セン争
二人の気力が、どんどん増していく。
(俺の脚で無力化する!)
ルウェットが突っ込もうと飛び出す。
それに反応し、轟道は十文字槍を突き出した。
一時的な牽制などではなく、轟道はその構えを崩さずにじっと保っていた。
「来ないのか?」
轟道はルウェットを誘い出すため、煽りを入れる。
「あぁ゛?」
それにカチンときたのか、突撃する。
パルチザンで下から斬り上げた。
しかし、その刃は轟道を斬る前にストップする。
轟道の十文字槍が、その狂刃を防いでいたのだ。
呆然とした顔でルウェットは下がる。
斬り上げを突きへ転じ、切っ先を放つ。
しかし、それも......十文字槍の右鎌が弾く。
(なんだ? さっきのとは、まるで違う。さっきは、柵のようなスカスカな防御だったが、今は鉄壁としか言いようがねぇ)
彼は轟道の異変に気付いていた。
「おっと、ギブアップかな?」
また、嘲るように煽る。
「すまんが、そんなのに、何回も引っかかるような甘ちゃんじゃないんでね。とはいえ、その構えの前だと、なにも出来ねぇ。だからよ、解いてくれないか?」
「よく言う。解いたとしたら、すぐにでも、攻撃を放つだろうに」
「当たり前だ。戦争に卑怯もクソもねぇんだよ。だから、早く解けよ」
ルウェットはほんの少し、ニヤついた。
「意味が分からんな」
(だが、この顔......なにかある)
轟道は、今までの経験則から、ルウェットの考えを見抜く。
ルウェットは助走をつけ、跳び上がりざまに槍を落雷の如く、振り落とす。
轟道は、すかさず、十文字槍を上げて防御をした。
跳んでいることもあり、彼は弾き飛ばされる。
(一体、なにを考えている......? だが、この目で確実に捉えねば、まずいということだけ分かる)
ルウェットが再び跳び、槍を振るう。
(これは......先程とは微妙に高さが違う!)
轟道の反応が少し遅れた。
ルウェットは十文字槍にパルチザンをぶつけ、わざと弾かれると、着地の勢いを使って、轟道の背後を取る。
気配を察知し、轟道は後方を槍で薙ぎ払う。
しかし、響くは金属の音だけだった。
そして、パルチザンは地面に叩き付けられ、甲高い高音を鳴らす。
(いない......だと!?)
轟道が違和感に気付くも、もう手遅れだ。
「や」
いつの間にかルウェットが懐に入り込んでおり、瞬き一つしない間に強力な拳を突き上げた。
槍を挟む余裕も暇もない。
辛うじて、両手でガードしていたが、軽く吹っ飛んでいく。
ある程度距離を取ったルウェットは安全にパルチザンを取ると、躊躇いなく、突進する。
(途轍もなく速い......)
<水はな、こういう使い方も出来んだよ!>
轟道は最初のルウェットの言葉を思い出していた。
(一か八か。やってみるしかないな)
ここで考えついた、一つのアイデア。
それがこの事態を大きく揺るがす。
轟道が十文字槍で泉の囲いを叩き割ったのだ。
すると、大量の水が溢れ出す。
短いうちにフィールドは、水でビショビショになった。
しかし、たったのそれだけだ。
ルウェットは罠を警戒し、その場で止まる。
「面白ぇ! そうやって、環境を利用するのもありだもんな!」
だが、また、突進の体勢になる。
「さぁ......! 斬り結ぼうか!」
轟道が強力な踏み込みから、槍の一閃。
ルウェットが防ぎざまに斬りつけ、それを轟道が槍で受け、攻撃......
凄まじい剣戟だ。
他の者が入れば、一瞬にして、粉微塵だろう。
しかし、ルウェットだけが徐々に押され始める。
それで、少し経つと、彼から血飛沫が舞う。
「ミスター轟道、これはどうかい!」
足にスナップを利かせ、右へ回り込む。
それを轟道は追えていない。
(......もらった!)
ルウェットは、そう確信する。
(目では反応しきれない)
ルウェットが槍で叩きつけようとする。
しかし、次の瞬間、轟道が神速としか言えない速度の刺突を繰り出す。
その突きはルウェットのよりも速い!!!
「なにぃっ!?」
そして、十文字槍の刃は強欲にも、ルウェットの左肩を喰らった。
(ならば、音を聞いて反応すればいい)
轟道の異常な戦闘センスが開花する。
「なるほどな......泉を壊したのは、俺の足音を察知するためだったのか」
ルウェットはダメージが深いのか、口から血を吹き出す。
「いくら、速くとも。音よりは速くなれんだろうて」
「命迫る駆け引き......やっぱ、これだから、闘いは止められねぇな......!」
突如、彼の雰囲気が変わった。
そして、この上ないぐらいの笑みを浮かべたのだ。
「それじゃ、『巨人殺し』と行きましょうかァ!」
ルウェットの目に狂気が宿る。
この男は、まだ、終わるようなタマじゃない!
「何十年ぶりだろうか、生身で本気を出せるのは......!」
轟道もその目に狂気を孕んでいた。
そう、今までのは、前座。
本当の闘いは、これからなのだ。
瞬間、ルウェットが爆発したかのような加速を見せる。
「ついてこいよ」
その声はどこか楽しんでいるようだった。
「あまり、この老いぼれに無理させるな」
言われた通り、轟道がルウェットを追って、走っていく。
審判の方は、わちゃわちゃしている。
自分たちの目の届く範囲から『最強』の二人が居なくなったのだから。
「これって......どうするんです?」
神橋が訊く。
「どうするもなにも、ついて行くしかないだろ!? あぁ、もう! 先に行くぞ!」
デンマークの審判が駆け出す。
「ちょっ、待ってくださいよ〜!」
神橋は情けない声を上げて、走った。
ルウェットがあるホテルの中へ入ると、轟道も同じように入っていった。
(ルウェット......なにをする気だ? 戦闘を長引かせるつもりか?)
ルウェットは階段を上がり、そのまま、真っ直ぐ進んだ後、廊下の右角を曲がった。
置いていかれぬよう、轟道も角をカーブしようとした......しかし、その角からルウェットが現れる。
「戦争に卑怯もクソもねぇんだよ!」
彼は一瞬にして、不意打ちの袈裟斬りを仕掛ける。
(くっ......防御が浅いか! なら......)
轟道が槍の防御を割って入らせるものの、急過ぎたあまり、パルチザンを通らせてしまう。
気付いた時には、轟道はバッサリと左胸から右側の骨盤辺りまで斬られていた。
「ぐはっ......!」
轟道が血を滝のように流すと、力は徐々に抜けていく。
その傷は浅くなかった。
意識が蒙昧とする中、全てがスローに見える。
(ミスター轟道......楽しかったぜ)
そのまま、轟道は、ゆっくりと大の字の状態で倒れる......かと思われた。
「うあ......」
しかし、轟道がまるでゾンビのように起き上がってきたのだ。
「おいおい、マジかよ......!?」
その声には、喜びにも似たものが混じっていた。
(こいつ、あの状況で半歩引いてやがったな!)
ルウェットは傷の跡を見て、そう判断付ける。
「滅多にない強者との闘いだ。どんな傷でも、倒れようとはならんだろう」
そういう、轟道の傷は致命のものである。
まず、立っていることすら、奇跡に等しいのだ。
「立ち上がったところで無駄ってことを思い知らせてやるよ」
ルウェットは狂気的な笑みで轟道との闘いを今か今かと待ちわびている。
「見せてやるさ、俺の武術の真骨頂をな」
二人の決着は、もうすぐだ......