ロウ獪
ここはモンゴル、どこかの草原。
のどかで......広大で......自然の自然な美しさというべきか、なにもないのにダイヤモンドより綺麗に思える。
そこに『最強』の二人が相見える。
「初めましてだな、『大砲』?」
リスタンが弓を右手に持ち、マエンへ話しかけた。
「初めまして、マエン・グウトだ。出来れば、こっちの方で呼んでもらえると嬉しい。なぁ? 『一発百中の弓士』ファニーン・リスタン」
その時、マエンの闘気が凄まじく燃え上がる。
(強さはAと言ったところだが、一発放てば、百箇所の的を射れる技量......楽しみだ)
そして、二人が定位置に着くと、タイの審判が前に出る。
「ビッグネームの二人、名を言うまでもない。モンゴルとタイの名誉にかけて闘ってくれることを望みます。それでは......始めぃ!」
その掛け声と同時、リスタンが弓を構える。
もう、矢は装填済みだ。
(銃とは違い、ある程度、軌道転換が出来るとはいえ、放った直後に移動すれば問題ない)
マエンは思考通りに矢が弓から離れる瞬間を狙って、右へ横っ飛びをする。
しかし......矢は眼前まで付いてきていた。
「ほう」
マエンが迷わず、右腕で矢を受ける。
休む暇もなく、リスタンの放った二と三の矢が左右同時に到達する。
マエンは脚でブレーキをかけ、舞のような動きで二本を流す。
(この技量と手数......脅威が過ぎる)
このままでは後手に回ると『判断』したマエンがリスタンとの間を消す。
しかし、それでもリスタンは弦を緩めるどころか、焦ることすらない。
獲物が目の前に来ているというのにだ。
マエンが右拳を出そうとした......その時。
リスタンの手から矢が発射される。
矢と顔の距離は一メートルもない。
瞬間的にマエンが右の手のひらで防ぐ。
すると、リスタンが革の長靴を纏わせた足先でマエンの脚を蹴る。
鈍い音とともにマエンが半歩下がる。
(鉄板入りか......! だが......)
「もう、間合いだぞ」
マエンがほんのわずかな助走でトップスピードを繰り出すと、強烈な左肘を飛ばす。
リスタンはギリギリのバックステップで回避し、弓に矢を補填する。
(一通りやって見た感じ、注意すべき点は三つか。一つ、矢の角度を変える自由性と技術。二つ、敵が目の前にいても怯まない精神と『集中力』。三つ、攻撃を繋げることの出来る回避)
マエンはこの数十秒でリスタンの性質を見抜いていた。
(あの肘......貰えば敗北に繋がるな。いや、どの攻撃でもそうか。やはり......)
「天才は嫌いだ」
リスタンは不規則な軌道で三本ほど弓から離す。
マエンがその矢の軌道を指先で逸らして、なんとかやり過ごす。
「天才? 違うな。確かに俺には武才があった。だがな、才能だけじゃ乗り越えられない壁を知り、今の俺がある。天才とは俺より圧倒的な才能を持つ者のことを言う」
そう言ったマエンはどこか悲しげな目をしていた。
「すまん、言い方を変えよう。儂はお前が嫌いだ」
リスタンが展開した矢は四方向に弾け飛び、マエンの死角をなくしていた。
「奇遇だな、俺もだ」
マエンはその全方位狙撃に対して、下の矢を踏み潰し、その勢いのままのスライディングで避けて見せた。
そして、突如、マエンが突き出したのはコンパクトに包み込んだ右アッパーだ。
(喰らえば即死だな)
その突き上げを容易にリスタンは躱すも、マエンが追撃に左脚での蹴りを敢行する。
避けた先でのこの一撃は流石に対応出来ないようで、リスタンはボディに入る前に右脚を上げて盾にする。
当たった瞬間、衝撃でリスタンが吹っ飛ぶ。
(鉄っぽいとか、鉄のようだとかではない! あの脚は鉄だ......!)
そう言わしめるマエンの肉体はどれほどなのだろうか。
リスタンの右脚が少し揺れているように見えた。
しかし、リスタンの弓には揺らぐことのない信念が宿っていた......
ファニーン・リスタン。
ある部族の生まれである。
のどかな集落で平和に過ごせた少年時代だった。
だが、ある日。
武装集団と集落の人々のいざこざがあり、相手側は遂に武力による鎮圧が開始された。
大抵の者共は自分可愛さのために家族や友達、恋人さえも見捨て、逃げていく。
それはリスタンが知っている姿とは似もしなかった。
勇敢に立ち向かう者もいたが、最新武器 対 古代武器......勝敗は明確だ。
たった数時間で武装集団は部族を壊滅させる。
しかし、そこの戦士が身を呈してリスタンを守ってくれたおかげで敵は見落とし、生き残ることが出来た。
それから、リスタンは誰も信用できずに孤独に包まれた生活をし、数十年が経過する。
そんな中でも、彼は弓の練習だけは怠らなかった。
あの武装集団に復讐を......いや、自分の強さを形創るために。
ただ、どんな気の代わりようか、ある時に一人の孤児を拾い上げ、息子として可愛がり立派な男に育て上げた。
現モンゴル審判リスタニン・ゲレルである。
モンゴル『最強』として、ひいては一人の父親として絶対に負けられない闘いなのだ。
(あの時、オヨーンよ。見ていろ、これがお前の父だ!)
その時、リスタンが目を閉じながら、弓を前に突き出すと、弓弦に矢を番え、正確に着実に、そして豪快に射る。
この一射はまっすぐに進み続けるという単純な命令しか込められておらず、ただ、自分の身に任せて放たれた。
その結果、今までにないほどの貫通力と速度を得た!
マエンは反射神経で右腕を出すも、それは肉と骨の壁を貫いて、胸にまで至る。
「信念の具現化された矢......か。凄まじいが、唯一タイミングだけ惜しい!」
一瞬でマエンが距離を蒸発させると、リスタンが避けることを予測して後ろに回り込んだ。
(なっ!)
危険を察知したリスタンが矢を数十本掴み矢尻がマエンに向くよう、胸の前に置く。
瞬間............マエンの左肘がみぞおちドンピシャに突き刺さる。
矢を全て破壊し、そのままリスタンを吹き飛ばす。
これをまともに貰えば、息をしているかも怪しい。
しかし、矢を代償にリスタンの生存とマエンの左肘を犠牲にしたという二つの朗報を手にした。
(あの状況で左がまだ死んでいないというのか......!!! やはり......)
(あの状況でも半歩引くか.......!!! つくづく......)
二人の思考が交錯する。
((『最強』!!!!!))
彼らの思いは拮抗していた。
ならば、実力も......とはならぬのが、常。
マエンがヒートアップするより前に右手のひらの矢を引っこ抜き、左から無謀にも投げつけた。
(素手でここまでの速度を出せるとはな。だが、儂を嘗めるな、若造......! ......ん?)
リスタンが異変に気付く。
マエンは投げた矢の速度を追い、リスタンに二段構えの動きを見せる。
「嘗めんなって顔してんな? お前こそ嘗めるなよ、老耄......!」
まず、マエンの攻撃を躱そうとするリスタンを横目にマエンが予想外にも矢を左で掴み、そのまま、突き刺す形で仕掛ける。
すると、それ以上にリスタンが予想外の動きをした!
直後、マエンの視界からリスタンが消える。
(光が隠れた......上か!)
マエンが向く前に右腕を上へかざすと同じくして、三本の矢が彼の肉を蝕んだ。
「お前はビックリ人間か?」
これは予想通りにリスタンは跳躍して、上へ居た。
ただ、マエンの余裕な表情は未だ崩れず......




