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 レオシュと夜会の同伴約束を取り付けたルティエは、次の休日に意気揚々とボネシャール家に帰る。


「まあ! ドレスは今作っている青色のもので大丈夫かしら。これから新調するとなれば時間が足りないんだけど!」


「落ち着いて、アガータ! 婚約者でもないのにそこまで気を回す事はないよ!」


 ルティエの報告に一番興奮したのは母親だった。それを宥める父親のイゴル。


「……ああ、僕は副騎士団長とルティエちゃんが、盛り上がるための音楽をずっと奏でないといけないなんて……」


 大袈裟に嘆くイゴルに「最高にいい音楽を頼むわ」と、ルティエは追い討ちに容赦ない。


「ルティエは初めての本格的な夜会だから大事な日よ。私が付き添うつもりだったけど、パートナーが出来てよかったわ」


「なんかごめんなさい。勝手に決めて」


「いいえ! 好きな殿方を確実に仕留めるための夜会よ!」


「お母様、仕留めては駄目よ。射止めないと」と、ラウラの突っ込みが入る。


「アガータ、四曲目になると抜けるからちゃんと迎えに来てね」

 イゴルはアガータに念を押す。彼女を探してうろうろするのは嫌だ。なんせアガータには何度も前科がある。


 楽団の構成員のほとんどが貴族だ。大きな夜会では途中で交代で抜け、配偶者と踊り挨拶回りをするのが恒例となっている。


 貴族としての最低限の筋は通す。イゴルのような侯爵家の身分の者は少ない。時間に追われる忙しい立場なのだ。


「分かったわ。四曲目ね」

 軽く返事をするが、当日に覚えているかどうかは怪しい。


「父さん、母さんは俺とフランチシュカで見張って、ちゃんと連れて行くから」


「頼んだよー、シモンくーん!」


 夜会でイゴルを放出したままにすると、貴婦人たちが群がってきて非常にめんどくさいから、早々にアガータに受け渡すのに限るのだ。


「よく副騎士団長に同伴を認めさせたな。俺の周辺もお前のパートナーを申し出る奴が多くてな。侯爵夫人が付き添うと言って黙らせているんだ。これは本夜会が楽しみになってきたな」


 シモンが悪戯っぽく笑う。


「いいなあ、みんな楽しそう」

 参加年齢に満たないラウラは実に残念そうだ。


「でもいい子でお留守番して、お姉様の婚約報告を心待ちにしているわね!」


「いくらなんでもそれは無理よ。駆け引きの難しい相手なんだから!」

 まるで恋の達人のような台詞を吐くルティエだって初心者である。ただアガータの血の成せる技か、これと決めれば迷いはない。


「恋の駆け引きなら父さんが……って無理か。全く参考にならないな」

 シモンが言い掛けて、自分の言葉に失笑する。


 イゴルは女性遍歴だけ見れば百戦錬磨の色男のようだ。実際は優柔不断で言い寄られて深い仲になってしまう下半身お馬鹿さんだ。そんな男だから綺麗な別れ方も出来ないで、余計浮き名が流れてしまう。


「お父様、女遊びもいい加減にしてくれない? 以前どこかの令息に『お前も浮気者なんだろ』と暴言を吐かれたわ。“浮気者”の意味すらよく分かっていない精神年齢の低い令息によ! 絶対、そこの家族がうちの悪口を言ってるんだわ!」


 この際とばかりにラウラが鬱憤を晴らす。


「そんなの茶会で言われるの? 今の子はませてるのね」

 ルティエがラウラの年齢の頃は、そんな嫌味を言われた事はない。


「ラウラ、それはどこの馬鹿息子だい?」

 爽やかすぎる笑顔のシモンは怖い。報復する気が満ち溢れている。


「さあ? 頭悪い子だった記憶しかないわ。どうでもいいのよ相手は。それより諸悪の根源をどうにかしてほしいの」


 無情なラウラの一言で、一斉に家族の視線がイゴルに向く。


「わ、悪かったよ、ラウラァ……」


「謝って済むなら副騎士団長はいらないわ」


「そこは騎士団でよくない? いちいちレオシュ様を巻き込まないでほしいわ」


「そもそも“悪かった”は謝罪に入らないと思うわけよ。ただの感想じゃない?」


 いつの間に妹はこんなに弁が立つようになったのか。会話の流れ的に“悪かった”を謝罪と受け取るけれど、確かに言葉だけで判断すると、謝ってはいない。


「ラウラ、すごい! 確かにレオシュ様は“すまない”って謝ってくれるわ!」


「お姉様、副騎士団長様は誠実ね。どこかの宮廷楽士と違って」


 イゴルは青くなって情けない顔のままだ。それすら庇護欲を誘うのだから、“魔性の楽士”の称号を与えてもいいかもしれない。いや、そんな二つ名は若い時にとっくに得ているか。


「どうしてもあなたたちの縁談の妨げになるようだったら、離婚するから安心してね」


「アガータ! それだけは勘弁して!!」


 ここで『もう浮気はしない』と誠意を見せられないのが、自分自身を把握しているイゴルのクズさだ。


『どうしてそんなに浮気をするのか?』と友人に問われた父が『そこに女性がいるから』と真面目に答えたとの逸話がある。真偽は定かではないが、もう去勢すればいいのに。





*****


「なあなあ、レオー! 正直なところ、ボネシャール医療士とはどうなってんだ?」


 同期のモテ男、コンラートの絡みがうざい。

 

 じろりと睨んでも、今更レオシュの眼光に怯むわけがない。こいつに夜会に一緒に出るなんて知らせたら、面白がってあっという間に王城中に広めそうで嫌だ。イゴルやシモンが文句を言ってきそうである。


 いや、父親は無いな。怖がって近づいてこない。

 しかし、兄のシモンは。


(妹を大切にしているから、俺のエスコートは許さないかもな)


 気に入らなければ言ってくるだろう。彼の毒舌を直接浴びた事はないが罵られそうだ。まあ合同会議くらいでしか会わないし、わざわざあちらから騎士団に出向いてくる事はないだろう。


「おー、ベネチェクト! 悪いが財務省にこれ持って行ってくれ! 提出期限過ぎてたわ!」


 昼休憩に入ろうとしたレオシュは騎士団長に封筒を渡された。


「俺、これから農産大臣の視察護衛に同行するんで準備に追われてるんだ! すまねえけど頼んだ!」


 勝手に喋って押し付けられた書類を手にレオシュは立ち尽くす。


(なんだこれ。小説にある、フラグってやつじゃないのか?)


 唖然としたレオシュだが、考えを振り切るように首を横に振った。

 シモンだってきっと休憩中で食事に行って不在だろう。


(さっさと事務室に持って行くか。書記室に行かなければ大丈夫だ。そもそも、話自体が伝わっていないかもしれないしな)


 レオシュは足早に財務省に向かった。事務室の扉を開けると、そこにはシモンがいた。

「え?」

 予想外の状況にレオシュは戸惑って、恐る恐る入室した。


(フラグ回収ってやつか、これ?)


「遅れてすまない。騎士団長が提出し忘れた書類を持ってきた」


 事務室で一人書類に目を通していたシモンが立ち上がり「ありがとうございます。催促しないですみました」と手を差し出したので、封筒を渡した。


「書記官の君が事務室で留守番か?」

「そうですね。ちょっと密かな調べ物があったので、全員休憩に追い出しました」


 にこやかな顔ははにかんでいるようにも見え、ルティエによく似ている。これは、男も女も見惚れてしまう。


「ところでベネチェクト副騎士団長殿、建国祭の本夜会で私の妹をエスコートしたいとの申し込みが、我が家に届いていないようなのですが」


 しっかりルティエが家族に知らせていた! レオシュが言い訳する前に彼は言葉を続ける。


「妹の妄言だったのでしょうか。それとも夜会に女性を伴った経験のないベネチェクト公爵家のご子息は、口約束だけで大丈夫だと思ったのですかねえ」


 怒っている! さすが身分が上の者にも容赦がないと評判の書記官だ。レオシュを非難するにも、実家を持ち出す皮肉をちゃんと加えている!


「申し訳ない……。彼女に贈る髪飾りを添えてと思ったのだが、いや、これは言い訳に過ぎない。ボネシャール家に正式に申し込むのが先だった……」


 しょんぼりとガタイのいい身体を縮こませるレオシュに、シモンも毒気を抜かれる。ルティエの言う通り、素直に詫びを入れられる人物なのだ。ただの朴念仁かと思いきや、装飾品を贈る気だったとは意外だ。


「蝶をモチーフにしたものを似合いそうだから選んだのだが……蝶は苦手だったりしないだろうか」


「副騎士団長自身が選ばれた物なら、なんでも喜びますよ」


「申し訳ない。早急に申し込むからよろしく頼む」


 レオシュは弱輩の者に頭を下げるのも苦にならないらしい。これで恐ろしい男などと言われるのだから、うわさは全く当てにならない。

 

 婚約者でもないから首飾りや指輪などは避けて、髪飾りを選んだのもなかなか考えているなと、シモンは感心する。


 まさかルティエが髪飾りに擬態した武器を装備しないようにするため、自分が贈ったものを身に着けさせるだなんて斜め上の発想は、さすがのシモンも考え付かなかった。



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― 新着の感想 ―
兄すら擬態する妹よ…!! 必ず落とす男の前ではどんなネタを振ることも厭わないの、流石ですし、それをちゃんと汲み取ってあれこれ考えてくれるのも誠実だなぁ…!!
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