ヤ叉
轟道は若かりし頃を思い出していた。
今のように白髪がなく、今よりも若い姿で木の棒を振り続け、弟子たちを指導していた。
しかし、現在、そんな過去は跡形もない。
「......知らんな」
轟道は素っ気なく返事をすると、前へ出て槍を横に振るも、リテロに当たることはなかった。
「なるほど。無理に答えることはないさ、そういうのは次第に理解していくものだからね。人とはそういうものだ」
リテロにはどこか余裕なところがある。
まだ、手数を残しているのだろうか......いや、それは轟道の方か。
(前回は予想以上のルウェットのスピードのおかげで使うことは出来なかったが、今回は......可能だ)
轟道はステロイドでパワーアップさせたリテロとは対局的に力を抜き始める。
なぜか、目の前にいるのにぼやけて見えた。
「あれはなんですか? 今までで見た事のないものですね」
ナース服のスイス審判が目を疑いながら、問う。
「俺も知らないね。ただ......一つ言えるのは、こっからが轟道さんの本気だよ」
(安心して見てていいんですよね? 轟道さん)
神橋の心に居座っているのは三割の不安と七割の安堵だ。
リテロの視界も同様に轟道の輪郭を捉えることは出来なかった。
「気配を消し、敵意を消す。そして、敵を敵とすら思わない......そこには何もないのだから」
轟道はぶつぶつとそう言いながら、リテロに近付く。
心を虚ろに......
体に実体を......
双方の間合いに入った瞬間、リテロの首元には轟道の左手が添えられていた。
それは誰一人として気づくことはなかった。
「なにっ!?」
リテロは避けようとするが、
「過去を思い出させてくれたお礼だよ」
それよりも速く轟道の手刀が首に叩き込まれる。
「ぐふっ......」
しかし、それでもリテロは立ち上がってきた。
「首に仕込んでるな」
轟道は妙な違和感を覚える。
「いや、本当に危ないところだった。もう少し威力が高ければ今頃は魂が抜けていただろう」
リテロは仕込んでいる首を鳴らす。
「さっきのは空手のものでな、『虚実』と呼ばれる。虚で誘い込み、実で打つ。大抵のやつは数度での対応は無理だ」
轟道は槍を得手としているが、超近接戦においては素手の方が圧倒的に強い。
「そんなこと教えていいのかい? おかげで私の勝利する確率がほんの数パーセント上がったよ」
リテロはもう理解していた。
このオペは最終局面にある......と。
「ああ、良いさ。そっちの確率が上がるほど、俺の確率も上がってくるからな」
轟道が走りざまに槍の一撃を落とす。
(君に唯一勝てることがあるとすればパワー、知識......
だが、それ以上に手数だ!)
リテロは医療ハンマーでそれを受け止めると、メスを四本、加えてハサミまでもを投げつけた。
(ステロイドで投げも強化されている......が、もう目が慣れてきた)
轟道が腕・脚・脇腹・頬・こめかみに向けられた狂刃全てを掠り、行動を回避から攻撃に移す。
途端、轟道の刃の一条が振り抜かれる。
それでリテロの腹が浅く斬られるが、轟道の攻めはまだ終わらない!
(ここしかない!)
轟道が縮地でリテロとの距離を消すと、出し終えた槍で斬り返す。
二度目の燕返し!
「あ......」
この槍撃は残酷にもリテロを深く袈裟に斬った。
傷から血が滝のように滴り落ちる。
(まずいな......!)
焦ったリテロが針と糸を取り出し、縫い合わせる。
「リテロよ、この闘いは今より試合ではなく、死合に昇華した。俺の全身全霊を持って、斬り伏せてやろう」
十文字槍を構えた轟道に隙の一切はない。
「待ってくれたのか、嬉しいねぇ......っ?」
リテロは口を開けたまま、動かなかった。
なぜなら、そこに居た轟道が腰を落として、居合を展開していたからだ。
本来、居合とは刀を用いてする技......似たような技術はあれど、槍での居合は存在しなかったと言われている。
鞘もなければ、長さも違う。
しかし、そんなことを意に返さないのが、轟道という人間なのだ。
(遠距離での妨害は出来る......だけど、これで突っ込まないのは男じゃないな!)
「オラァァァ!」
リテロが強烈な脚力で轟道へ駆け寄り、間合いに一歩踏み込んだ。
その瞬間!
鞘のない十文字槍が一気に鞘走ると、その刃が唸りを上げる。
(は......やっ)
空気が斬り裂かれる音と同時にリテロの胴体も斬り裂かれていた。
この傷は深く、臓腑に届いている。
(損傷部位は、大腸か......だが、戦闘に支障はない)
リテロの脳内にはアドレナリンが駆け巡っており、それで彼の判断を鈍らせる。
そのため、リテロは戦闘続行の道を選んだ。
しかし、そこにあるのは轟道という茨の道しかない。
「私の勝利は目前だ!」
リテロが轟道の胸に狙いをつけて、ハサミで刺そうとする。
「その攻撃、幾倍にして返そうか」
それに対し、轟道はハサミを避けながら、超高速の突きを繰り出した。
その刺突は軽々と動体視力を越え、リテロの土手っ腹を貫く。
「ゲハッ......!」
リテロは胸から血を垂らし、その口の中は鉄の味でいっぱいになる。
いくら頑丈でも、処置しても、人間には限界がある。
リテロの状態では動くなど......困難極まることだろう。
「死のうともね......医者がオペを断念するなんて、あっちゃならないんだよ!」
しかし、人ならざる狂気が彼を動かしたのだ。
リテロは口いっぱいの血を轟道へ吐き飛ばし、医療ハンマーとメスを手に取って、接近する。
視界の悪い轟道は血の塊を避けるしかない。
そして、またもや突きを繰り出すが、リテロはギリギリのところで回避する。
「これでオペは終わりを告げるぞ! 叉都 轟道!」
リテロが的確に肝臓へメスを、首へハンマーを差し向け、一気に加速させる。
(リテロの知識......確かに脅威だったが)
「日本の歴史まで目を向けるべきだったな」
轟道はそう言うと、持っている槍を思いきり引いて、リテロの右肩に十文字の穂を突き刺した。
「アアァァァ!」
それでもリテロは止まらない!
ゾンビかのようにうめき声を上げながら、最後の希望である左のハンマーに全身全霊を注ぎ込んだ。
(この狂気と執念、素直に尊敬しよう)
「俺なりの餞だ」
ハンマーが届く寸前、轟道のしゃがみざまに放たれた稲妻の如き一撃が五指へ喰らいついた。
「なっ......!」
五本の指と同時にハンマーが地面に落ちゆく。
「お前は過去が気になっていたようだが、今の俺には関係ないことだ。今を生きている、それで十分だ」
轟道がゆっくりとリテロに寄っていく。
「まだ終わってない......!」
リテロは不安定ながらも前蹴りを繰り出した。
しかし、轟道はそれをすり抜けるように横へ躱し、槍の柄をリテロの額に振るう。
その威力でリテロの額は割れ、白目を向きながら、倒れた。
「リテロ・ダズビー......さほど強くはなかったが、厄介な相手だった。もしも、ここが病棟だったのなら、俺でも一筋縄じゃいかなかったろう」
風の音とそれに揺られる草が戦争の終結を表しているようだった。
「......勝者、『日本最強』叉都 轟道」
スイス審判が呆れたような言い方で締めくくる。
「轟道さん、また勝ちましたね!」
神橋が喜んで轟道へ駆け寄る。
「ああ、そうだな......神橋君、ちょいとすまんが、リテロを運んでやってはくれんか?」
轟道はそう言いながら、落ちた自分の耳を拾う。
「は、はい」
神橋は言われた通りにリテロの方へ走る。
「いや、運ばなくて結構です、歩けますので」
スイスの審判はよく分からないことを言った。
(無理だろ......流石にこれは......)
すると、突如、リテロの体は大きな衝撃を受けたかのように動き、それが連続して行われる。
そこから数十秒経った時、リテロが起き上がる。
「嘘だろ......?」
これには轟道も引いていた。
「電気マッサージ機能を入れておいて良かった」
リテロは負けたのになんかあっさりとしている。
そして、足で落ちた五指を縫い、その他の傷も同じように合わせる。
この短い間に神経までも粗く接合していた。
常人なら不可能なことをさらっとやってのける。
リテロはそれほどまでに最高峰の医者なのだ。
「よっしゃ、手術室に行こうか!」
リテロが大声を張り上げる。
「えっ、手術? ボロボロのあなたが? 受ける側じゃなくて?」
神橋が困惑の表情を見せる。
「いやぁ、元々はここの医療担当として連れてこられたんだけどさ。無理言って、試合に出させてもらってるんだよねぇ。だから、手術はするよ。轟道のね」
リテロは満面に笑った。
(......他の担当者に変えるのは......ダメだろうか?)
これは後の話だが、轟道はなくなくオペを受けることとなったとさ。




