タイの殴り合い
ボッフは白いベッドでぐっすりと寝ていた。
その姿はまるで子供のようだ。
すると、ボッフがなにかに気付き、むくっと起き上がる。
「ん? ......あ、ダズやんか」
「ボッフさん、体調どうですか?」
ダズやんがドアから巨体を見せて、そう訊く。
「元気だよ......? ふわぁぁぁぁ〜......」
朝に弱いのだろう、喋りがぼやぼやとしている。
「ボッフさんの好きなプレッツェル作ってきましたから、どうぞ食べてください。やっぱり、塩気は欲しいでしょう」
ダズやんの作ったプレッツェルには塩が練り込まれていた。
「ありがとう......」
ボッフはゆっくりと手に取って一口かじる。
「やっぱり、ダズやんの料理はうめぇや.......!」
病院食が相当味気なかったのだろう、ボッフが涙を溜める。
その時、廊下から騒がしい声が聞こえた。
「まだ、体は完全に治っておりません! それに傷が広がってしまう可能性もありますから、早く病室に戻ってください!」
看護師の声と四つほどの足音が入り乱れる。
「大丈夫だ。そこまで時間は要さん」
このドスの効いた声は......と両者が思った際、ボッフの病室のドアがやかましいほどに開けられる。
「よう、ボッフ。元気だったか?」
進世界に大人しくドアを開ける『最強』はいないのだろうか?
顔を覗かせるグリロエは点滴という枷が付けられていた。
「あんたは......元気そうじゃないな」
「あ? 元気だわ! 今からでも戦闘出来るぜ? うっ」
グリロエは貧血で倒れそうだ。
「いや、無理だろ」
「こんな程度で倒れると思うなよ? こんなの......オオスズメバチに十回刺されたみたいなもんだ」
「それ結構、致命傷じゃない?」
「まぁ......そこは置いといてだ。今日はお前に話したいことがあって来たんだ」
グリロエは急にかしこまったような言い方をする。
「この前の試合、申し訳ないことをした! 自分を制御出来ずに......最悪、お前を殺すところだった! すまん!」
グリロエが頭を下げる。
「謝ることないでしょ、これは戦争だぜ? いつ死んでもいいって心に誓って俺はいるんだ。殺されたって、あんたみたいな偉大な奴なら光栄だな!」
ボッフはそれを笑って流した。
「そうか......そうだな。じゃあ、この後、ピザでも喰いに行くか!」
「実は悔やんでねぇだろ......!」
「それより、二人とも安静にしてくださーーーーーーーい!」
病院は騒がしい場所という意味なのだろう。
この後、リテロが三人を叱った。
------トレーニングルームにて。
上裸のマエン・グウトはリングに上がっていた。
対戦相手はレバノン共和国のエミール。
黒髪に無精髭を生やす彼はキザな態度でマエンを舐め回すように見る。
「これが、あの『大砲』ね......僕ちゃんより弱そうだ」
エミールは舌を出して挑発する。
「B+......お前に興味はない」
すると、瞬間、マエンの膝が跳ね上がり、エミールのみぞおちを貫いた。
「ガァッ!?」
エミールは一発でKOされる。
「ウォーミングアップにもならん」
マエンがこの場を去ろうとすると、一人、リングに上がる者がいた。
「誰だ? ん......」
「対戦求めるよ」
その者は『中国最強』載 万祝だった。
「ほう、面白くなりそうだ」
マエンは振り返り、万祝の目の前に来る。
最初に動き出したのは......万祝!
万祝がアッパーさながら拳を突き上げる。
「ふん」
マエンはその打撃を避けると同時に蹴りを繰り出す。
(速い!)
万祝は腕を交互にして受けた。
打の衝撃は予想以上に響く。
しかし、万祝は体を回転させて威力を抑える。
「やはり、見込み通り、そこら辺とは違う」
マエンはステージの端へ行くと、ロープの反動を利用して、折りたたんだ肘を放つ。
(ムウのあの打撃......いや、それ以上か!)
万祝はスライディングざまに躱すと、立ち上がって、後ろ回し蹴りを出した。
マエンはというと、肘を解いて、背中を向けたまま万祝の脚を掴む。
(嘘だろう......!)
万祝は抜け出そうとするも、足先故に外すのは困難だ。
「俺を肘・膝だけが取り柄の奴だと思ったか? なんと浅はかな......ムエタイを嘗めるなよ」
その感情は冷たく、そして、怒っている。
すると、マエンが後ろに体を向けながら、片手で万祝を落雷の如く、リングへ投げ落とす。
万祝は咄嗟に両手を頭に回して防ぐと、すぐに体勢を戻した。
「すごいね、未だに攻撃が入らない......」
「いや、これは俺の有利なステージ故だ。実戦ならば、もう少し手間がかかっていただろう」
マエンが発する言葉は謙遜でも、驕りでもなく、事実を淡々と告げているだけだ。
この後、二人の闘いが激化する......と思われたが、
「おい、マエン。そろそろ、時間だ」
一人、黒髪の屈強な老審判が声をかけて戦闘を止めさせる。
「......名残惜しいが、次に会ったら、またやろう」
マエンは戦意を消し、その審判と一緒にここを出る。
(あれが『タイ最強』......載一族の代表として......タイは倒しておきたいな)
万祝は洒落を考えてる暇のあるほど前より余裕がある。
今なら、ムウに再戦しても勝てるかもしれない。
------一方、モンゴルの方では。
白髪に民族独特の装束を着付けた老体の士が弓を引く。
彼、『モンゴル最強』ファニーン・リスタンである。
見た通り、得手とするは弓。
弓矢は一発ならば銃と同等、いや、それ以上に殺傷力のある武器のため、禁止にされるはずだった。
しかし、銃と違い、弾のリロードと発射に時間と力がいるという点で弱体化のみで済まされた。
矢先はまるで錆だらけ包丁のようにボロボロで、射抜く武器から、刺す武器となる。
「お父さん。あなたに敵う者はおりません。今回だって、きっと無傷でことを運ぶでしょうね」
話しかけるのはモンゴルの審判......リスタンの息子だ。
「確かにここへ来て、六回試合を行い、全勝した......とはいえ、油断出来るものではない。なにごとにも警戒はしておくべきだ」
リスタンは言い終わると、数本の矢を飛ばした。
その先は的だったが全て、寸分の狂いもなく、ど真ん中を撃ち抜いていた。
そのため、矢が矢を刺す連鎖が繰り返されている。
こう見れば、一種の芸術だ。
この正確無比の弾道......アーチェリーのプロ選手ですら難儀だろう。
「あなたには、もっと自信を持って頂きたいですね」
審判は頭を悩ませていた。
「だがな、明日の相手は前の六人とは比べ物にならないだろう。あの『大砲』だぞ? 武のジャンルが違えど、名を知らぬ者はいない怪物だ」
しかし、そういうリスタンの目は先を見据えている。
若き技巧派マエン・グウトVS老いし技巧派ファニーン・リスタン......タイとモンゴル、打と射、力と経験、これはそういう闘い!
勝者は誰だ!?
両雄の激しき争い、いざ始まる!




