ジゴクの門
(マエン......成長したな)
タイの審判はマエンにムエタイを指導した、いわば、コーチである。
元から武才があり若手のプロになれたとはいえ、お前の戦績は......平凡だった。
勝率四割、良くて五割。
若手にしては凄い方だが、それでも上位には届こうはずもなかった。
いつ、なにが、どうして、お前をそうしたのだ?
その答えは......なにも彼を変えていない。
ただ、一つ言うのならば、自分を越えようという意志、それだけだろう。
そんなマエンは強すぎるあまり......ムエタイ協会から追放される。
そして、ムエタイの歴史上からもいつからか、消え去っていった。
(ファニーン・リスタンよ。あなたは今回の試合、自分の方が優勢......最低でも五分だと付け上がっているのだろうが......真の地獄はここからだ)
コーチの考え通り、現在、マエンの体は出来上がってきていた。
今までのが、ウォーミングアップといわんばかりに......
あの時、リスタンは軽く跳んで見せた。
しかし、それはただの現状回避......次への対応は難しくなる。
瞬間、マエンが意識を消し飛ばすほどの拳を繰り出す。
それをリスタンは回避しようとするが、それでも脇に掠る。
立て続けにマエンが膝蹴りを突き刺そうとする。
流石にまずいと感じたリスタンが弓を前に衝撃を和らげようとするも、弓ごと肋骨が破壊された。
「グブッゥ!」
リスタンは悶絶しながら、血をばら撒きながら、後ろへ回転、そのまま、遠くへ飛んでいく。
それでも、壊れた弓を草で繋ぎ止めようとするが、その瞬間、草に手が通り抜ける。
そう、これはランプの魔人のようななんでも実現出来る場所ではない......中身はただの機械なのだ。
感触は伝わるのに、実物は存在しない。
それがリスタンの不利な場面をより悪化させる。
しかし、彼は意地っ張りだった。
(武人としては......敗けなのだろうな。だが!)
リスタンが弓を捨て、矢を投げ飛ばすと、マエンの懐に入り込む。
「近接で俺に挑むか......無謀だ」
先程までほとばしっていた目は、いつもの冷たい目へと成り代わっていた。
リスタンだって、そんなこと分かっている。
しかし......一人の男として! 一人の親として! 子の前だけでも格好付けたいのだ......
「ふんっ!」
リスタンが左で大地を蹴り、その勢いのまま、相手の胴まで蹴ろうとしていた。
あともう少しで入ると思ったその瞬間......
リスタンの脚に合わせるようマエンは右の膝を飛ばし、容赦なく粉々にする。
「グォォォォ!」
次に来るのは、右拳。
左で掴んで破壊。
「グゥ!」
その次は、矢を持った状態での左拳。
肩に肘を落として再起不能。
「アガッ......ウオオオオォ!」
最後は全ての力を振り絞った頭突き。
後退ざまに脚を振り上げて、踵落としで頭ごと地面に墜落させる。
空は青々としていたのに、リスタンの視界には一条の光さえ許さぬ闇が広がっていた。
(勝てないことは分かっていた......だが、ここまで......神よ......これもまた儂の運命なのか? そうならば、なんて残酷な......運命......)
リスタンの意識が飛ぶ。
見事なまでに尊厳破壊。
完膚なきまでに圧倒的。
これが『大砲』マエン・グウトだ。
重い過去、父の想いなんぞ彼の前では意味を為さない。
「しょ、勝者......『タイ最強』マエン・グウト......」
ゲレルは狼狽していた。
無敵かと思われた父が、最後なにも出来ずに負けたのだから。
その時、
「なにも出来なかった? ......違うな。リスタンは最後の最後まで......いや、倒れた今においても戦士を貫き続けている」
マエンはそう言うと、ゲレルの肩を軽く叩いた。
負けていても拾われてから、憧れ、焦がれ、追いかけてきた父の背中のままなのだとゲレルは涙した......
かくして、二人の闘いの灯火は鎮まったのである。
------その頃。
『中国最強』載 万祝と『インド最強』バブエ・カルダットが万里の長城で向かい合っていた。
(慢心は......ない!)
万祝は赤い中国服で身を包み、前よりも穏やかな表情でバブエに構えた。
(インド三〇〇〇年と中国四〇〇〇年......一体、どうなることやら......)
一方、バブエは橙色の袈裟を纏い、仏のような顔で目を閉じ続けている。
中国審判の王とインド審判のアショクが固唾を呑んで見守る。
武術大国VS武術大国。
どちらかが勝利すれば、シン世界の『最強たち』からの価値観が変動することになる。
鎮火してなお、闘いの火蓋が斬って落とされようとしていた......




