ヤ叉
「引き出しを開けようか」
轟道は十文字槍を一気に前へ突き出す。
「構えか......面白い!」
リテロは持っているメス二本を交差に投げて、接近する。
しかし、轟道はその全てを掠るようにして躱す。
(おっと、これは想定外!)
リテロは止まろうとする......それでも、腕を振った轟道の刃がその肉を喰らう。
だが、斬られざまにメスを投げつける。
(まずいな......)
轟道は反応するも、右目の上を斬られ、血に塗れた視界が闇と化す。
(片目じゃ、距離感覚が狂うでしょ!)
それと同時にリテロが地面を滑り、足蹴を繰り出した。
(己を信じろ)
轟道は本能で槍を振り下ろす。
「うぉおぉぉぉ!」
すんでのところでリテロがメスとハンマーを交じらせ、間に挟む。
それで何とか槍の勢いが止まる。
なんとか難を逃れたリテロは後ろに下がろうとした......
「凄いなぁ......君は私の知識を全て凌駕してくる!」
武には医学を越える力がある。
「お前だとて、武には無いものを得ているではないか。その改造し尽くされた肉体......惚れ惚れする」
一方、医学にも武を越える力が秘められている。
「流石に気付いていたか......この脳にはね、私が死を感じた時に回避するよう命令するチップを埋めてあるし、他の部位は最大限稼働出来るようにシステムを組んだ。だから、簡単には死ねないね」
轟道が殺す気で闘っていたのはこのためだ。
「やはり、ゾンビだったか。だが、もう一つあるだろう? あの怯みなさは到底、生身では為し得ない領域だ」
轟道は訊く。
「ん? 痛覚は普通にあるよ?」
つまり......リテロはこれまでの戦闘で痛みをずっと体に走らせていたことになる。
「なにっ......?」
轟道からは驚愕の声しか出なかった。
「痛みって言うのは、理性とはまた違う人間の制御システ厶なんだ。アドレナリンとかで鈍くなったりはするけど、あるに越したことはないよね?」
リテロが我を忘れたかのようにニタッと口角を上げる。
(なるほどな。初めて見たが、これがドMというものか。多分、戦闘における専門用語なのだろう)
轟道はなにか勘違いしているが、問題はない。
突如、リテロの踏んだ地が爆ぜる。
「じゃあ......これは躱せるかな?」
リテロは左手の操作だけでメスを上下二方向に放った。
(目には目を......)
轟道は体を大きく動かし、回避する。
(刃には刃を......)
その隙こそ、リテロの攻撃に繋がる。
轟道の頭上にハンマーを振りかざされる。
(投げには......)
しかし......次に轟道が取った行動は十文字槍の投擲!
(投げを!!!)
至近距離故にその左の穂がリテロの横腹を抉り取る。
瞬間、轟道の拳が眼前に迫ってきていた。
攻撃・防御をしようと武器を持つリテロを無力化するように、轟道が体中に拳の乱打を加える。
(まるで硬い石にでも叩きつけられたようだ......!)
轟道の固い意志で握られた拳はリテロの体をことごとく破壊していく。
「ガハゥッ! いくら、槍使いでも、距離を取れば、こちらの方が優位だ!」
それでもリテロはバックステップで立て直すと、正確無比にメスを放つ。
轟道は人混みを抜けるように、メスを過ぎた。
「ならば、大地を狭めてやろう」
すると、轟道は神のようなことを言い出した。
「大地を? 有り得ないね! 人の手でそんなこ......と」
だが......轟道はもうリテロの目の前で拳を振りかざしていた。
そして、その拳は容赦なく、顔を穿つ。
リテロは衝撃で地面に叩きつけられながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「古来より伝わる『縮地』だ」
『縮地』......膝抜きと重心移動、更には脱力を瞬時に行い、自然に動き出せる戦闘技術。
それにより、相手は地が縮んだと錯覚するほどである。
「話では聞いていたが......本当だったのか!」
自分のダメージなんかよりもリテロは好奇心で胸を膨らませる。
しかし、リテロの体は少しだけだが、震えている。
「そろそろのようだな、リテロよ」
その時、轟道はリテロを走り去ると、地に転がる十文字槍に手を掛けて、正眼に構えた。
立ち位置はまるで逆転する。
「かかってきなよ?」
リテロは汗を垂らしながら、メスを構える。
轟道がそれに合わせて、落雷の如き振り落としを与えた。
(そんなちっちゃい刃では到底......ん?)
轟道は密かに違和感を感じていた。
本来ならば、リテロがばっさりと斬られているはず......しかし、当人はというと、槍を軽々と防いでいる。
しかも、片手でだ。
「やっぱり、喰らいついてきたなぁ!」
リテロは空いた手でメスでの横薙ぎを繰り出した。
反応は出来ても、回避までは至らず。
轟道の胴は深々と斬られた。
「ぐぅっ!」
黒の袴を滲ませながら、轟道が離れる。
「心理的誘導も私の専売特許だよ」
そう、彼はわざと弱っているように見せて、轟道を誘っていたのだ。
「いやぁ、ちょっと。ステロイドが来るのが、遅かったから、焦っちゃったね!」
リテロの体の血管が浮き出始める。
リテロは試合前に注射を打っていた、おそらくそれだろう。
「窮鼠猫を噛む......か。すまんが、次は噛まれてやれん」
斬られてもなお、轟道の闘気は収まるどころか、たちまち、広く発せられる。
「例え鼠でも強靭な牙と爪さえがあれば、猫は簡単にやれるさ。頸動脈を噛もうか? それとも、大腿を引っ掻いてやろうか?」
リテロが言うと嘘には聞こえない。
「おぉ〜、くわばらくわばら」
轟道は隠し斬れないほどの笑みを浮かべる。
そして、次の行動を取らせまいと、轟道が槍を引き放とうとした。
「危ないなぁ!」
咄嗟にリテロは左手のメスでその一撃を受けた。
「二度は通じんぞ」
攻撃が挟み込まれることを想定した轟道がみぞおちへ中段突きを出す。
「ちょっとは手加減してくれよ」
リテロの筋肉がそれを喰い止める。
「そうだ、訊きたいことがあったんだっ......た!」
リテロが斬りかかる。
「なんだ?」
話に耳を傾けながら、瞬き一つすらせず、右に体を進める。
空気が破裂するかのような音が鳴る。
「私はやっぱりね、事前に調査しておくのは必要だと思ってるんだ」
途端にリテロから闘争心が消える。
「話が見えんな」
しかし、轟道は警戒し、槍を強く握る。
「簡単に言うと......君のことを調べさせてもらった」
「ほう」
轟道はいつでも斬りかかれる状態だ。
「その時にね、興味深い情報が出てきたんだ......君の経歴に過去五〇年分、記録されていなかった。君は......何者だい?」
リテロは無表情を貫いていたが、その底にはうっすら笑みが見える。
「......」
なぜか、轟道は黙っていた。
轟道は若かりし頃を思い出していた。
今のように白髪がなく、今よりも若い姿で木の棒を振り続け、弟子たちを指導していた。
しかし、現在、そんな過去は跡形もない。
「......知らんな」
轟道は素っ気なく返事をすると、前へ出て槍を横に振るも、リテロに当たることはなかった。
「なるほど。無理に答えることはないさ、そういうのは次第に理解していくものだからね。人とはそういうものだ」
リテロにはどこか余裕なところがある。
まだ、手数を残しているのだろうか......いや、それは轟道の方か。
「リテロよ、この闘いは今より試合ではなく、死合に昇華した。俺の全身全霊を持って、斬り伏せてやろう」
十文字槍を横に携えた轟道に隙の一切はない。
今にでも、飛び出してきそうだ。
だが、飛び出すほどの迫力とはいえ、轟道はただ、そこに静止している。
「あれはなんですか? 今までで見た事のないものですね」
ナース服のスイス審判が目を疑いながら、問う。
「僕も知らないね。ただ......一つ言えるのは、こっからが轟道さんの本気だよ、多分」
(安心して見てていいんですよね? 轟道さん)
神橋の心に居座っているのは三割の不安と七割の自信だ。
「峠を越えるか、否か......私もフルパワーで行こう!!!」
リテロはもう理解していた。
このオペは最終局面にある......と。
そして、彼は口を開けたまま、動かなかった。
なぜなら、そこに居た轟道が腰を落として、居合を展開していたからだ。
本来、居合とは刀を用いてする技......似たような技術はあれど、槍での居合は存在しなかったと言われている。
鞘もなければ、長さも違う。
しかし、そんなことを意に返さないのが、轟道という人間なのだ。
(メスでの妨害をしても、時間稼ぎにもならない。なら......)
「最後は一人の男として!!!」
リテロが強烈な脚力で轟道へ駆け寄り、間合いに一歩踏み込んだ。
その瞬間!
鞘のない十文字槍が一気に鞘走ると、その刃が唸りを上げる。
それは人間の動体視力で捉えられるものではなかった。
(は......やっ)
空気が斬り裂かれる音と同時にリテロの胴体も斬り裂かれていた。
この傷は深く、臓腑に届いている。
それでも、リテロは不死身が如く、立っている。
(損傷部位は大腸か......なら、戦闘に支障はない)
リテロの脳内にはアドレナリンが駆け巡っており、それで彼の判断を鈍らせる。
そのため、リテロは戦闘続行の道を選んだ。
しかし、そこにあるのは轟道という茨の道しかない。
リテロは胸から血を垂らし、その口の中は鉄の味でいっぱいになる。
いくら頑丈でも、処置しても、人間には限界がある。
リテロの状態では動くなど......困難極まることだろう。
「死のうともね......医者がオペを断念するなんて、あっちゃならないんだよ!」
しかし、人ならざる狂気が彼を動かしたのだ。
ゾンビかのように遅い動作にて、振り下ろされた最後の希望である左のハンマーに全身全霊を注ぎ込んだ。
(この狂気と執念、素直に尊敬しよう)
「俺なりの餞だ」
ハンマーが届く寸前、刃が胴体から下を縦一文字に食らい尽くした。
槍の音がし、少し後になって、血が噴水のように溢れ出した。
「なっ......!」
(この出血量は致命......だ)
遂にリテロは限界を越え、轟道という壁の前に地面へ落ちゆく。
「お前は過去が気になっていたようだが、今の俺には関係ないことだ。今を生きている、それで十分だ」
轟道がゆっくりとリテロに寄っていく。
風の音とそれに揺られる草が戦争の終結を表しているようだった。
「......勝者、『日本最強』叉都 轟道」
スイス審判が呆れたような言い方で締めくくる。
「轟道さん、凄いですよ! まさかの初戦で勝つなんて!」
神橋が喜んで轟道へ駆け寄る。
「ああ、そうだな......神橋君、ちょいとすまんが、リテロを運んでやってはくれんか?」
轟道はそう言いながら、落ちた自分の耳を拾う。
「は、はい」
神橋は言われた通りにリテロの方へ走る。
「いや、運ばなくて結構です、歩けますので」
スイスの審判はよく分からないことを言った。
(無理だろ......流石にこれは......)
すると、突如、リテロの体は大きな衝撃を受けたかのように動き、それが連続して行われる。
そこから数十秒経った時、リテロが起き上がる。
「嘘だろ......?」
これには轟道も引いていた。
「電気マッサージ機能を入れておいて良かった」
リテロは負けたのになんかあっさりとしている。
そして、足で落ちた五指を縫い、その他の傷も同じように合わせる。
この短い間に神経までも粗く接合していた。
常人なら不可能なことをさらっとやってのける。
リテロはそれほどまでに最高峰の医者なのだ。
「よっしゃ、手術室に行こうか!」
リテロが大声を張り上げる。
「えっ、手術? ボロボロのあなたが? 受ける側じゃなくて?」
神橋が困惑の表情を見せる。
「いやぁ、元々はここの医療担当として連れてこられたんだけどさ。無理言って、試合に出させてもらってるんだよねぇ。だから、手術はするよ。轟道のね」
リテロは満面に笑った。
(......他の担当者に変えるのは......ダメだろうか?)
これは後の話だが、轟道はなくなくオペを受けることとなったとさ。




