17
最終話です。
三日間の建国祭を終えて、城内もいつもの落ち着きを取り戻す。
ベネチェクト副騎士団長は休みだ。これには騎士団内部も、ボネシャール家への挨拶に間違いないと、賑やかだった。それが見当違いであるのを知っているのはコンラートだけである。
建国祭本夜会のレオシュとルティエは、『本日のパートナーです』と、挨拶回りの人々に答えていたが、どう見ても最後の方は仲睦まじい恋人の距離だった。
何よりレオシュの表情が柔らかい。眉間に皺の無い副騎士団長など見ない者が大半だから、非常に驚かれていた。
特に女性陣の評価の変化がすごい。
「あら? 普通にされていると美形じゃない?」
「まあ、あんな優しい顔もされるのですね」
「あれが愛しい人に向けるお顔……」
「背が高くていらしたのね。素敵だわ」
たおやかなルティエの隣に立つ相乗効果で、“姫を護る頼もしい騎士”にしか見えない。
ハンセ侯爵家と言っても、コンラートは跡取りではないので本夜会に参加しない。当日は実力に加え、身分と容姿の良さで会場内の警護の一員を担っていた。
レオシュを熱意を持って見つめる女性たちの溜息があちこちから聞こえ、コンラートは内心ほくそ笑む。
(レオは本当に貴公子らしい貴公子なんだよ。パートナーへの気配りだってソツがないだろ? 見る目がなかったなあ、あんたら)
レオシュの見合い失敗続きを、本人以上に気にして怒っていたコンラートである。
そこに現れたボネシャール侯爵令嬢。彼女の積極的な好意の先に居たのは……。
(レオが落ちるのが意外に早かったな)
それは二人にとっても予想外の展開で、コンラートもそんな事は知らない。ただ、寄り添う彼らが上手くいったのを察しただけだ。
レオシュにあんなふうに扱われるなら、と思った令嬢もいるだろう。しかしあのルティエと争うのは無謀だと諦めるしかない。
やっと親友にも春が来た。警備中なのにコンラートは楽しい気分になるのだった。
最終日にレオシュが「明日は休む」と言ったので、揶揄いつつ祝福すると「ルティエ嬢は関係ない。ウチの関係の不祥事の処理だ」と憂鬱そうに答えた。
コンラートは「おお、そっか。次期公爵、お疲れ様」と労うしかなかった。
*****
ベネチェクト公爵夫妻、レオシュ、ローグ伯爵夫妻、前々ローグ伯爵夫妻。
密かにベネチェクト家の応接間に集まった。
そこでローグ伯爵の祖父の前々伯爵が、ひ孫娘に対する仕打ちを聞いて孫の現伯爵を殴りつけた。
「娘を娼婦扱いするとは、お前はそれでも人の親か!」
「大袈裟な……少々身体を触られるくらい」
「信じられない! 離婚です!」
普段大人しい伯爵夫人が怒りの即決である。
「そうね、こんな父親、害悪にしかならないわ。お前は勘当よ」
追随する祖母に「お婆様、それは!」と縋るも、伯爵以外全員一致で離婚が決まった。
現伯爵の祖父が伯爵に返り咲き、伯爵の子供たちは曽祖父の養子になる事も公爵に承認された。夫人を子供と共に受け入れる手続きもする。
これで唯一の娘インドナの性的被害はなくなり、レオシュも一安心だ。あとは彼女の心の傷が癒えるのを願うばかりだ。
(護身術を娘に仕込んだボネシャール家は、本当に娘の身を案じているんだな)
こうして父親の差をまざまざと見せつけられると、レオシュはルティエを思い出して会いたくなる。
(想いが通じあって浮かれすぎだな)
レオシュは自戒するのだった。
(あとは幼女趣味の奴らの摘発だ。そんな場所があるのだろう。絶対どこかでやらかしている)
*****
「ルティエちゃーん! 今日ベネチェクト公爵から『息子をよろしく』って言われたんだけどー!?」
帰宅したイゴルは、仕事が休みで帰ってきているルティエの居場所を執事から聞いて、応接間に飛び込んだ。
「…………」
なぜ応接間だったのか、なぜノックもしなかったのか。イゴルが後悔してももう遅い。ソファに座るレオシュと目が合った。
「……どうも、よろしく頼まれた息子です」
レオシュは別に巫山戯ていない。恋人の父親が急に現れて叫ばれて、咄嗟の返事が思いつかなかったのだ。
「し、失礼しました! 家族だけかと思い!」
しどろもどろの夫に対し「あなた、早く座って」とアガータは冷静に促す。
先日、ベネチェクト公爵家から、ルティエに正式な結婚の申し込みが来た。
「きちんと筋を通したか。学習能力はあるな」と満足そうなシモンをイゴルは訝しく思ったが、それより大騒ぎのラウラを窘めるのが先で、結局その言葉の意味を聞き損ねた。
(そう言えば、近々本人が訪れたいとの打診があったな。今日だったのか……)
「もう、父様、忘れてたんでしょ。夕食をお誘いしたじゃない!」
醜態を晒してしまった。約束を忘れるなんて、次期公爵を蔑ろにしたと思われたら破談になるかも!と青い顔で考えたイゴルは思い直す。
(それはないな。ルティエちゃんが離さない)
「申し訳ありません」
「いいえ、お気になさらず」
笑みを浮かべるレオシュの雰囲気は、以前と随分変わった。ちっとも怖くない。良かった。
「なんだか最近忙しくしてるとは聞いたんだけど」
ルティエがレオシュの手前か、イゴルを擁護するような発言をした。
「そうなんだよ! なんかロワーク殿がロックデシン家から援助を切られたらしくてさ。まあ僕は小遣い稼ぎくらいのつもりで雇われていたから別にいいんだけど。彼の愛人たちに与えていた権利を取り上げるのに揉めててさ。あちこちに楽譜なんかを回収しに行くたびに、僕が文句の捌け口になっちゃうんだよー」
「それはお父様が情けないからだわ」
「ラウラちゃんだって、いろんな人から相談とかされるだろ?」
「いいえ、全く!」
「そんな……、僕と同じタイプなのに?」
「顔だけでしょ。お父様がめんどくさい相談女に引っかかる理由が分かった気がするわ」
「ええー?」
(なんだ、この家族は。父親の威厳がない。それでも仲が良くて楽しそうだ……)
「それにしても、今までロワーク殿にお金を与えて好きにさせていたのに、急にどうしたのかね」
イゴルはしきりに不思議がっている。
レオシュは知っている。シモンがロックデシン家に苦情を入れた。ルティエが「あの人に口説かれて気持ち悪かった」と兄に告げただけで、あとは任せた。
『パトロンなんて名ばかりで、承認欲求の強い若い女を何人も囲ってるにもかかわらず、ウチの妹を口説くなんて舐めてるのか? 遊び人のロワークをどうにかしろ』
そんな感じで本家に乗り込んだのだ。ロックデシン公爵は驚き謝罪し、慌てて次男の生活を調べると想像以上に酷かったわけだ。許せないのは、勝手に愛人たちに別荘の使用許可を与え、彼女らが高価な装飾品やドレスもロックデシン家の名前で購入していた事だ。
公爵家の潤沢な資産も無限ではない。芸術家ぶるだけの若い娘たちに金をつぎ込む次男に、怒りの公爵が甘やかすのをやめただけの話である。つまり自分で稼げと引導を渡したのだ。
「あ、シモン君が帰ってきたね」
馬車の音にイゴルが気が付いた。
「そうね、そろそろ食堂に移動しようかしらね。あなた」
アガータが手を差し出すとイゴルは恭しくその手を取った。二十年以上のエスコートは風景の一部のように自然だった。
期待するようにルティエに見上げられたレオシュも期待は裏切らない。
「ルティエ、お手をどうぞ」
「はい、レオ様」
幸せそうな二人を、ラウラは目を爛々と輝かせて見つめていた。
その夜、ラウラの部屋でルティエが女子トークをしていた時、不意にラウラが言った。
「でも結局さ、好みの男性を選んだわけだから、お姉様もお母様と同じじゃない?」
「……あれ? そうかも」
読んでいただき有難うございました。