シン戦力
「ぬ......体が動かん」
目を開けた轟道はベッドに寝かされ、体中に注射器が打たれていた。
「あ、本当に起きましたね」
神橋が椅子に座って、轟道を見やる。
「君さ、私をなんだと思ってるわけ? 一応、医者なんだけど」
そこにはクマまみれのリテロもいた。
「その一応っていうのが怖いんですよ」
神橋は呆れたように言った。
「確かに轟道の体で実験はしたけどさ、それはどれも轟道のためだ。悪気はない......」
リテロはやつれており、今にも倒れそうだ。
「ちょっとすまん、体が言うことを聞かんのだが」
「あー、気にしないでいいよ。手術で血の入れ替わりが激しかったからね。当然の副作用と言っていい」
「あい分かった」
よく見てみれば轟道の斬り取られた耳は繋がっており、ちゃんと治療をしてくれた跡が見受けられる。
「正直さ、舐めてたわけじゃないんだけど、あそこまでボコボコにされるとは思ってなかったな」
リテロが話題を変える。
「流石にな、医者に負けるはずないだろう?」
「その通りかもね。あの場にとって私は場違いだっただろう」
「場違い? 誰がそんなこと言った。『最強』って言うのは誰でもなれる権利がある。例え国王でも乞食でも......医者でもな。自分のやりたいことを好きにすればいい」
「......有難い言葉だ。ちょっとだけ勇気が出たよ」
そう言いながら、リテロは冷静に轟道の注射器を抜いて、グササッと次々に新しいものを刺していく。
「容赦ねぇ......」
その姿に神橋は恐怖を抱いた。
「まぁ、そうじゃないと仕事出来ないからね〜」
リテロが正論をぶちかます。
すると、その部屋の扉が勢い良く開いた。
「お邪魔するぜぇ」
それは手土産に果物類を持ってきたルウェットだった。
「ルウェットか!」
轟道は寝た状態ながらも声を張り上げる。
「いや〜。ミスター轟道、今回も勝利を掴んだようだな。ま、当然と言えば当然か。俺が見込んだ男なんだ、そう易々と負けてもらっちゃ困る」
その表情はどこか嬉しげだった。
「ルウェットって......デンマークの!?」
「ん? そうだが」
「昔、色々なデータを探してた時があってね、君の軍人時代の体力測定を見たんだよ! あれは度肝を抜かれたね! 一〇〇メートル走を8.46で走れる人類がいるなんて!」
リテロは鼻息を荒らげる。
「あぁ、それか。俺からすれば黒歴史ものだよ。今はもっと速いからな」
「もっと!? 具体的には!?」
「えっと......六秒ぐらい?」
ギネスを大幅に越えている記録を軽く言った。
「ぜひ、研究させてくれ! 君の全てを知りたい!」
「うわっ、なんなんだ、こいつ!?」
「狂った医者ですよ、ルウェットさん」
神橋はこの状況を見守るしかなかった......
------一方、ブルネイ代表チームの部屋では。
「ファグル社長、リテロさんが敗れたそうですね」
ラフマンが気難しそうにそう言う。
「そうか。リテロには期待はしていたが、しょうがないっちゃしょうがないだろう。逆にあそこまでやれたことを褒めてやりたいさ」
ファグルの顔が揺らぐことはない。
「確かにそうですね......というか、社長? なにをしていらっしゃるんです」
「今回新しく来る四人のことを知っておきたくてね、自分の情報網から探っていたところだ」
ファグルは汗をかきながら、一生懸命にパソコンを操作していた。
「中々なメンバーだな......」
「なにか分かったんですか?」
「ああ、四人ともな。化け物揃いだから心して聞けよ?」
一人目、『カナダ最強』の『雹鬼』エス・F・テータ。
今におけるシン世界での唯一の女性選手。
だが、その実力は本物で激戦区の場所に軍人として配属された時、一人で精鋭部隊を崩壊させた。
武器は大抵のものを使え、どの武器であっても、彼女に右に出る者はいないそうだ。
二人目、『アメリカ最強』の『軍神』グロリエ・ジョーズ。
一人目と同じ軍人繋がりだが、今は辞めている。
とはいえ、十年前に前線へ立った際、エスの比じゃないほど隊を殲滅したらしい。
その強さは彼一人を倒す為だけに組み込まれた部隊もあったほど......しかし、グロリエ特化部隊でさえもグロリエに傷を付けることは叶わなかった。
三人目、『タイ最強』の『大砲』マエン・グウト。
タイでのムエタイチャンピオンで十連覇を果たし、出禁を喰らっている。
『大砲』の由来はその五体からなる肘と膝による攻撃、威力が高すぎて、一発貰うだけでも選手生命が終わるんだと。
四人目、情報を見たところこいつが一番ヤバいから最後に回した。
『ハンガリー最強』の『名狩り』ヴェイネル・ジェルジ。
今まで異名を持った者たちを一〇〇〇人以上、倒してきた化け物だ。
その標的はスポーツ選手から格闘技、軍人に至るまで様々で、一回も負けたことがない。
「まぁ、ヴェイネルだけじゃなく全員やばいんだがな」
ファグルは静かに体を強ばらせていた。
この戦争の歯車が今、動き出したことにファグルだけが気づいたのだ。
------どこかのカフェにて。
もうその四人は上陸していた。
このうちの一人、グリロエ・ジョーズは明日、ドイツと戦争をする。
そうと言うのに、グリロエはまったりとコーヒーを飲んでいた。
荒れた黒い髪に硬そうな無精髭、やけに広い肩幅、高級な黒いキラキラした服装、そんな特徴を持つ彼だが、一つだけ違和感がある。
シン世界では軍人以外の者の銃火器使用は禁止されている。
しかし、グリロエはなぜか、黒いボディの銃を椅子に掛けていた。
「ふぅ......やはり、コーヒーは落ち着く。コーヒーの神には感謝せねば」
《君は神を信じるのかね? 意外だな》
その声はパソコンから流れ出ている。
声の持ち主はアメリカの大統領だ。
「信じる云々ではなく、いるじゃないですか。俺という神が」
そうグロリエ・ジョーズ、この男の二つ名は『軍神』、現役を退いてもなお、神なのだ。
《確かにそうだ。それはそうと、君には......期待しているよ》
大統領の顔は見えないが、相当悪い顔をしているに違いない。
------あるジムにて。
「おいおい、あれ見てみろよ」
非番の軍人が指差す方向にいたのはツルッツルの頭から下の筋肉がとんでもない男だった。
「なんだありゃ、どこの『最強』だ?」
しかし、そのすぐに彼らの斜め上の出来事が起きる。
「ダズやん! 明日の審判は頼むぜ!」
金髪に褐色肌を合わせ持つ男だった。
その男はダズやんと呼ばれた者よりも小柄で筋力もそこまでだろう。
どこか、その見た目は『ブラジル最強』のムウ・リーディを彷彿とさせる。
「ボッフさん、もちろんですよ」
ダズやんはボッフ......ボッフ・ステラに完全服従していた。
(あんな小柄であの巨体の男よりも強いというのか......!?)
軍人二人は驚きをかき消すなど出来そうはずもなかった。
「ここに来て初の戦闘!!! 面白いじゃねーか!!!」
ボッフ・ステラの闘気は瞬く間に燃え広がる。
この闘い、誰も想像出来ない方向に進むことになるだろう。
------ある路地裏にて。
マエン・グウトは黒の短髪に褐色肌、凛々しい顔立ちに赤シャツを持ち合わせて、路地裏を歩いていた。
「誰だ?」
マエンが後ろを振り返る。
そこには焦げ茶色の髪から悪人相が見え隠れする男、ヴェイネル・ジェルジがいた。
「『大砲』のマエンだな? 俺は貴様の名を狩りに来た者だ」
ヴェイネルは淡々と告げる。
「ちょっとは場所を選んで欲しいものだな」
マエンは焦ることなく、来ている赤シャツを破り捨て、選手としての姿を顕にする。
「大通りで負けたら示しがつかんだろう? だから、俺なりには譲歩した方だ」
ヴェイネルは身に付けている数多の貴金属のアクセサリーをジャラジャラと言わせながら、不敵な笑みを顔に貼り付ける。
「そうか。消し飛ぶといい」
マエンが高速の右ジャブを繰り出す。
しかし、ヴェイネルは攻撃が通り抜けたかのような突進を見せる。
「終わりだな」
そして、ヴェイネルがマエンの左から貴金属を纏わせた左拳で殴りつける。
ヴェイネルの拳がマエンの顔面を打ち砕いた。
と思った、その時。
ヴェイネルの顎にマエンの右肘が突き刺さっていた。
突如、ヴェイネルがコンクリートの壁に打ち付けられる。
(な、なにが起きた......!?)
ヴェイネル当人でさえ、理解が及ばなかった。
「どうした? 俺の名を狩るのだろう?」
マエンの言葉を聞いたヴェイネルはひどく狼狽した。
「ぐぅぅくっふぉ! ふぃね!」
顎が破壊されたヴェイネルがイカれた踏み込みを見せる。
それでも、マエンは冷静にヴェイネルの両腕を取ると、膝蹴りをみぞおちに喰らわした。
すると、ヴェイネルの肋骨は全て崩壊、その他臓器にも被害が発生し、ヴェイネルはその場に倒れ込んだ。
「俺は物事にはランクをつけておきたい質でな。うじゃうじゃいる『最強』どもはB、お前はA-、他の強い『最強』たちはA+、俺は......Sだ」
マエンはそう言い残し、この場を去った。
世界の均衡は崩れようとしていた。




