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 王城には第一食堂と第二食堂がある。

 提供する料理の差で、それがそのまま値段の違いである。つまり第一は貴族向け、第二は庶民向けなのだが、利用者においてそこに明確な区別はない。

 倹約家の貴族が第二を利用したり、たまには豪華な食事をと思う平民の職員が第一に向かったりと、割と自由である。


 その日の夕食時、第一食堂は沸いていた。


「兄様、すごく目立ってます」

「しょうがないよね。美形兄妹が同じテーブルに着いているんだから」


 残業の決まったシモンが、昼に〈至急〉の手紙をルティエに送り、時間が合うなら夕食を一緒にどうかと誘ったのだ。返事は要らない、来れたら来い、渡す物がある、と、単純明快な内容だった。


 受け取る物があるなら行ったほうがいい。そうして兄の指定した第一食堂に向かったのだが、先に席に着いていたシモンは、他の利用者に遠巻きに見られていた。帰宅組なシモンが夕方そこにいる事は極めて珍しいので、女性たちが彼を観察していた。

 

 ルティエ単体は第一も第二も利用する。寮住まいなので毎食利用となると、第二食堂が主体になるのは仕方ない。


 『侯爵令嬢が庶民の食事を摂るなんて嫌味か?』なんて入省当初は陰口も叩かれた。

 『ボネシャール家は借金があるのでは?』なんて失礼な話も出たが、真実でないし放っておいたら、それも無くなった。


 今では各省の女性たちとも仲良くなり、“気さくで仕事熱心な医療士”と認知されている。


 そんな庶民派なルティエも、シモンと同席すれば、たちまち侯爵令嬢として輝く。希少度の高さで二人組は目立ってしまうのだ。


 恐らくシモンは目立たないように最奥に陣取ったと思う。しかしそれなりに人のいる時間帯なのに、シモンの周りの席は空いている。彼に近づきすぎるのを牽制しあった結果だろう。男性陣も“そこに座るな邪魔!”との女性たちの無言の圧に屈しているようだ。


 シモンが一人で食事をするのかと周囲が思いきや、そこに妹投入である。男性陣もざわつく。


「兄様、早く食事をして出ましょう」


「どうしてだい。特に夕食はゆっくりと味わいたい。この後、忙しくなるから」


 兄様お疲れ様ですだが、ルティエは周囲の空気を読む。自分たちのせいで空席が使えない。さっさと退席したい。


「兄様、それで渡したいものとは?」


「ん? その前に、レオシュ・ベネチェクト公爵令息から、お前のエスコートをしたいとの正式な申込書が届いた。どうする?」


 小声になる兄。つられてルティエも声を潜める。


「どうするってお受けするに決まってるでしょう。まさかお断」


「してないしてない。お受けしますと返事を出したよ」


 よかった。ここで兄妹喧嘩が勃発しなくて。兄が尋ねたのが悪い!


「それで、これも一緒に送られてきた。お前にだと。夜会で着けてほしいらしい」


 すっと兄が差し出したのは青いリボンが飾られた白い小箱だった。


(レオシュ様の贈り物!!)

 自室なら小躍りするが、ここは公衆の面前。落ち着いた令嬢の笑みを浮かべる。


「寮に帰ってから開けろ。衆目を集めているからさっさと隠せ」


 急いで鞄の中に入れる。多少は見られただろうが、きっと、兄が妹に渡したものと思われているだけだ。


「それでな、エスコートの件は誰にも言うな。彼への手紙にもそう書いておいた」


「それはレオシュ様に失礼では? “公爵家の申し出だから今回は仕方なく受けてやるのだ”なんて、ボネシャール家が偉そうに思われたらどうするんですか」


 ルティエはシモンが彼に嫌味を言った事は知らない。そんな誤解は生まれないから心配はない。


「“その方が夜会場が騒がしくなって面白い”と理由を添えたから大丈夫だ」


「なにそれ? 面白いって……」

 ルティエの機嫌が降下する、が、令嬢スマイルは崩さない。


「出来れば二曲踊って、副騎士団長と婚約するのでは?と会場中に思わせろ。そうなればきっと彼は逃げられない」

 絡め取れと指南する兄の貴公子ぶった笑顔が眩しい。内気そうな顔をしているけれど、言う事は結構えげつないのだ。


「そのつもりではあるのだけど」

 普通に微笑しながら狩人発言をするルティエも、傍目にはたおやかに見えるのだった。


「周りをよく見ていろ。嫌味な奴は絶対覚えておけ。害意があるかもしれないからな。俺もフランチシュカも気にはしておくが、俺たちは両親の面倒も見ないといけないから、あまり期待はするな」


「分かったわ」

 ルティエも気を引き締めるのだった。





*****


 建国祭は前、後と含めて三日間ある。その三日間の城下町は朝から催し物も多く盛況だ。


 前建国祭の日に、ルティエは朝からラウラと城下町を訪れていた。考えたら、妹と二人きりで街遊びは初めてである。もちろん護衛付きだが。


 護衛騎士たちの剣帯には揃いの飾りが付いている。言わずもがな、ルティエが贈った家紋入りタグのものだ。お嬢様が自分の給料で買ったと聞かされ、騎士たちが感激したのは言うまでもない。


 護衛騎士たちも今日は特に気合を入れている。人混みの中、絶対に見失うわけにはいけない。地方から多数の人間が集まり、それゆえに犯罪も多い。美少女二人組なんて格好の的だ。護衛を五人つけ、彼らから離れない、大通りから外れないと、当たり前の条件の厳守のもと、二人のお出かけは渋々家族に認められた。


「すごいわ! 見た事のない食べ物がたくさん!」

 ラウラは目を輝かせている。

「まずは異国の大道芸を見るんでしょ。そろそろ大広場に行かなきゃ」


「なによ、お姉様はこの時間大広場を警備中の副騎士団長を一目見たいだけでしょ」

「そ、そんな事、少しはあるけど……。異国のものって惹かれるじゃない?」

「まあね。芸をする大きな猫を見たいわ。可愛いんでしょうね」

「それ、虎と云って、人間を食べるくらい凶暴らしいわよ」

「え? 大丈夫なの、それ」

「小さな頃から必ず焼いた肉を与えて、人間を餌と判断しないように育てているから安心だって触れ込みよ」


 話しながら広場に行くと、吟遊詩人がいたり、見慣れない衣装で変わった踊りを披露する女性がいたりと、それらを囲んだ人垣がすでに出来ていた。


 虎の曲芸は柵の中で行われる。見物人の最前列には騎士団が等間隔に配置されていて、虎が暴れたらすぐ処分するためと聞いた。


 人間の娯楽用に飼われて芸を仕込まれ、人を襲う危険があれば斬られる。なんとも不憫だ。何もない事を願うしかない。


「あっ、あれがレオシュ様よ」

 小声でルティエがラウラに示した先には赤毛の騎士がいた。


 背が高く、がっちりした身体つきで威圧感がある。大型の凶暴な野生動物みたいで近付くのも怖い、と言われる副騎士団長を初めて見て、ラウラは拍子抜けした。


「あれが強面? 仕事中なんだから警戒してあたりを睨むのは当然じゃない。私たちとは系統が真逆だけど整った美形だと思うわ」


「ラウラならそう言ってくれると思ったわ! そうなの、力強い美丈夫だと思うの」


 姉は心底嬉しそうだ。まるで初めての恋のように興奮して見える。


 姉が学生恋愛をしていたなんて、当時は自分も幼かったから気が付かなかった。兄の話では『男慣れしていない令嬢を、女慣れした男が優しく近付いて口説いた』らしい。そして姉にはいっさい手を出さず大事にしているように見せかけて、複数の平民の娘と寝ていたクズだそうだ。姉が未練なく別れたのは当然である。


 だから、姉が自分から好きになったのはレオシュ・ベネチェクトが初めてなのだ。


「貴族令嬢に不人気なのは競争率を考えたら儲け物よ。素敵な方だと思うわ」

 学校を卒業した姉はこれから本格的に社交界入りする。副騎士団長なら、くだらない男たちから護ってくれるだろう。ラウラは姉の恋を応援する。


 そうして、仲の良い姉妹は十分建国祭を楽しんだのだった。




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― 新着の感想 ―
 この、「自分たちは美しい」という自覚のある兄妹たち、大好きです。ちゃんと自衛してるし、利用もしてるし、強かに生きてる、かっこいいですね。
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