラはこの程度で殺気立つ護衛騎士を目で制す。全く、血の気が多い。
「違うわ。珍しい本を選ぶ貴方に興味持ったのよ」
「どこの誰かも知らないのに。俺が本を借り逃げしたらどうするんだよ」
「貴方、苛立ってたのに本の扱いは丁寧だったわ。信用できると思ったの」
思わぬ事を言われて少年は「そんな単純な」と呟く。
「それにねえ、借り逃げでもしてみなさいよ。ウチの調査部が必ず探し出して、それなりの責任は取ってもらうから」
「怖えよ!」
侯爵令嬢だと分かっても態度が変わらない、いや、余計に悪化した男に、改めて名乗る。
「ラウラ・ボネシャールよ」
「……グノーシィ・リエタース。新興の男爵家の息子だ」
わざわざ“新興の”と付けたあたり、“あんたは知らないだろうけど”という意図を感じた。
「リエタース男爵家……。お祖父様が隣国の有名な建築家で、招聘されて大聖堂を設計された方よね。こちらのガラス職人のお嬢様と結婚して永住権を取得。その後、お祖父様をこの国に縛るために男爵位を授けられた……」
「そこまで知ってるのか?」
グノーシィは意外そうにラウラの顔を見直す。目を見張るほどの美少女。優しげで愛らしく所作も美しい、いかにも高位貴族だ。そんなお嬢様の興味はドレスや宝石くらいだろうとの偏見は、見事に断ち切られる。
「だって我が国の伝統的な聖堂建築物でありながら、随所に異国の技術を用いているじゃない。優美で解放的な我が国の大聖堂は、貴方のお祖父様によって堅牢さが追加されたのよ。当然知ってるわ」
「……いや、貴族令嬢は建築物に詳しくはねえぞ」
身分の低いグノーシィの砕けた口調に侍女も護衛も不満を抱いている。だが我らがお姫様はそんな些細な事は気にしない。だから静かに見守っているだけだ。
「お姉様! 図書館で出会いがあったわ!」
連続休暇で自宅にいるルティエは興奮気味の妹に詰め寄られ、若干身を引く。貴族令嬢としては、はしたない。しかし自分もテンション上がっている時は似たような感じなので、ラウラを咎めはしない。
「それは婚約者候補?」とルティエは疑問を投げる。
「まあね。どうやら“おもしれえ男”よ」
「あらあら」
「あっちにとっても“おもしれえ女”かもしれないけど」
「その下町の表現……」
ラウラが多少なりとも本性を出したのだろう。見た目に反する言動をしたらそんな印象になるのは分かる。でも相手も“おもしれえ枠”ってどんな男性だろう。あとでラウラに同行した侍女にこっそり聞いてみよう。
図書館にて。カウンターの前をいつまでも陣取るわけにはいかず、ラウラとグノーシィは三冊を手に、奥まったテーブルに移動した。横流しされると分かっていながらも、侯爵家カードを提示されたら断れない司書は黙々と手続きしたのだった。
そこでラウラはグノーシィと会話をしながら彼を探る。
グノーシィ・リエタース男爵家長男、十七歳でラウラの四歳年上だ。彼は国立学園には通っていない。普通の教育は家庭教師を雇い、彼自身は早くから建築組合に属しており、専門技術を習っている。
『最低限の建築なら高度な数学は要らない。でも人の往来の激しい橋や大きい建造物はそうはいかない。そして数式で得たものに適した材質選びが課題になる』
借りた本そっちのけである。ラウラに気を許したグノーシィは饒舌だった。
『数学は美しいわよね。真理は一つだもの』
会話の相手の令嬢は論理的思考で、女性とこんな会話をした事がない男性にとっては衝撃であったろう。
ラウラにとっても、そんな相手は存在しない。文官の兄は哲学的な会話を好むし、姉は「四則計算が出来れば困らないでしょう!」な人だし……。
自然の中で美しいものは数学の法則で出来ていたりする。勉学の中で、ラウラは曖昧な答えがない数学が一番好きだ。しかしそれを主張したりしない。“女らしくない”などと言われたりして応対が面倒だからだ。
その点、グノーシィは「ちゃんと勉強して偉い」と褒めてくれる。
(こんなに価値観の合う人はいないわ!)
グノーシィの容姿は至って平凡で中肉中背の、特にこれと言って特徴がない。
動きやすさ重視の気取っていない服装に、適当に整えただけの茶髪。
ラウラに約束させられて図書館で会っていても、グノーシィは服装や髪型に気合を入れたりしないところが実に良い。
いつも自然体で、笑うとくしゃりとなる表情は好ましい。夜更かしして寝不足の為か、大抵しょぼしょぼしている濃い茶色の目も、可愛いと思う。
恋人はいないと確認している。これは押して押して、たまに引いて、押しまくるしかない!
「お母様、好きな人が出来たの」
隠していてもしょうがない。どうせ姉と、いつも付き添う侍女から話を聞いているだろう母に切り出す。
「リエタース男爵家の息子さんね」
案の定、母は知っていた。
「お姉さん二人は結婚して出ているわね。末っ子長男で随分家族に可愛がられて育ったみたいね」
「お母様、彼の身辺調査を?」
ラウラは非難したわけではないが、アガータは眉をひそめた。
「ルティエの意向よ。ほら、あの子、平凡な彼氏に裏切られた過去があるじゃない。心配だったんだと思うわ」
どんな男性か姉に問われて『普通かな。特に長身でも男前でもない』なんて答えたから、姉の元彼を彷彿とさせたのかもしれない。同じ茶目茶髪だったらしいし。
「お姉様は言い寄られたんでしょ? 私はこっちから行っているのよ。前提が違うわ」
殿方の誘いを奥ゆかしく待っているようなお淑やかな顔のラウラだが、大きく世間を裏切っている。
「これと決めたら積極的ねえ。誰に似たのかしら」
あんただよ!
全ラウラが心の中で母に突っ込んだ。
二人は図書館や、たまにカフェで会っていたが、ラウラはとうとうリエタース家訪問を勝ち取りお邪魔した。息子が連れてきた明らかに身分の高い美少女に家族や使用人も驚いて、おもてなしにてんやわんやで大騒ぎだったらしい。だが気取らないラウラは家族ともすぐに仲良くなった。特に初代男爵のグノーシィの祖父はラウラの賢さを気に入ってくれた。
ここまでくれば、もう問題は身分差だけだ。ちなみにグノーシィの意思は確認していない。〈身分差〉で揉めるならラウラが先に進めないのだ。
「シモンが言うには、素行もいいし勉強熱心で、彼本人に問題ないそうよ。ただ、ラウラ、あなたは彼が男爵家なのを気にしているのよね」
「だって……侯爵家の私が男爵家に嫁ぐなんて……」
忘れてはいけない。ラウラはまだ十三歳。お相手のグノーシィも本来なら学生の年齢である。結婚できるのは、早くともラウラが学園を卒業した五年後だ。
落としたい男を逃す気がないのは、ボネシャール家の正統な血筋の成せる技である。“血は争えない”とも言う。
「そんな身分差に臆しているの?」
「だって、絶対グノーシィとリエタース家が悪意の槍玉に挙げられるのよ! ボネシャール家の最後の宝石を下位貴族が掻っ攫っていくんだから!」
ラウラの自惚れ発言ではない。婚約者のいない彼女は実際“最後の宝石”と言われている。
そして忘れてはいけない。これはグノーシィの意思抜きの話である。
「そんな事で怯むの、ラウラ! いつもの図々しい根性は!?」
何故か貶しているかのような発破を掛ける母。
「私はどんな悪意でも跳ね除けるわよ! でも心無い言葉でグノーシィが傷つくのは嫌なの!」
「そんな柔な男なわけ? あなたが選んだのは」
はっとラウラは気がつく。異国で男爵位を賜ったグノーシィの祖父も、随分社交界で嫌がらせをされたと聞く。くだらないと無視して仕事に精進し、結果を出していったその魂を孫も受け継いでいるはず!
「そうね! お母様! 何より私にはボネシャール侯爵家だけでなく、バジャント公爵家とベネチェクト公爵家の後ろ盾があるわ!」
そしてボネシャール家には、知る人ぞ知る、敵認定すれば容赦のない“笑顔の悪魔”と呼ばれる次期侯爵がいる。更にちゃっかりと義姉の実家と姉の嫁ぎ先まで入れた。使えるものはなんでも使う主義だ。
「家族の反対もないから、私と婚約してくれないかしら。グノーシィが好きなの」
真剣な顔でラウラが告げたのは、本を借りに来た図書館内。
グノーシィは然程大きくもない目を見開き絶句していた。その後困ったような顔になった彼に、さすがのラウラも“失敗か?”と気弱になる。
「ちょっと来て」
グノーシィはラウラの手を取り、図書館の裏庭に連れていく。人気のないのを確認するためか周囲を見渡す。
「……薔薇は咲いてないのか」
呟くとグノーシィはラウラの前に跪く。
「何も準備してないけど俺からも言わせてくれ。貴族界に波乱を起こす覚悟を決めた。俺もラウラが好きだ。俺と婚約してほしい」
「……グノーシィ」
「君を男爵夫人にしていいものか躊躇した。そこを飛び越えてきてくれたラウラがとても愛しい」
「そのうちリエタース家は陞爵すると思うわ」
武人でも学者でもない。だが今後も橋や主要建造物の建築を任されるから、国への貢献度はあると思うので御伽噺でもない。
祖母の実家がガラス職人なのもあり、グノーシィは窓ガラスの強度強化の実験も重ねており、鉱物への興味が高じて合金も研究中だ。
「……頑張るよ」
彼は万感の思いを込めた。
息子の婚約話を聞いてリエタース家はてんやわんや以下略。
男爵とグノーシィが正式にボネシャール家を訪れてラウラに婚約を申し込み、当主アガータの許可を得て正式に婚約した。
貴族界に激震が走る前に、父イゴルの慟哭が激しく、妻が「婚姻はまだ五年先で、結婚しても近くに住むのだから」と宥めたのだった。
「ラウラ、婚約おめでとう」
妹の婚約祝いの食事会に参加するためルティエは寮から帰宅した。後でレオシュも来る。
「ありがとう。お姉様」
「ラウラが選んだのは分かる気がする。グノーシィ様って真面目で研究者気質よね。物怖じしないし逆境に強いタイプと見た」
「お姉様、私、思ったんだけどね」
「うん?」
「顔で選んだって言っても性格と価値観が合うのは大事でしょ? 好みの顔ってだけじゃ続かないわ。それに、好きになったら可愛くてかっこよく見えるものなのよ」
ラウラ・ボネシャール。齢十三歳にして恋愛の趣を語る。
「母様は?」
「あれは論外」
バッサリだが、当人たちはそれなりに夫婦として仲良くやっているので、あれはあれでアリなのだろう。




