グリロエの恐怖
ドイツ、ローテンブルク......カラフルな街並みは辺りを心から明るくし、頑丈な城壁は人々の不安を跳ね返す。
そんな『中世の宝石箱』とまで呼ばれた場所に二人の『最強』が向かい合う......はずだった。
ドイツ陣営のボッフ・ステラとダズやんは、かれこれ一〇分ぐらい待っていた。
「アメリカの野郎ども、遅いですね」
ダズやんは腹を立てて、足を鳴らす。
「時間なんて関係ないな! 俺は満足な闘いさえ出来れば、それで良い!」
ボッフは明らかに類を見ないほどの戦闘狂だ。
ボッフが両の拳を打ち付ける。
すると、入口の方から足音が聞こえてきた。
「おっと、すまん。このシェイクが美味しくてな」
音の主はストローに口を付けて、シェイクを飲むグリロエ・ジョーズとその審判だった。
(こいつ......ナメてんのか?)
ダズやんが喧嘩腰で話しかけようとした時、ボッフが前に出る。
「いや、問題ないぜ! それよりも......あんたは俺を楽しませてくれんのかい?」
ボッフの声はワクワクに染まっている。
「果たして......楽しむ余裕があるかどうか......君が相手をするのは神なのだから」
グリロエの圧はこの場の物を全て押し潰さんとしていた。
「ふっ、流石だ。よし、ダズやん、コール頼む」
ボッフが合図すると、ダズやんは頷く。
「これより、ドイツ、ローテンブルクにて。『ドイツ最強』ボッフ・ステラ対『アメリカ最強』グリロエ・ジョーズを始めます。それでは始めぃ!」
また、いつものように攻撃し合う......と思った矢先、とんでもない光景が目に入る。
(なにしてんすか、ボッフさん!)
二人が親しげに街へ駆り出たのだ。
まるで親友かのように。
「ふむ、なんと素晴らしい門と壁か。銃弾は軽く弾けるな」
グリロエは戦場的な視点で見ていた。
「そうだろ? この門、俺のお気に入りなんだ。ま、あんたならぶち破れそうだが」
ボッフの目がぎろりとグリロエの方を向く。
「どうだかな」
グリロエが答えを濁す。
二人は静かに門を潜ると、また歩き出した。
(なんだこの展開! ついて行けないぞ!)
ダズやんと無口のアメリカ審判が『最強たち』の後を追う。
そこから数分の時が流れる。
(やっと止まった......?)
ダズやんが辺りを見渡す。
止まったと思われた二人が入っていったのは、地域ならではのコーヒー店だった。
審判も続いてドアを開けて、中へ入る。
そのコーヒー店に取り繕ってあるのは内装だけで、肝心なコーヒーなどの食品は見当たらない。
「流石になにもないか......もしかしたらって思ったんだけど」
ボッフは残念そうに頭を掻く。
「それは残念なことだが、ちと訊きたいことがある......お互い好きなコーヒーを言おうじゃないか。親睦を深め合おう」
グリロエが妙な提案をする。
せーの。
「粗挽きのブラックコーヒー」
「極細挽きのミルク砂糖入りコーヒー」
前者はボッフ、後者はグリロエである。
「気が合わんな!!!」
グリロエが怒りのままに拳を振るう。
「こっちのセリフだね!」
ボッフもグリロエに合わせて、拳を放つ。
ここからが闘いのようだ。
なぜ今なのかって?
それはグリロエとボッフの実力が拮抗し過ぎているからである。
先程までの二人はともども、隙......あるいはきっかけが欲しかったのだ。
突如、互いの頬が爆ぜる。
「パワーなら負けんぞ」
グリロエはその拳の交流に打ち勝ってみせた。
その衝撃で吹き飛ばされたボッフが店の壁を破壊する。
「いいね、いいねえ! これだから、戦闘は楽しいんだあ!!!」
ボッフが立ち込める建材の粉末を利用し、グリロエに気づかれぬまま近づくと、拳の振り下ろしを繰り出す。
「うおっ」
グリロエは反応出来ずにモロに受けて、地面へ転がる。
その時、店の壁が傾き始める。
「ちょっと、乱暴に行くぜえ!」
ボッフはダズやんとアメリカの審判の襟を掴んだ状態で外へ飛び出た。
それと同時にコーヒー店が崩壊する。
今頃、グリロエは瓦礫の下だ。
「やられ......ましたかね」
ダズやんはそう考える。
「『アメリカ最強』がそんな簡単にくたばるかよ!」
ボッフの目はギラギラと獲物をただ見つめている。
彼の予想......いや、期待通りにグリロエは瓦礫をただ腕力で粉砕し、立ち上がってきた。
(打撃と瓦礫を素で貰った姿だと言うのに、ダメージをまるで感じない!)
流石、戦場を渡り歩いてきた男、その圧は別次元だ。
「この服装はダメだな。明らかに着てくるべきではなかった」
そう言うと、グリロエは漆黒に染まる高級な服を素手でブチブチと破っていく。
そこから現れたのは金剛の如き、肉体。
彫像と言われても違和感などない。
(これじゃ、まるで狐の威を借る虎じゃないか!)
ボッフは彼の筋肉の厚みに敬意と恐怖を覚えた。
「お返しだ」
グリロエが石タイルの床を蹴り抜くと、黒々とした銃を振り下ろす。
自暴自棄になったと誰もが思った、その時、ボッフの右肩から腰まで真っ直ぐ、そして、浅く斬られた。
「聞いたことはあったけど、実物を見るのは初めてだ。確か、銃剣......だったかな?」
銃剣とは世界大戦の時代にて多用されていた武器で、銃の先端に刃があることでそう名付けられた。
現在においても特殊な状況下で使うと言われている。
「YES。これは昔からの相棒でな。弾丸が出せずとも、剣の攻撃は慣れている」
見えづらくするために刃も黒で染まっていた。
「一撃は重いだろうけど、当たらなければ、どうということはねえ!」
ボッフが前へ加速し、グリロエの腕を取ろうとする。
「おっと、触らせるかよ。お前のことは事前に知っているからな」
グリロエは嫌な汗を流しながら、避けに徹する。
「そうかい!」
だったらと、ボッフが接近気味に右回し蹴りを発した。
(切り替えが速い)
グリロエは冷静に状況を見計らい、攻撃の寸前に距離を取る。
「お前に近づかなければ、俺の勝ちが揺らぐことはない。だよな? 『柔術史上最強』さん」
柔術......?
前にもそんな者がいたような......
そう、ブラジリアン柔術の使い手ムウ・リーディである。
しかし、このボッフ・ステラが使う柔術は、また違った。その名も『ヨーロピアン柔術』......
ボッフ・ステラは都市部の比較的裕福な家に生まれ、戦争とは無縁の平穏な生活を送っていた。
そんなある日、当時の巨大ギャングに家を襲われてしまい、家族が全員殺されたのだ。
生まれて一三で施設に入り、恨みと怒りを募らせていた。
だが、巨大ギャングは特殊部隊の尽力もあって解体。
その事実はボッフの心をより蝕んだ。
憤怒・怨嗟・悲哀・やるせなさ、それら全てをぶつけれるようなものを探していたのだろう。
その時、目に入ったのはヨーロピアン柔術の道場であった。
彼は入ったばかりなのにも関わらず、プロ級に進出し、数々のメダルを獲得していった。
ボッフ・ステラは『天童』だとか『天才』だとか揶揄されていたが、そんなんじゃない。
ボッフには武の才能なんか無かった。
しかし、スポーツにおいて、なにかを背負うことは才能を越える力になりうるのだ。
ボッフを一言で表すなら......努力の権化。
「すまねえけど、俺、その異名好きじゃねえんだわ!!!」
突如、ボッフが家の壁を利用して、グリロエへ跳ねる。
「勝手に死ぬといい」
防御としてグリロエは銃剣を突き出す。
しかし、ボッフが銃剣の刃を右手で掴む。
「掴んだあ」
手から血が垂れるが、それがボッフの戦闘狂を加速させる。
そして、腕を引に、銃ごとグリロエを動かすと、拳を硬くして放つ。
その拳をまたもやグリロエは防御なしで受ける。
「良いパンチだが......軽い」
(やはり、得手は柔術のみか)
グリロエが鼻血を出しながら、ほくそ笑んだ。
続けて、流れるように、彼は拳を振るう。
「力なんか要らねえな」
ボッフがそう言うと、銃剣を軸にしてグリロエの天地を逆転させる。
これは......合気道の型だ。
(おっと、これは予想外!)
グリロエの体は勢いよく、石タイルに叩きつけられる。
そこからは一方的だった。
ボッフがマウントの姿勢を取ると、軽いと言われた拳の乱打を繰り出す。
グリロエは無抵抗だ。
もう意識を手放しているのだろうか。
(時期は熟していない、もう少しの辛抱だ)
否、グリロエは時が来るまでじっと潜んでいたのだ。
まるで獲物を捕らえようとするワニのように。
ある程度の時間が経ち、ボッフは再度放つために拳を戻した......その瞬間、グリロエが銃剣の刃を掴み、ボディ部分でボッフの頭を撃つ。
「ガハッッッッ......」
とてつもない衝突音とともにボッフがよろけ、
(なんだ......こりゃ)
数刻もしないうちに仰向けで倒れた。
ボッフ、敗北か......?




