ニホン最強
荒川防衛大臣を乗せた黒塗りの高級車が、新潟へ向けて走る。
ハンドルを握るのは護衛兼運転手の神橋。
黒髪で童顔。
爽やかな青年という言葉がよく似合う男だった。
〈今日は少し厄介な出張だ〉
しかし、今回は大臣がそう言うので、運転手を努めていた。
黒塗りの高級車に二人は乗っている。
「いや〜にしても、大臣が新潟に出張なんて珍しいですね」
黒スーツの神橋は周りを見ながら、ハンドルをきる。
「そうか? まぁ、言われてみれば......行ってない気もするが」
同じく黒スーツで、肥満体型の荒川大臣は思う。
「どう言った用向きで?」
「それは......着いてから話そう」
------数時間後。
そうこうしているうちに二人は、新潟のある町に着く。
そこは、絵に書いたような、のどかな町だった。
都会とは違って解放感が溢れ、気持ちの良い風が肌に触れる。
「よし......大臣、着きましたよ」
神橋は車を止め、外へ出ると、大臣の座っている方のドアを開けた。
「ああ、ありがとう」
大臣も車を降りる。
「あ、着いたら、話してくれるって言ってましたよね。ここで、何をするんですか?」
「う〜ん......交渉? いや、面会か......? なんて言えば、いいか分からんが、一つだけ言えるのは......今回のは、国が揺るぎかねない事態ってことだ」
「へぇっ......て、えっ!?」
神橋は声という声が出なかった。
「神橋君。先日、全世界首脳会議で......新たな方式が取り入れられた全面戦争が実行されることは、聞いているよな?」
「はい。各国の最強同士? を闘わせるってやつですよね。そういえば、うちの国も決まったんですっけ、その最強の人......って、もしかして!!!」
神橋は一つの考えに辿り着く。
「ああ、そうだ。今から、その『日本最強』に会おうと思っているんだ」
「は、はいいいいい!? マジですか、事前に教えて欲しかったですよ!」
「あれ、ほんのり言ってなかったっけ?」
「初耳ですよ!!!」
神橋は声を張り上げる。
「いや、確かに大事な出張って言ったはずだが......」
「それ、どんな出張の時でも言うじゃないですか!」
「神橋君、気持ちは分かるが、来てしまったものはしょうがない!!! あと、これは日本の存続に関わるものだから、くれぐれも失礼の無いように!」
「勿論ですよ......! それはそうと、大臣、これが終わったら、何か奢ってもらいますからね!」
「え......? あ、そんなことよりももう着いたぞ! ここだ!」
どうやら、目的地は町外れにある古い道場のようだった。
そこは、木材で組み立てられており、看板の文字はところどころ掠れている。
そのため、どういった道場なのかは読み取れなかった。
「大臣、ここですか? 随分と年季が入ってるところですね」
「この中に『日本最強』がいるそうだ。ワクワクするな」
そういう、荒川の表情は険しかった。
「は、はい」
緊張を垣間見せながらも、双方は道場に入る。
靴を脱ぎ、棚へ押し込む。
思っていたよりも、静かだった。
音が消えたと錯覚するほどに。
(そういえば、大臣に聞いてなかったけど、『日本最強』って、どんな人なんだろう。武術を使うのかな? それとも、スポーツ? どうであれ、国が決定した人物だ。気になるのもしょうがないよね......!?)
大臣より先に、神橋が一目見ようと戸を開け、中に急いで入る。
中は物々しい雰囲気だった。
壁面には、多くの武器が飾られており、まさにザ・道場という感じだ。
だが、そんな場所に『最強』に似つかわしくない者がいた。
その者は黒い袴を着付け、道場の中央で目を閉じ、正座している。
神橋は、正座する男を見て、眉をひそめた。
(この人が『日本最強』......?)
誰もが困惑するはずだ。
なぜなら、そこにいたのは......老人なのだから。
その風貌はどう低く見積もっても、九〇を越えている。
「来たか」
貫禄のある老人が声を発する。
「神橋君。そんな、焦らなくても......」
「焦ってなんかいません、『日本最強』がいるって聞いたら、誰もが覗くでしょうよ。不可抗力ってやつです」
「そうか、まぁ、確かに......? あ、これ、お土産です」
荒川が老人に饅頭の箱を手渡した。
抹茶味のようだ。
「荒川。相変わらず、気が利く男だな」
「神橋君。この人は『日本最強』の”叉都 轟道”さんだ。挨拶したまえ」
(本当にこの人が『日本最強』なのか、疑問に思う自分がいる......なら......!)
「......轟道さん、初対面で悪いですが、手合わせを願いたい」
それは突然の申し出だった。
「ん? 神橋君!? なにを......!」
「荒川、いい。聞かせるよりも体験させた方が早い」
轟道は荒川を制止する。
「了承ってことでいいんですよね?」
神橋が拳を構える。
「ああ、存分にかかってこい」
気付くと、轟道は独特に構えていた。
いや、構えじゃない。
自然体だ。
「二人とも!!! やめておいた方が......」
神橋は荒川の言葉を無視し、轟道を強く睨んだ。
荒川が胡座をかいて二人を見つめる。
(おっと、まずいことになった......人として止めるべきか? いや、ここは見守るべきだな。それに神橋君ならもしかすると......!)
神橋 健治、二二歳。
ボディガード訓練所において類を見ない天才と称された。
身体能力、格闘技、護衛術、武器術及び精神面に至るまでプロのそれとは一線を画す。
「怪我しても知りませんからね」
「治療費は貰えるんだろうな?」
轟道はその場からもう一歩、足を踏み出す。
一瞬にも満たない間。
スタートを斬ったのは......神橋だ。
一〇〇メートル走10.81秒を誇る足で老人に迫る。
「フンッッ!」
腰の力を利用して、体を左に旋回。
そして、放つは......強烈な左ストレート!
「よっと」
轟道はそれを皮一枚で左へ躱して見せる。
それでも、神橋はその打撃から動きを繋げる。
右の横蹴りだ。
次の瞬間。
轟道が消える。
「なっ......!」
荒川は轟道の姿を捉えていた。
彼は膝を抜き、極限まで低い姿勢を保っている。
人としての気配はまるでない。
轟道が自分の懐に潜り込んでいる。
そのことに今、神橋は気付く。
だが。
気付いた時にはもう遅い。
既に轟道の右腕から閃光が繰り出されている。
神橋は反射的に右腕を立てる。
ダンッ。
衝撃とともにその右腕には裂傷のような傷が浮かび上がっていた。
その時には左拳が額に寸止めされている。
速度は動体視力で到底視認できなかった。
(......これが『最強』......か)
神橋は負けたという実感と驚きの後に、胸が高鳴っていた。
「だから、やめとけって言ったのに......轟道さんは正真正銘の『最強』だぞ」
「ふんっ、荒川も最初は疑っていたくせによく言う」
「ちょっ、それは言わないでくださいよ!」
驚いた表情で荒川が轟道を見る。
「というか、二人はもう既に会ってたんですか......じゃあ、大臣、止めてくださいよ! 俺がめちゃくちゃ失礼みたいになるじゃないですか!」
「どちらにしても、失礼だけどね?」
「ぐ......」
神橋は目に見えるレベルでしょげた。
「ただ、神橋と言ったか。お前は強いぞ。俺の打撃を防いだのだから」
「まぐれというか、なんというか......」
「まぐれ? お前は知らんのか、この言葉を。運も実力のうちだろう」
轟道が嘲るように笑った。
「あ、闘いですっかり忘れていましたけど、二人とも、そろそろ行きますよ」
「ああ、そうだな」
「行く? どこにですか?」
「着いた時のお楽しみさ」
「お楽しみって......まるで、俺が行くみたいな......まさか!!!」
神橋はビビッと察する。
「そう、君を連れてきたのは、轟道さんの護衛兼同行者としてだ」
「はぁ......」
「よろしく頼むよ? か、み、は、し、君」
轟道は邪悪な笑みを零しながら、神橋の肩に手を乗せた。
「うっ、はい......」




